私が愛した地球人。

山本田口

第1話 私は侵略者。

 私は、宇宙人。マゼロン星から地球侵略にやってきた。

地球での名前は、稲葉麗子。私にとって、名前など、どうでもいい。

地球で活動するために必要なもので、意味はない。

 私の仕事は、地球を調べて、本星に情報として、連絡すること。

地球の文化、宗教、言語、思考、科学、人種など、あらゆることを調べ上げ

侵略するための下準備をするのが、私の仕事だ。

地球用語に直せば、スパイということらしい。

そのために、地球上で、女という立場を取った。

 私の星では、性別というのが存在しない。

しかし、地球では、圧倒的に、男という生き物が支配しているが

女という生き物に弱い。感情的にも、視覚的にも、肉体的にも弱い。

だから、女になったほうが仕事がやりやすかった。

 地球に来て、何年くらいたつだろうか?

いろいろな国を回って、その国の文化や人種などを調査した。

そして、今は、日本という小さな国にいる。

 この国は、世界的に、かなり重要な国らしい。しかも、珍しく、平和だ。

日本人は、誠実で、真面目で、協調性もあり、堅実な人種だった。

文化や食料もどこの国よりも、素晴らしい。

地球侵略するなら、まずは、日本に拠点を置くのがいいと判断した。

大きな国より、小さな国のが、目立たない。

 また、どこの国でも、仕事に従事するというのが重要だった。

だから、あらゆる業種を経験した。医療、軍事、政治、情報、文化など、

いろいろな仕事をすることで、その国の事情というのがわかった。

 今の日本という国では、雑誌の編集者という職業を選んだ。

出版社としては、余り大きくないが、この出版社が作っている本は、

科学、宇宙、文化、趣味など、かなりマニアックで、一部のコアな読者から支持されていたからだ。

 しかし、実際に、入ってみたら、どれもこれも内容は陳腐だった。

特に、科学や宇宙など、妄想でしかない。私のように、マゼロン星人という

宇宙人から見たら、話にならない。だから、そろそろここを辞めて、違う職種に行こうと思っていた。

 そんな私が、事もあろうか、地球人を愛してしまった。

地球人など、マゼロン星から見れば、虫けら以下の生物でしかない。

それなのに、この私が、地球人を愛してしまったのだ。自分でも信じられない。

 これは、地球に侵略に来た者と、侵略される者との話である。


「麗子、悪いが、市川先生のところに行って、原稿をもらってきてくれ」

 編集長から出社すると、いきなり言われた。

今日で、辞めようと思っていたのに・・・

「私ですか?」

「人手が足りないんだ。悪いが、行ってきてくれ」

 そう言われて、市川先生という作家の住所を書いたメモを渡された。

仕方なく、私は、その作家先生を訪ねることにした。

 電車を乗り継ぎ、メモを頼りに、何とかたどり着くことができた。

「ここよね」

 私は、その家の前に立つと、何度もメモと表札を確かめた。

表札には『市川ヒロシ』と書いてあったので、きっとここなんだろう。

それにしても、ペンネームかと思ったら、本名だったことに少し驚いた。

 肝心の市川ヒロシ先生というのは、ウチの出版社の中では珍しい、ファンタジー系の小説を書いている。

マニア向けの本を出している出版社の中では、小説を書いている数少ない作家のひとりなのだ。

しかし、私は、この作家の本は、読んだことがない。ファンタジー小説など、私にとっては、まったく興味もなければ、読む気もないからだ。

 それよりなにより驚いたのが、ものすごく古い家だということだった。

だいたいが、高級マンションか、新築の一軒家に住んでいる。

売れっ子作家になると、住む家も、それなりにいいところに住んでいるのが普通だ。

 それなのに、市川ヒロシ先生の自宅は、木造の少し傾いている、今では珍しい平屋の一軒家だった。屋根の瓦も所々割れていて、今にも壊れそうな気がする。

ということは、この作家先生は、売れっ子ではないということだろう。

 一応、木でできた塀で囲まれているが、見るからにおんぼろで、タイムスリップしたかのような昔ながらの家で、そこだけ江戸時代のように見えた。

 表札の名前など、擦れていて、よく読めない。

ポストらしいものもあるが、壊れているし、三歩歩くと見える玄関扉も、古めかしい。

 私は、玄関の前に立つと、呼び出し用のチャイムを押した。

しかし、まったく音がしない。どうやら、壊れているらしい。

 よく見ると、玄関の引き戸が少し開いている。鍵くらい閉めればいいのに不用心だ。

でも、こんな家に強盗など、入るわけはないかと、自分で納得した。

 私は、引き戸を少し開けて、声をかけてみた。

「こんにちは、出版社から原稿をいただきにまいりました」

 私は、中に声をかけた。しかし、返事がない。

「すみません、市川先生は、御在宅ですか?」

 もう一度、声をかけたが、やっぱり、返事がなかった。

しかし、中に人がいるのは確かだった。私は、宇宙人だから、中に人がいる気配を感じることができる。

「市川先生、失礼します」

 私は、そう言って、靴を脱いで中に入った。

中は、今どき珍しいくらいの純和風の作りだった。しかも、かなり、年季が入っている。築50年は、経っているだろうか? 建っているのが不思議なくらい、古い家だった。

 木で出来た短い廊下を歩くと、左に縁側が見えるガラス扉があり、右は障子がある部屋だった。

