第31話 監視者

 午後。

 空は悲しく雪模様。夜は吹雪と予想されている。

 故に、外出日和とは言いがたい。

 加えて、今の俺は片足を負傷している。絶対に無理とまではいかないが、歩行するとなると厳しいものがある。

 そう、それ故に。今日は外出を控えるべきなのである。


「–––––––その筈なんだけどなぁ」


 俺は外出準備を終えて玄関前まで来てしまった自身の足元を目にし、がっくしと肩を下げる。

 こんな時と場合に外出だとか……鬼か何かかあの人は……と。

 そんなことを思いながら、たった今真矢さんと一緒にロビーにやってきた冴島さんを見る。


「お、脚ケガしてるのに意外と早いね」


 悪気のない綺麗で平和な表情。そんな顔を冴島さんは俺に向けてくる。


「意外と早いねって……負傷者だぞこっちは。なのに急に外出だなんて」


 不機嫌に文句を口にする。

 冴島さんは「ごめんごめん」と言いながらはぐらかすように苦笑いをした。

 そんな中–––––––


「南様、負傷なされた片脚の件についてですが」


 真矢さんが口を開いた。

 そして俺に近づき、「こちらをどうぞ」と両手で持っていたものを差し出す。

 俺は彼女を真似て差し出されたものを両手で受け取り、それを床に突いた。


「これ、松葉杖か?」


 彼女が持ってきたのは、木製の松葉杖であった。

 少々古くて汚れの目立つものではあるが、それには綺麗に濡れ布巾で拭かれた跡があり、気にならないレベルにまで抑えられている。

 耐久性に問題無いか? と少し不安に思い、何度か床に先端を突きつけてみる。


 カツン カツン カツン


 ......が、割れる気配は一切ない。全然使えるものである。


「先程、倉庫の方より探して参りました。古いものではありますが、気休め程度にはなるかと。……本当は、もう少し早く見つけたかったのですが、なにぶんこういったケースは稀でしたので、捜索に時間が掛かりました。対応が遅れてしまい、申し訳ございません」


 頭を下げる真矢さん。

 表情は変わらないが、どこかそこには反省と後悔の色が見えた。

 俺はそんな彼女の行動に対して首を横に振る。


「いやいや謝るなんて。むしろ感謝してますよ。わざわざ倉庫から見つけ出してくるなんて。ほんと、ありがとうございます」


 そして感謝を口にする。

 頭を上げた真矢さんは、やはり表情を変えることはない。だがそこにはホッとしたような、温かみのある雰囲気があった。


「……そう言っていただけると、私としても気分が良いです。また何かありましたら、何なりと申しつけてください。できる限り、対応いたします」


 彼女はそう言うとまた頭を下げ、一歩下がった。


「言うことは済んだ? だったら車出してきて。何せ歩くにはちょっと遠いからね」


 さっさとしなさい、と言わんばかりに声を上げる冴島さん。

 真矢さんは「かしこまりました」と一言残すと、自動車のカギを手にロビーから外へと出て行った。

 自動車を使った移動。しかも俺と真矢さんを連れて。一体、何故そこまでする必要があるのだろうか?


「冴島さん。一体どこへ行くつもりなんだ? こんな大掛かりで」


 疑問を投げる。

 すると、「あれ、言ってなかったっけ?」と口にし、彼女はガシガシと赤い髪ごと頭を掻く。


「言ってない。何1つ説明されず強制外出を宣言された。......流石にさ、一言でもいいから説明してくれないか?」


「うーんそうだねぇ。じゃあ手短に分かりやすく」


 そして、冴島さんによる説明が始まった。


「今から私達が行く所。それは、魔術協会によって世界各地の地区ごとに配置され、魔術の情報が一般社会に漏れ出さないように監視、及び管理をする者のいる所–––––––通称”監視者”がいる教会よ」




...




