Card No.14:子と親

 その日の夕方、僕たち三人と、それぞれの両親が光希の家の居酒屋で集まる事になった。僕がそのように提案したのだ。光希の親は、いくつかあった予約をずらしてまで、開店時間を遅らせてくれた。


 僕たちが光希の店に着いた時には、両親たちは既に揃っていた。それぞれ、お酒も飲まず、お茶を片手に殆ど会話も無かったようだ。


「紗耶!」「優也!」「光希!」


 それぞれの親が自分の子供たちの名前を呼んだ。皆が皆、怒っているような、それでいてホッとしているような複雑な表情をしていた。


「紗耶のお父さんお母さん、光希のお父さんお母さん、そして父さん母さん。心配掛けて本当にごめんなさい……今から全部話すんで、聞いてください……」


 土下座をするなんて考えても無かったけど、気付けば地面に頭を付けていた。親たちの顔をまともに見られなかったって事もあるかもしれない。


「ゆ、優也! そこまでしなくていいよ、理由を話せば分かってくれるって! 優也は何も悪いことなんてしてないんだから!」


 紗耶は僕の横に座り込んで、僕の体を起こしてくれた。親たちは、まだ何も言わない。現時点では、何のことかさっぱり分からないからだろう。


「今の状況を見ると、ウチの優也が中心になって外泊したと思います。佐伯さん、杉内さん、ちゃんと説明させますので、話を聞いてあげてください。……優也、ちゃんと話しなさい。内容によっては俺も土下座する覚悟だ」


「まあまあ、大野さん。とりあえずは優也君の話を聞いてみましょうよ」


 光希の母親はそう言って、僕たちにも座敷に座るよう勧めてくれた。



「信じられないと思うけど、最後まで聞いてください。……最近事件になってたモンスターたち、いつも一対一で戦っていたと思います。その内の一体は、僕が操ってたんです」


 親たちは何も反応が無かった。僕が何を言っているか、いまいち伝わっていないのだろう。


「でもね、優也は仕方ないの。相手の片桐君って子に巻き込まれた被害者なの! 多分誰だって、優也のようにするしか無かったの。だから、責めないであげてください!」


 紗耶の声は震えていた。


「片桐君って、小学生の時の同級生? その子しか思い出せないけど」


「そうだよ、母さん。毎日、僕の家で一緒に絵を描いてた片桐。その時描いてた絵が、あのモンスターたちになったんだ」


「んー……どうなんですか? 大野さんのご両親は信じられるんですか、この話? こんなのが理由で紗耶が外泊したとか、ちょっと私は……冗談じゃ無いって感じですが」


 紗耶の父親は、不愉快な気持ちを隠さなかった。


「紗耶ちゃんのお父さん、気持ちは分かりますが、本当の話なんです。俺も最初信じられなくて、怒ったんです大野の事。……でも紗耶ちゃんが本当だって証拠撮ってくれて、やっと俺も信じることが出来て。……見せてやってよ、あの動画」


 紗耶は双頭のドラゴンを召喚したときの動画を見せた。


 大人たちは黙り込んでしまった。


「確かに……初めてあのモンスターが現れた日、優也の様子がおかしかったんです。いつもの優也じゃ無いなって……その上、次の日には優也たちの学校に現れるし、その次の日には家の前、そしてバイト先にも。この話が本当の方がしっくりくるのかなって、ちょっと思ってます」


 ありがとう母さん……僕は声にならなかった。


「それで? そのカードはまだあるのか?」


 光希の父親が言った。


「いや、それが……今日のスタジアムで大きなモンスターたちの戦いが終わった後に、綺麗に消えちゃったんです、私の手の中で……」


「えっ!? お前たち、スタジアムにも居たのか!?」


 父さんは驚きの声を上げた。


「そう。片桐に誘われたんだ。そこで光希にもやっと会えた」


「光希にも会えたって、あなたたち三人一緒だったんじゃないの?」


 光希の母は、何が何だか分からないといった顔をしていた。


 

 その後、光希が片桐の居場所を突き止めるため尾行したこと、そして監禁されてしまった事を、血まみれの画像を見せて説明した。


「なっ、なんで、その場で親や警察に相談しなかったんだ!!」


 親たちは口を揃えてそう言った。


「私たちも、もちろん悩んだよ。——でもね、あれだけのモンスターを操れるんだよ。警察がなんとか出来たと思う?」


 繰り返しテレビで報道されていたニュースを見ていたであろう親たちは、再び黙り込んでしまった。初日のモンスターが、警察の銃撃にビクともしなかった事は記憶に新しいはずだ。


 じゃ、僕と紗耶はどこに居たんだ? と聞かれたが、ファミレスで年齢をごまかして夜を明かしたと嘘をついた。母さんたちには申し訳ないが、これだけは本当の事を言わなかった。



 結局、親たちはどこまで信じたらいいものか分からず、今日のところは解散という事になった。警察に相談してみる? という意見も出たが、どうせ信じて貰えないだろうと、これも見送りになった。


 家に着くと親子三人でリビングに集まった。時計はもうすぐ21時を指そうとしている。


 シーンとした空気を払拭するように、父がテレビを付けた。画面には、ルーインデーモンとサバイブナイトのバトルが流れていた。


「はあ、今日は本当に疲れちゃった……優也、もうモンスターみたいなのは現れないと思っていいのね?」


「現れるかどうかは、正直分からない。ただ、手元にはカードが無いから、僕が戦う事は無いよ」


「その片桐って子はどんな子だったんだ、母さん」


 一度も会ったことが無かった父は、母に尋ねた。


「そうね……あれだけ家に遊びに来てたのに、一度も話したことが無いの。家に入る時と、帰って行くときにペコッと頭を下げていくだけだったから。優也の部屋からは話し声や笑い声が聞こえてたから、ちゃんと話は出来る子だったんだろうけど」


「母さんだけじゃなく、誰とも話さなかったんだよ片桐は。先生はもちろん、学校にいる間は僕にさえ殆ど口をきかなかった」


「休み時間はどうしてたんだ、優也」


「休み時間は他の子と遊んでた。片桐と遊ぶようになってからは、ちょっとずつ避けられるようになったかな……そして、6年生の時にはね、父さんたちも知ってると思うけど……」


 6年生になってからは、一緒に遊んでくれる友たちが殆ど居なくなった。それが原因で、一時は学校に行けなくなった時期があった程だ。


「……なるほど、変わった子だったんだな。だけど、いくら変わった子だったとは言え、あんな事が出来るって……うーん、俺はやっぱりまだ信じられない」


「それで当然だと思うよ。僕らだって、分からない事だらけだもん……」


「……そうなのね。当分、学校もバイトも休みで良かったじゃない。優也も疲れたでしょうから、シャワーでも浴びて寝なさい」


「うん……色々心配掛けてごめんね、今日は色々とありがとう」


 そう言うと、父と母は優しく微笑んでくれた。

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