しかも、その障子には、いくつも穴が空いていたり、破れていたりしている。

貼り直せばいいのにと思いながら、私も破れ目から中を覗いた。

 そこには、畳に直接座って、机に向って何かをしている男の姿が見えた。

どうやら、それが、市川ヒロシという作家先生らしい。私は、名前も顔も知らないので、この時が初対面となる。

「あの、市川先生・・・」

 私は、障子を静かに開けて声をかけた。しかし、その作家先生は、振り向きもせず、机に向かっているだけだった。

「市川先生」

 私は、もう一度、今度は、少し大きな声で話しかけた。

「だれ?」

 作家先生は、振り向きもしないで声だけで返事をした。

「あの、出版社から、原稿もいただきにまいりました」

「編集さんか。悪いけど、ちょっと待っててくれる。それより、お茶を入れてくれないかな」

 この地球人は、何を言ってるんだろう? 地球侵略に来た、この私に向かって、お茶を入れろと? この場で、抹殺してやろうかと思った。

 だけど、そう言うわけにもいかないので、仕方なくお茶を入れようと立ち上がると

廊下を戻って、台所を探した。

 廊下の先の玄関の脇を曲がると、そこが台所だった。

しかし、何がどこにあるのかわからないので、冷蔵庫を開けてみた。

ところが、開けてビックリ、中に何も入ってなかった。

食材はおろか、飲み物らしいものも、何も入っていないのだ。

 私は、部屋に戻って、市川先生に聞いてみた。

「あの、お茶がないんですけど・・・ それに、冷蔵庫に何も入っていませんよ」

「悪い、悪い。今、ウチに、何もないんだよ」

「何もない?」

「ガスを止められちゃってさ、電気と水はあるんだけど、ガスを止められているから、お茶とか沸かせないんだ」

 なんだ、この地球人は? 人間という生き物は、食べたり飲んだりしないと死んでしまう。なのに、この人間は、食べるとか飲むとかしてないのか?

「あの、市川先生・・・」

 そう言うと、やっと、その作家先生は、こっちを向いてくれた。

「アンタ、だれ? 初めて見る顔だけど、新しい編集さん?」

 そう言った、市川先生は、見た目は三十代と思える若さだった。

それなのに、髪は伸ばしっ放しで櫛など入れたことがないという感じの、ボサボサ頭で無精ヒゲも伸ばしたままで、頬がこけて痩せているというより、やつれている感じがした。

二重の目も充血していて覇気もなく、着ている物も下はジャージで、いつ洗濯したのかわからないシャツにドテラを着ている。咥えタバコで、机の上には、書きかけの原稿と山のように積まれた吸い殻が乗った灰皿しかない。

 こんな人間に、この私が、恋をして、愛してしまうなんて、自分でもわからない。

「あの、市川先生、原稿を・・・」

「わかってるよ。今書いてるんだから、ちょっと待っててくれない?」

 今時、原稿用紙にペンで手書きしている。今の作家先生は、パソコンで書いているのが普通だ。

この先生は、パソコンを持ってないのだろうか? どこを見渡しても、パソコンはなかった。

それどころか、この部屋には、隅に積まれたふとんと今時珍しいブラウン管のテレビしかなかった。

「それじゃ、お待ちしてます」

 私は、そう言って、座って待つことにした。

しかし、改めて見ると、この部屋というか、このウチには、家具や電化製品とかが見当たらない。

エアコンどころか扇風機すらない。夏は、どうしているのだろうか?

冬は、どうやって寒さをしのいでいるのかわからない。

 その時、何かが鳴る音がした。

「ごめん、聞こえた?」

 市川先生が、ボソッと言った。どうやら、それは、お腹が鳴った音らしい。

私は、ちょっとおかしくなったが、聞こえない振りをするしかない。

「いえ、別に」

「二日くらい、何も食べてなくて、水しか飲んでなかったから、お腹が減ってね」

「はぁ?」

 この地球人は、何を言ってるのか、最初わからなかった。

二日食べてない、水だけ? そんな人間がこの世にいるとは思わなかった。

私のような宇宙人ならいざ知らず、二日も食べていないとは、私よりも宇宙人らしい。

 でも、考えてみれば、冷蔵庫には食料らしいものは一つもなかったし、ガスも止められている。これじゃ、食べたくても食べられないし、料理も作れない。

しかし、今の世の中、コンビニやスーパーがあるではないか。ガスが止められていても、弁当やパンなど、調理しなくても食べられるものがいくらでもあるはずだ。

それができないというのことは、どういうことなのか? 答えは、一つしかない。金がないのだ。

 でも、そんなはずはない。仮にも作家だ。原稿料とかもらっているはずである。

「あの、市川先生。食事は、してないんですか?」

「なにしろ、貧乏作家だからね」

「でも、原稿料とか・・・」

「俺の原稿料なんて、たかが知れてるだろ」

 そう言われても、私は、作家の原稿料なんていくらか知らない。

「とにかく、なんか買ってきます」

 仕方なく、私は、自腹を切って、食料の買い出しに行った。

しかし、地理的に初めてきた街だけに、どこに何があるのかわからない。

仕方なく、駅まで歩いてみた。途中にコンビニくらいはあるだろうと思った。

 ところが、住宅街にもかかわらず、駅までコンビニがない。

スーパーもない。いったい、この地域に住んでいる人たちは、どこで買い物をしているのだろう?

