Card No.11:紗耶との夜
マックを出て、とぼとぼと最寄り駅へ向かって歩き出した。上空はヘリコプター、路上には報道陣やギャラリーなど、多くの人で溢れかえっていた。
「人混みの無い方へ行こうか」
そう言うと、「そうだね」と紗耶は返した。
「紗耶は何て言って家を出てきたの? こんな時間に心配してるんじゃない?」
「内緒で出てきた。さっきから着信いっぱい来てる。多分、凄い怒ってる」
「そ、それはマズイんじゃない……? すぐに帰った方がいいよ」
「優也も帰るの?」
「んー……どう話せばいいか考えるだけで憂鬱になるよ。心配させてる事は、本当に悪いとは思ってるけど」
「じゃあさ、今日どこかに泊まらない? ファミレスは年齢確認されて、追い出されるのがオチだし。……だってさ、一度帰っちゃったら、学校再開するまで家を出させてくれないかもしれないし」
紗耶は冗談を言っているようには見えなかった。
「そんな事しちゃったら、ますます怒られるよ……」
僕が言うと、紗耶は黙って僕の手を引っ張ってズンズンと歩き出した。
「いや……決めた! 一晩かけてどうするか一緒に考えよう! 優也が考えたラスボスの技を使わせちゃダメなんでしょ? ……世界が滅ぶのと私たちが怒られるの、どっちを選ぶべきかなんて、悩むまでもないじゃん!」
紗耶がズンズンと進んでいた方向は、何の心当たりも無かったようだ。一度止まって、スマホで空いているホテルを探す事にした。
い、いいのか……
僕は本当に、紗耶とどこかに泊まるのか……?
「金曜の夜だからかな、空いてるとこ見つからないね……」
「こ、ここどう? 割と近い場所で3軒空いてる。ここ行ってみようか」
それでも空いているホテルが3軒もあるエリアがあった。普段からそうなのだろうか、それともサモンズが頻出しているからだろうか。
電車で数駅移動して、僕たちはそのエリアに向かっていった。1軒目、2軒目と空いてはいたが、年齢確認をされたので逃げるようにホテルを出た。
「紗耶、次も聞かれたらどうする? 嘘つく?」
「バレるかもしれないけど、やってみよう」
3軒目は今にも潰れそうな古いホテルだった。値段も安かったが、見た目で最後に回したのだった。昔の映画に出てきそうな『ラブホテル』って奴だろうと思う。
「僕はいいけど、紗耶は大丈夫なの? こんなところで」
「逆に面白そうじゃん。高校生でこんなとこ泊まった人、そうそういないんじゃない?」
無理をしてる笑顔じゃ無かった。そんな紗耶がとても頼もしく思えた。
そのホテルの受付は、胸より下の位置に小さい窓があるだけで、お互いの顔は見えない仕組みになっていた。そこにお金を置くと、中から年老いた手が出てきて、代わりに305と書かれた鍵を渡された。
「すごい! こんなとこ初めて! 思ったより、中は綺麗じゃん!」
紗耶はそう言ってベッドに勢いよく飛び込んだ。
朝まで誰にも邪魔されずに、紗耶と二人きりで居られる空間。高校生に8千円は大きい額だが、それでも高くは無いかも……僕は心からそう思った。
「とりあえず、親には適当に言い訳しておこう。あと、光希の家にも連絡を入れておくよ。きっと光希の両親も心配してる」
「光希君とこの電話番号知ってるの?」
「アイツの家は居酒屋やってるんだよ。確か、両親とバイトさんで回してるはずだから」
飲食店検索サイトから、光希の親の店を探して電話を入れた。バイトが電話に出たので、光希の両親どちからに変わって貰うよう、僕の名前と共に伝えた。
「はい、光希の母ですが。えーと、大野君?」
「そ、そうです。はじめまして、こんばんは。光希がまだ帰ってないと思うので一応、連絡入れておこうと思いまして……」
「いえいえ、こちらこそはじめまして。今日は大野君の所に泊まらせて貰うようで、すみません。夜は静かにしなさいって言っておいてね。あの子、声が大きいから」
「み、光希から聞いたんですか? 僕の家に泊まること?」
「ちょうど一時間くらい前かな? ラインでね、大野君とこ泊まるって。大野君もいつかウチのお店来て。お礼もしたいし」
「い、いえ、そんなお礼だなんて。お忙しい中、すみませんでした!」
僕は電話を切った。光希からライン……そうか、片桐がラインをさせたのだろう。連絡を入れておかないと、大事になる可能性も大きい。紗耶はこっちを見ている、僕の電話のやりとりで、会話の内容は把握したようだ。
「私はなんて言い訳しよう……多分、どう言っても怒られるのは間違い無いし……いっその事、優也とホテルにいるって言っちゃおうかな……」
僕が真顔で紗耶を凝視すると、「冗談に決まってるじゃん」と紗耶は笑った。
二人で順番にシャワーを浴び、テレビを付けて今後の対策を練った。やはり、多くのチャンネルがサモンズの特別番組を流している。ただ、当初の報道より、幾分緊張感が無くなっているように感じた。
「なんか、雰囲気変わってきちゃったね。次はいつ、サモンズが出てくるか楽しみにしてる感じしない?」