 屋敷を出発して20分。

 空は予定通りの灰色だった。

 空気も何かとジメジメしており、日光が分厚い雲に遮られている為か、地上はいつも以上に寒く感じた。......やっぱり、外出日和とは言いがたい。


「......」


 車の後部座席に座っている俺は、流れていく外の景色をボーっとしながら眺める。

 外では意外にも人が歩いており、数日前にあった夜の雰囲気とは180°違かった。

 夜はあんなにも殺伐としていたのに、これではあの地獄が夢のようだ。


 そんな風景を眺めていると、やがて緑崎市の住宅街の道に入った。

 そしてその道をしばらく進んでいくと、住宅の列の中に紛れ込むように建っている教会に辿り着いた。


 車を運転する真矢さんは、車体を教会の敷地に入れ、ブレーキを掛けて停車させる。

 エンジンで揺れていた体はピタリと落ち着きを取り戻し、目的地の到着を告げた。


「到着です」


「よし、それじゃあ降りよっか。羽根宮神父にはもう来ること言ってあるから、勝手に入っちゃっても大丈夫な筈。何せ、来るものほとんど拒まずな場所だからね、教会って所は」


 平気平気といった感じの冴島さん。


 俺は彼女の言うことを聞き、車から降りた。

 木製の松葉杖で体重を支えながらの起立というのは、少しだけ経験と技術のいる。故に、バランスをとるのが少しだけ難しかった。


 到着した教会は、感覚の狭い住宅街に紛れているにも関わらず、かなり広い土地を有していた。

 恐らく魔術協会の息が掛かっているからだろう。相当な金がつぎ込まれたというのが雰囲気だけで分かる。

 教会の見た目を説明すると、ザ・教会といった感じだ。

 ヨーロッパでありそうな西洋風の見た目に、ひっそりと日本風のアレンジが施されている。現代版の教会といったところだろうか。建築の素人からして見るとそんな所感である。


 松葉杖でぎこちなく歩きながら、冴島さんと真矢さんの後ろに続いていく。

 彼女達–––––––特に真矢さんは、入り口までの間でちらちらと俺に目を向け、ちゃんと歩けてて大丈夫かと心配をしてくれていた。


 そして、俺達3人は教会の扉の前に辿り着く。

 見事に出来た木製(かもしれない)の両扉。日本風アレンジとはいえ、流石にヨーロッパ雰囲気は拭い切れない。

 冴島さんは扉の両方のノブに手を掛け、ガチャンと開いた。


 –––––––扉の先は、異世界であった。

 石壁で外と隔たれた内空間。

 壁の両脇に並べられた長椅子。

 床を中心から両断するように伸びるカーペット。

 そして、長椅子とカーペットのさらに先にある祭壇。

 その上には、壁にはめ込まれた美しいステンドグラス。

 まさに、それは別世界そのものであった。到底日本の地方で目にできるものではない。


「–––––––」


 だが、現に俺はそんな世界を見ている。

 美しく、神秘的で、荘厳......これを前にして、言葉なんて失わざるを得なかった。


 –––––––そして、そんなステンドグラスと祭壇の前に人の影が1つ。

 神々しい世界に溶け込み、長髪を背中で束ねた黒服姿の人間が、俺達を背に祭壇前で立っていた。


「あの人は......」


 その人は、何かしらの書物を祭壇前で読んでいるようだった。

 文を小さく口にしながら、読むことに集中している。まるで修行である。


「おじゃまします、羽根宮神父」


 そんな彼の背に、冴島さんが声を掛ける。羽根宮神父、と。

 途端、ぶつぶつと口にしていた文章が止まる。


 パタン


 神父と呼ばれた彼は、読んでいた書物を閉じ、顔を上げる。

 沈黙。数秒の間。

 やがて彼は、ゆっくりと振り返り、初めて俺達に顔を見せた。


「お待ちしていましたよ、冴島さん」


 優しい笑顔で、中性的で、眼鏡を掛けた羽根宮神父は、そう言って俺達を歓迎した。

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