適当に、周りを歩いて、やっと一見、コンビニらしき雑貨屋を見つけた。

 中に入っても、ろくな物がない。おにぎりや総菜パン、お弁当のようなものは、

ほとんど置いてなかった。これで、商売が成り立つのか? その前に、ここは、日本の都会なのか? 宇宙人の私から見ても、信じられなかった。

 結局、私は、売れ残り確実な粗末な弁当にお茶を買って、市川先生のウチに戻った。

「先生、これを食べてください」

 私は、そう言って、勧めてみた。しかし、先生は、まったく見向きもしないで、原稿に集中している。

「先生、食事をしてください」

 もう一度、今度は、少し大きな声で言った。

「わかってるよ。もうすぐ、出来るから」

 先生は、イライラした口調で言った。しかし、原稿は、私が買い物に行く前から、

ちっとも進んでいなかった。今日は、原稿を持って帰るのは、無理だなと諦めるしかなかった。


 結局、この日は、原稿は書けなかったので、夕方過ぎに出版社に戻った。

市川先生には、明日までに必ず続きを書くようにと、約束した。

 編集長は、露骨に嫌な顔をしたが、書けないものは、書けないのだから、仕方がない。明日は必ず書くと約束したと説得して、この日は、帰宅することにした。

 余り仕事をしたという感じではないのに、疲れているのは、なぜなのか、わからない。自腹を切って、弁当を買ったのに、食べてくれなかった。

当然、お腹が空いているのだから、食べるはずだと思いながら帰宅した。

 私のウチは、出版社から、電車で30分ほどのマンションにある。

10階建てのマンションの最上階が、私の部屋だ。

本星との通信のために、なるべく高い場所が必要だったが、この街には、高層マンションはなく一番高いのが、このマンションだったのだ。

 エレベーターに乗り、10階について、自分の部屋に入った。

私の部屋は、テレビとベッドしかない。宇宙人だから、自炊する必要もないので、

調理器具はもちろん、家具も必要ない。部屋は、閑散として生活臭がない。

机には、パソコンがあるだけの質素な部屋だった。

 しかし、他人と違うのは、本星との通信に使う、高性能のコンピューターがある。

これで、本星にデータを送り、通信業務をして、報告するのである。

私の日課は、帰るとその日の出来事を本星に報告する。

テレビのニュースはもちろん、ドラマやバラエティーも見ている。

地球に住む、その国の人間を知るには、最高の道具だ。

その国の政治家や指導者が、その国民をどうしたいのかがよくわかる。

また、その国の有名人やスポーツに秀でた人間を選別するのも便利だ。

 特に、この日本という国は、平和で安心な国だった。

私のような、宇宙人が住んでいても、だれも気にしない。

他人に興味がないのか、ただのバカなのか、とにかく、関心がないのは、私にとっては都合がいい。

 私の食事は、1日一粒のカプセルを飲めばそれで済む。

人間のように、1日に三食も食事をしなくてもいい。

だけど、地球という星は、国によって、いろんなものを食べたり飲んだりしている。

その中でも、日本の食べ物は、どこの国よりもおいしかった。

食事は、カプセルだけだが、日本で食べるものは、好きだった。

 また、アルコールという飲み物は、情報を収集するときに使う、コミュニケーションの道具としてはとても都合がいい飲み物だった。私は、宇宙人なので、アルコールなどいくら飲んでも、酔うことはない。

しかし、地球人は、アルコールに弱い。酒の勢いという意味で、口を滑らかにさせてくれる効果がある。

だから、アルコールを出す店には、ときどき通っている。

 もちろん、一人で行くわけだが、私の容姿が目立つのか、一人で飲んでいても、誰かしらから声がかかる。

そして、いろいろと情報を聞き出す。たわいのない話や愚痴でも、地球人の本質を知るためには聞いておかないといけない話ばかりなのだ。これは、すべて、侵略したときに役に立つ情報だ。

 それと、私には、友達がいない。私の星では、友達、夫婦、親子、家族、恋人という括りがない。

性別もない。お互いを意識することもない。だから、地球人同士での関係性は、とても興味があった。

どうして、男と女が恋に落ちて、恋愛を重ねて、結婚して、家庭を築いて、子供を作るのか、そこが私には、謎だった。その謎を解明すれば、侵略するのも、簡単なことかもしれない。