「ほんと、僕も思った。ここ何度かのバトルは被害者出てないって事が大きいのかな」
テレビ画面には、遠方からわざわざサモンズを見に来たという、一団のインタビューの様子が映し出されていた。
『あのバトル、一度肉眼で見たいんですよ! 特撮ファンには堪らないです! とりあえず、土日は急遽ホテル取りましたから、東京で』
スタジオの解説者には、特撮ファンから一目置かれているらしい人物も招待されていた。サモンズのデザインを褒めていたので、僕は少しだけ良い気分になった。
「なんか私たちだけ、こんな所でぬくぬくとして申し訳ないね。光希君大丈夫かな……」
もしかして片桐から何か来ているかも。電源を切っておいたスマホを一度立ち上げてみた。親から、バイト先から、そして一通だけ、片桐からも来ていた。
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光希って奴は大丈夫だから安心してOK。一応、画像も送っておく
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最初に送ってきた血まみれの画像では無く、手足首は縛られていたが、綺麗な服を着せられていた。斜め後ろから写されてるので表情は分からない。でも、確かに光希だった。
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本当に大丈夫なんだな? だとしたら礼を言う。光希をいつまで監禁する気だ? どうやったら返してくれる?
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僕の返信には、いつまで経っても既読が付かなかった。
「明日に決着を付けるよう、なんとか考えてみよう。こんなの何日もやってられない」
「そうだね、私もそう思う。思いつくまで寝るの禁止ね!」
紗耶の提案に僕は賛成した。
サモンズ関連のテレビを付けっぱなしにして、僕たちはスマホで情報収集を始めた。僕たちの両親には悪いが、二人のスマホは少し前から位置情報を取得出来ないよう、設定変更してある。
「やっぱりさ、終わらせるならコイツを出すしか無いよな」
僕はラスボスをテーマで描いた、サモンズのカードを出した。
「そうよね……相手のサモンズは倒せそう? もう一度教えて、優也が描いたサモンズ」
僕が描いたサモンズは身長10mの魔王だった。片桐が描いたラスボスに、サバイブナイトという名前を付けていたように、その魔王にもルーインデーモンという名前を付けていた。
弱点は、鋼鉄の首輪の下に隠れている、喉仏だったはずだ。頑丈に見えるように描いたのを憶えている。
それよりも厄介なのが、必殺技だ。
◇必殺技:『終わりの光り』まばゆい光りで、世界を消滅させる。
こんなものを使われたら、バトルも何も無い。もちろん、使う側の片桐も消滅してしまう。しかし、片桐はこのバトルのためなら、死んでもいいと思っているんじゃないだろうか。そんな気がしてならない。
「やっぱりバトルじゃ無くて、片桐君自体を追い詰める方が現実的なのかも……サモンズを使うとか、警察に助けて貰うとか」
「紗耶もカードを使ったから分かると思うけど、サモンズ自体は水を掛ければすぐに実体化する。他の人には見えない5分間でも、動かす事は出来る。片桐はいつでも発動させられる爆弾を、常に持ってるようなものなんだよ」
「でも、先に片桐君を見つける事が出来たら? 実体化する前のサモンズで捕まえる事は出来るんじゃない? 5分間もあれば、怪しまれず彼に近づくことも出来ると思う」
確かにそうかもしれない。
片桐にバトルを阻害することがバレたら……僕はそればかり考えていた。片桐のリクエストに応え、全てのバトルをこなしても、最後にはどうせラスボスが出てきてしまうのだ。それならば、リスクを取ってでも、片桐自身を捕まえる方が良いかもしれない。
「よし、じゃ明日から片桐を探す事に集中しよう。犬のサモンズ以外に、役に立ちそうなサモンズはもう居ないかな?」
「うーん、この間調べた時には見当たらなかったけどなあ。もう一度、探してみる!」
紗耶はそう言ったものの、その内テーブルに突っ伏してスヤスヤと眠ってしまった。振り返れば今日はとても長い一日だった。疲れてしまって当然だ。
「紗耶! 一度仮眠しよう! その方が頭スッキリするし! 後ろにベッドあるから、移動して移動!」
大きな声を出して何度か肩を叩くと、紗耶はノソノソとベッドに入り、すぐにクークーと寝息を立てた。本当は僕も、紗耶のすぐ横に潜り込みたい。でも、それをするのは今日じゃ無い。僕はしばし、紗耶の寝顔を眺めていた。
僕だけでも、もう一度何かアイデアを出そうとソファに腰を掛けたが、知らない間に僕も眠りに落ちていた。
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