 そんな私が、売れない作家に恋をして、愛してしまうなどとは、この時は、夢にも思わなかった。

私は、ベッドに横になると、天井を見詰めて、今頃、市川先生は、どうしているか、考えていた。

ちゃんと原稿を書いているか、ちゃんと食べているか、寝ているのか、そんなことが気になった。


 翌日、出版社に行くと、編集長から、今日こそ、原稿を取って来いと言われて

早速、市川先生の自宅に向かった。家の場所もわかったので、電車に乗っていくのも面倒だから瞬間移動で行った。これなら、あっという間だ。時間の節約にもなる。

もっとも、これは、私が宇宙人だからできることで、地球人にはできない。

 家の前に瞬時に移動すると、突然現れた私にビックリしたのか、ノラ猫が逃げて行った。

壊れているチャイムを押さずに、直接、引き戸に手をかけて、開けながら言った。

「市川先生、原稿を取りに来ました。失礼します」

 そう言って、中に入った。短い廊下を歩いて、右手の障子を開ける。

「先生!!」

 私の目に飛び込んできたのは、机に倒れている、市川先生だった。

慌てて近寄って、肩を揺らした。

「先生、しっかりしてください」

 とりあえず、生死を確認する。息はある。死んでいない。少し、ホッとする。

しかし、昨日の弁当は、手を付けていない。私が買ってきたままだった。

一応、ペットボトルのお茶には、手を付けているのか、少し飲まれていた。

「先生、市川先生」

 何度か呼ぶと、いきなり、むくっと起き上がった。

「すまんな、寝てしまったようだ」

「先生、しっかりしてください」

「悪い、悪い」

「それで、原稿は?」

「ほら」

 そう言って、机に散らばった原稿を私に見せた。

なんとか、書き上げたようで、私は、ホッとした。急いで、出版社に戻らないと。

「それじゃ、原稿をいただいて行きます。お疲れ様でした。私は、急いで出版社にこれを持っていきますね」

 そう言って、立ち上がった。部屋を出て行こうとすると、市川先生が私に行った。

「だけどな、その話、おもしろくないぞ」

「ハァ?」

「なんか、いいアイディアないかな?」

 そう言うと、畳に仰向けに倒れこんだ。

「先生、しっかりしてください」

「自分で書いたからわかるんだ。それ、おもしろくないぜ」

 私は、正直言って、どうしたらいいかわからなかった。

「アンタも編集なら、なんかおもしろそうな話ってないかな・・・」

 いきなりそんなことを言われても、答えられるわけがない。

「考えてくれよ」

「そう言われても、私には・・・」

「なんだよ、頼りない編集だな」

 その一言がカチンときた。ポンコツ作家で、売れない小説家の、愚かな地球人が、

この私に向かって、言うに事をかいて、頼りないとは何事だ。

場合が場合なら、この場で、抹殺しているところだ。

 私は、気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をしてから言った。

「それなら、こんなのはどうですか? 地球侵略に来た宇宙人が、地球人に恋をしてしまうという話です」

 もちろん、この話は、たった今思いついた話だ。話の中身など、何も考えてない。

「いいね。それ、いけるよ」

 そう言うと、市川先生は、ガパッと起き上がった。

「それで、その先は?」

「えっ、いや、その先は・・・」

 先生は、私の方ににじり寄ってくる。その目に圧倒されそうだ。

「だから、地球侵略のために、地球に来たけど、たまたま知り合った人に恋をしてしまうんです」

 同じことを繰り返すしかできない。だって、今、考えた話だから、その先は、知らない。

「うんうん、それ、いいね」

 そう言うと、何を思ったのか、市川先生は、わきに置いたままの昨日のお弁当を手にすると一気に食べ始めた。そして、ペットボトルのお茶を音を立てて飲んだ。

呆気に取られた私は、見ていることしかできなかった。

「よぅし、書くぞ。そんな原稿、どうでもいいから、ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、私が手に持っていた原稿を奪い取ると、ビリビリに破いて丸めると、ゴミ箱に放り投げた。

だけど、コントロールがないのか、ゴミ箱には入らなかった。

でも、そんなことには目もくれず、先生は、机に突っ伏して、夢中でペンを走り始めた。

 仕方なく、私は、もう一度、そこに座って、待つことにした。

しかし、この破いた原稿は、どうすればいいのか、編集長にどう説明したらいいのか

考えると頭が痛くなりそうだった。

 そして、待つこと二時間。市川先生は、途中まで書いた原稿を私によこした。

「疲れた。今日は、ここまでにしてくれ。また、明日、来てくれ。続きを書くから」

 私は、その原稿の枚数を確認した。なんと、二十枚もあった。

たった二時間で、二十枚も書き上げるとは、信じられない速さだ。

それでも、とにかく、書き上げたことには、感謝した。

「ありがとうございました。すぐに持って帰って、編集長と検討します」

「検討じゃない。すぐに、連載するんだ」

「ハ、ハイ」

 私は、原稿を持って、急いで出版社に戻った。急ぐので、帰りも瞬間移動だ。

今度は、気を付けて、編集部のある、女子トイレの個室に移動した。

 私は、トイレから出て、編集部に入ると、編集長のデスクに向かった。

「原稿は、もらってきたのか?」

「それが・・・」

 私は、預かった原稿を見せながら、事情を話した。

編集長は、顔を真っ赤にして、頭から湯気を出しそうな勢いで、怒り出した。

「バッカモ~ン、こんな原稿をもらってきて、どうすんだ」

「しかし、これは、おもしろいって、先生が言ってて」

「それは、こっちで判断することだ。第一、今、連載中の続きはどうすんだ?」

 編集長の言うことは、もっともだ。そんなことは、私にもわかる。

しかし、その続きは、ゴミと化して元には戻せない。私の超能力を使えば戻るけど・・・

「ちょっと貸してみろ」

 編集長は、新たに書き上げた原稿をひったくると、それに目を通した。

「読めん! 字が下手過ぎる。パソコンで清書してから、自分で読んでみろ。もし、おもしろければ、穴埋めに雑誌に載せる。急げよ」

 そう言われて、私は、自分のデスクに戻ると、パソコンを立ち上げた。

その前に、なんで、この私が、人間ごときに命令されなければならないのか、腹が立ってくる。

それなのに、今の私は、不思議と腹が立たなかった。それどころか、普通にパソコンを立ち上げて原稿をパソコンで清書するように、キーを叩いていた。

 まずは、作品のタイトルからだ。そこで、私は、あることに気が付いた。この作品のタイトルは、ズバリ『私が愛した地球人』だったからだ。

 私は、タイトルでビックリしたが、とにかく、パソコンで清書することにした。

内容を読みながらパソコンに打ち込む作業に取り掛かった。

 しかし、作業を進むにつれて、これは、私のことじゃないかと思った。

確かに、小説のヒントとして、侵略に来た宇宙人が、地球人として生活しながらスパイ活動を始める。

そのとき、協力者として知り合った地球人を愛してしまう。そして、任務を放棄して、地球人として結婚してしまうという話で終わる。と、そんな話をした記憶はある。しかし、途中までは、私のことだが、この時は、まだ、地球人を好きにはなっていない。なんだか、自分の未来を見ているような気がした。

でも、私が、地球人に恋をするなんてあるわけがない。

この小説は、あくまでもフィクションなんだ。そう思いながら、パソコンに打ち込む作業を進めた。


 翌日から、私は、パソコンを持参で、市川先生の自宅に通うようになった。

途中の寂れたコンビニで、売れ残りの弁当なども、買っていく。

いい加減、ガス代を払ってほしい。自炊ができるようになれば、食事もできる。

この人間は、食べることに対して、まったく興味がないのか、無頓着だった。

小説を書くことに集中すると、寝食を忘れて夢中になる。こんな人間は、初めてだ。

 この頃になると、勝手知ったる他人の家とばかりに、チャイムも鳴らさず、勝手に上がり込むようになった。

「先生、失礼します」

「ハイよ」

 私が声をかけて部屋に入ると、いきなり原稿用紙を投げてよこした。

「これは?」

「昨日の続きだ。まだ、途中だけどな」

 私は、手にした原稿を見た。相変わらず、下手な字だ。

「あの、先生、お食事は?」

「そんなの後だ。食ってる時間はない」

 私は、先生のそばに買ってきた弁当を置いた。

「いつも、悪いな」

 チラッと、それを見たが、手を付けようとはしない。

先生は、すぐに原稿に目を移し、夢中になってペンを走らせた。

私は、書き上げた原稿を見ながら、ノートパソコンで清書をする。そんな作業が続いた。

 しかし、打ち込みながら読んでいくと、私がこの国でやろうとしていることが、克明に描いてあった。

あらゆる国を見て回り、その国の指導者に成りすまし、政治、経済、軍事などを調べ上げる。

また、その国の国民に紛れ込み、文化、飲食、娯楽、生活などを研究する。

それを、本星に報告するという話が、続いていた。

 私は、不思議な気持ちになりながらも、この人間を利用すれば、私の仕事の役に立つ。自分が手を下すまでもなく、この人間の書いたものをそのまま本星に報告することができる。

何しろ、この国の人間本人が書くのだから、ウソではない。

この小説が完成した時が、地球侵略開始の時となるだろう。

 私は、そう思いながら、先生が書いた原稿を、その場で清書する作業を続けた。

先生は、弁当を食べることもしないで、執筆活動を続けた。

もちろん、私も同じで、書き上げたそばから、パソコンに打ち込んだ。

 そんなことが、延々と続いた。気が付けば、外は、夕暮れ時になっていた。

「あぁ~、疲れた。今日は、それで終わりだ。後は、明日だ」

 そう言って、市川先生は、バタンと畳の上に仰向けに倒れた。

「お疲れ様です」

「アンタも、お疲れ」

「それじゃ、私は、社に戻ります」

「また、明日な」

「あの、お弁当食べてくださいね」

 そう言って、帰ろうと立ち上がると、市川先生が言った。

「ところで、アンタの名前は?」

「えっ?」

「聞いてなかったからな。名前は何て言うんだ?」

 今日まで、私は、自己紹介もしてなかったことに気が付いた。

てゆーか、名前も知らない私を家にあげていたことに、改めて感心した。

この先生は、私が知る限り、かなり珍しい人種だと思った。

地球侵略の前に、この人間のことを知りたくなった。

「稲葉麗子です」

「麗子さんか。きれいな名前だな。アンタのイメージ通りだ」

 先生は、寝ころんだまま私を見上げて言った。

それは、褒めているのか、私はわからなかった。

「ありがとうございます」

 とりあえず、そう言って、笑顔を見せた。

「アンタ、俺みたいなビンボー作家によく付き合うな」

 市川先生は、そう言って、起き上がると、座ったままの私の方に向き直っていった。

「お仕事ですから」

「仕事か・・・そうは言っても、俺の担当になった編集は、家には着たことなかった」

「そうなんですか? それじゃ、原稿は、どうしてたんですか?」

「郵便で送ってたよ」

 信じられなかった。今時、原稿を郵送していたなんて・・・

バイク便やメールで送るかファックスを使う。または、私のように、直接、取りに行くというのが普通だ。

それが、郵送なんて、時間がかかるようなことをするとは、思わなかった。

ということは、それほど、この先生の原稿には、あまり興味がないとしか思えない。

連載を持っているとはいえ、出版社としては、重要な存在ではないということだ。

それが私には、なんだか悔しかった。

「あの、私が担当になったからには、きちんと原稿は、毎日、取りに伺います。だから、先生も書いてください」

「わかってるよ。アンタみたいな編集と会って、久しぶりにやる気になったよ」

「がんばってください」

「そうだな。賞の一つも取れるくらい、やってみるよ」

「その調子です。私も手伝います」

「よろしく頼むよ」

 そう言われると、私もやる気が起きてきた。この先生をどうにかして、ベストセラー作家にしてみたい。

ガスを止められるような、貧乏作家から、一流の売れっ子作家にしてみたい。

不思議と、そう思うようになった。そして、私は、ウチを後にして、出版社に急いだ。

「それじゃ、失礼しました。また、明日、よろしくお願いします」

 私は、玄関先でそう言って、外に出た。

「よし」

 私は、気合を込めて、駅まで急いだ。

ところが、そんな私の目の前に、ある集団の会話が聞こえて、足が止まった。


「なんで、このあたしが、こんなとこに住まなきゃならないのよ」

「仕方がなかったチュン」

「アンタ、あたしが誰だかわかってるでしょ」

「わかってるチュン」

「だったら、もっと、大きなお城みたいなとこにしなさいよ」

「それは、無理チュン」

 市川先生の向かいの家の前での会話だった。

その家も、市川先生の家と甲乙付けがたいくらいのボロい家だった。

その前で、若い少女と正体不明の男が三人で、言い争っていた。

「お嬢、贅沢言わないくださいニャン」

「イヤよ」

「困らせないでほしいニャン」

「イヤったら、イヤ」

 なんだか、わがままなお嬢様らしい。

「ゲロゲ~ロ」

「うるさいわね。さっきから、チュンチュン、ニャンニャン、ゲロゲロうるさいのよ。もっと他に言うことあるでしょ」

「そう言われても・・・仕方ないチュン」

「まったく、どうして、家来がアンタたちなのよ。ホントに、役に立たないんだから」

「面目ないニャン」

 なんだか、おもしろそうな人たちだ。もう少し、様子を見てみることにした。

「いい、よく聞きなさいよ。怪物王子の家来たちは、ドラキュラ伯爵とか、狼男とか、フランケンシュタインとかすごい家来だったのよ。それなのに、あたしの家来って、スズメにうなぎだかネコだかわけわからないのだったり、河童だったり、ホントに家来には、恵まれてないわよ」

 よくわからない会話だったけど、これは、おもしろそうだ。

すると、少女が私に気付いて、目が合った。

「ちょっと、アンタ。なに見てんのよ」

 いきなり私に向かって、キレてきた。

「ごめんなさい」

「ごめんじゃないわよ。見てないで、さっさと行ったら」

 なんだその口の利き方は。この私に向かって、この女は、何様のつもりだ。

子供のくせに、生意気な口の利き方に、私は、カチンときた。

「あなたこそ、大人に向かって、それはないんじゃないかしら」

「ふん。あたしを誰だと思ってるのよ」

「それは、こっちのセリフよ」

 つい、私も言い返してしまった。大人気ないなと思うが、子供には、きちんと言わなければいけない。

「お嬢、ちょっと、お耳を拝借するチュン」

 茶色のスーツに茶髪で、細身の男が少女に何か囁いた。

「ふ~ン、アンタ、人間じゃないわね。いったい、何者?」

 いきなり指摘されて、私は、ちょっとビックリした。

地球人が私の正体を見抜けるわけがない。ということは、この人たちは、人間じゃないのだ。

しかし、あっさり認めるわけにはいかない。私は、スパイだから、ここは正体は明かさない。

「私は、普通の人間だけど」

「何を言ってるのよ。普通の人間の目は誤魔化せても、あたしたちの目は、誤魔化せないわよ」

 こうなると、売り言葉に買い言葉だ。

「それじゃ、聞くけど、アンタたちは、何者なの?」

「聞いて驚きなさい。あたしたちは・・・」

「ちょっと、お嬢、それは、言っちゃいけないチュン」

「そうニャン。おいらたちのことは、人間には、ないしょだニャン」

「ゲロゲ~ロ」

「うるさい! こーゆーバカな人間には、言っとく方がいいのよ」

「でも、国王様に知られたら、怒られるチュン」

「チッ、何かというと、国王様、国王様って、あんなクソ親父なんて、怖くないわよ」

 可愛い顔して、口が悪い女の子だ。私は、ちょっとうんざりしてきた。

「いいこと。よく聞きなさいよ。あたしたちは、怪物王国からやってきたのよ。あたしは、そこのお姫様。こいつらは、あたしの家来よ」

「ハァ?」

 私の頭に、?マークがいくつも浮かんだ。なにを言ってるんだ、この子は・・・

「ほら、このバカな人間に、教えてあげなさい」

 そう言うと、若いのか年寄りなのかよくわからない、おっさん顔した男が口を開いた。

よく見ると、両目が左右に広がって、目が丸く、紫色の瞳をしている。

しかも、小鼻の横から、細長いひげが三本ずつ左右に揺れていた。なんだか、ネコみたいだ。

「オッホン。こちらおわすは、怪物王国の国王様の一人娘で、姫様なるぞ。頭が高いニャン」

 そう言うと、姫と呼ばれた女の子は、どうだと言わんばかりに胸を張ってドヤ顔だった。

見れば、確かに可愛い顔をしている。きれいな黒髪がショートカットに揃えられて、

目鼻もくっきりして、クリクリしている澄んだ瞳をしている。

ストライプの半そでシャツに真っ赤なミニスカートを履いて、色白な素足が健康的だ。見た感じは、十代の中学生くらいだろう。

「わかった?」

 そう言われても、私には、よくわからない。この子たちは、何者なのか、怪物王国なんて聞いたことがない。

「それで、アンタは、何者なの?」

 正体を自分からばらすなど、この子たちは、事の重大さがわかっていない。

でも、向こうから、言ってきたなら、こっちも正直に話してみようと思った。

「あたしは、マゼロン星人。宇宙から、地球侵略が目的でやってきたのよ」

 そう言うと、背が低くて、かなり太った、頭頂部がハゲた男が笑いだした。

「ゲロゲ~ロ」

「それじゃ、アンタ、宇宙人なの?」

「そうよ」

「それで、本気で、地球侵略なんてするつもり?」

「そうよ」

 私も負けずにいってやった。

「アッハハハ・・・」

「チュンチュンチュン」

「二ャーハッハッハ・・・」

「ゲロゲ~ロ」

 四人は、お腹を抱えて大笑いした。私は、頭に来た。腹が立った。

地球侵略を笑われて、この私のプライドがズタズタだ。

「何がおかしいのよ!」

「おかしいに決まってるだろ。なにが、地球侵略だ。笑わせるな」

 女の子が、笑いすぎて涙を流している。

「おい、スズメ男、このバカに言ってやれ」

 そう言うと、茶色のスーツを着た男が一歩前に出ると、私に向かって言った。

「よく聞くチュン。地球を侵略なんて、出来るわけがないチュン」

「そんなの簡単よ。私の星から、大艦隊がやってきて、地球を攻撃すれば、簡単にできるわ」

 すると、茶色の男が、指を私の前に差し出すと、チッチッチっと言いながら左右に振った。

「そう言う意味じゃないチュン。この星は、侵略する価値がない星だチュン」

「どう言う意味よ?」

 すると、今度は、ネコ顔の男が口を開いた。

「この星で、最も栄えている生物は、どんな生き物かわかるニャン」

「それは、人間でしょ」

「そうニャン。でも、人間は、愚かな生物ニャン。自然を破壊し、人間同士殺し合い、地球を汚しているニャン。だから、手を下さなくても、勝手に滅びるニャン。侵略する価値がないとは、そう言う意味ニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 小太りで頭が微妙に剥げている男も笑った。

「わかったか。そう言うことだ。わかったら、さっさと自分の星に帰れ」

 その物言いが、いちいち癪に障る。

「あのね、何をわかったようなことを言ってるの。人間は、確かにアンタたちから見れば、愚かな生き物かもしれないけど言うほどバカじゃないわよ。科学の進歩、医学の進歩、平和を愛する気持ちは、地球という星の生き物は宇宙のどの星の人たちよりもすごいのよ」

「そうかしら?」

「そうよ」

「お前は、人間を信じているのか?」

「信じているわ」

「お前は、相当バカだな。そんなことじゃ、地球はおろか、どの星だって、侵略なんてできないわね」

「それじゃ、アンタたちは、なんで、この星にいるのよ?」

「あたしたって、来たくて来てんじゃないわ。クソ親父が行って来いっていうから、イヤイヤ来てるだけよ。用が終われば、こんな星、さっさと帰るわ」

「用って、何の用なのよ」

 私も感情的になって、強い口調で聞いた。しかし、その子たちは、表情一つ変えず、冷静に言い返した。

「お嬢は、いずれ、怪物王国の女王になられるお方チュン」

「そのために、下界で修行する必要があるニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 なんだか、話が複雑になってきた。どうやら、この者たちは、本当に人間ではないようだ。

となると、この者たちも、地球侵略に利用できるかもしれない。

この星は、人間ばかりではないということだ。怪物王国の住人らしい正体不明の者たちや科学で証明できない謎の生物もいるということだ。

利用できるものは、何でも利用するというのが、私のやり方だ。

話し合いの余地もあるかもしれない。

「アンタたちの言うことは、わかったわ。その前に、もう少し、アンタたちのことも聞かせてくれないかしら?」

「やっと、あたしたちのことがわかったか。いいだろう。聞きたいというなら、聞かせてやろうじゃないか」

「だったら、ここで、立ち話は、困るんじゃない。アンタたちのウチにお邪魔させてくれない?」

「ウチなら、ここチュン」

「だから、ここは、イヤだって言ってんだろ」

「わがまま言わないでほしいニャン」

「こんなボロ屋に住めるか」

「ゲロゲ~ロ」

 三人の男に説得されて、渋々納得した女の子は、男たちに促されて、ウチの中に入っていった。

「こっちに来るチュン」

 私も四人の後について、市川先生のウチと同じような、ボロい家に入った。

玄関を入ると、中は市川先生の家の作りと似ていた。てゆーか、大差ない。

 中に入ると、短い廊下があって、左が小さな裏庭で、縁側があった。

右側は、障子で仕切られた部屋が二つ。小さな台所とトイレと風呂があるだけだ。

なにからなにまで、同じに見える。違うのは、家具一式が何もないことだけだ。

「お前たち、掃除して、住みやすいように改造しろ」

「かしこまりましたチュン」

 この女の子は、どこまで偉そうなんだ。いくら、姫とはいえ、年上の男たちを顎で使っているし口の利き方がなっていない。親の育て方は、いったいどうなっているのか? 学校とか行ってないのか? ちっとも子供らしくない。

 畳の上に胡坐をかいて座った彼女の周りを男たちが囲むように、きちんと正座した。

行儀悪いにもほどがある。ミニスカートで、胡坐をかくなんて、女らしくない。

 私は、彼女たちの前に膝を正して座って、話を聞くことにした。

「それで、怪物王国とかいうのって、どこにあるの?」

「それを聞いてどうする? あたしたちの世界も侵略するつもりか?」

「そのつもりはないわ。地球のどこかにあるなら、私たちが侵略したら、自動的にあなたたちの世界も侵略することになるって、言ってるのよ」

「確かに、怪物王国は、地球にある。しかし、侵略など出来るわけがない」

「そんなのやってみなきゃわからないと思うけど」

「その必要はないわよ。怪物王国は、地球は地球でも、次元の違う場所に存在しているから、お前のような宇宙人でも、来ることはできない」

 次元が違う世界にあるのか。それはそれで、興味がある。

「それで、あなたは、お姫様ってことだけど、この人たちは、何なの?」

「家来だ」

「家来?」

「まったく、いちいち、話さないとわからないとは、頭が悪い宇宙人だな。いいから、お前たちのホントの姿を見せてやれ」

「しかし、それは、まずいニャン」

「いいから、さっさと見せてやれ」

 彼女に言われて、仕方なく諦めた三人は、立ち上がると、私の目の前で変身した。

「吾輩は、スズメ男だチュン」

「おいらは、ねこウナギだニャン」

「ゲロゲ~ロ」

 一人は、ホントにスズメだ。かなり大きなスズメだった。

もう一人は、体がヌメヌメした四つん這いで、シッポをヒラヒラさせているが、顔はクロネコだ。

そして、最後は、まんま河童の姿だった。頭に皿を乗せて、体中が緑色で黒い斑点があり下半身は蓑で覆われ、手足は水かきがあり、黄色のくちばしで、白いお腹が出ている。

「なるほど。まんまね」

 私は、大袈裟に感心して見せた。まさか、地球に、人間以外の生き物がいるとは思わなかった。

「それで、あなたのホントの姿は?」

「見たい?」

「見たいわね」

「それじゃ、見せてあげる」

 そう言うと、彼女も立ち上がると、変身して見せてくれた。

「どう? あんまり可愛くて、ビックリした」

 変身した彼女は、私に言った。その姿は、 決して、可愛くなかった。

むしろ、不気味で恐ろしい。黒髪が角のように逆立って、目も吊り上がり、口から牙が見えている。

指も爪が鋭く伸びて、くすんだ金色のスーツで、引きずるほどに長い金色のスカートに同じ色のマントを翻していた。一言でいえば、趣味が悪い。センスも悪い。

これが、お嬢様と呼ばれる、お姫様としたら、怪物王国の趣味は、悪いに違いない。

こんなところは、侵略する気もなければ、したくもない。 


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