すでに詰んでる……。8




「でも確か魔法使いって学校に入っても、なれるのは一割程だって言うよね。なれるかどうかも分からないし、魔法使いにならないで、駒になると言う事は……」


 あえてその条件を抜かして話をしてみる。

 するとローレンスは、さらに笑みを深めていた。

 

 ……あたり?

 ローレンスは私を魔法使いにしたいということ?


 それがどう言う意味を持つのか分からないけれど、見捨ててもおかしくないような罪を犯したクラリスにわざわざ提案しているのだ。それは、私でなければダメな理由があるのでは無いだろうか。


「それか、魔法使いになってから、私の道を決めるというのは……どうかな?……なんて」


 ……名案では?

 探るように彼の顔をじっと見つめる。


「猶予か……それで君が私に背かない保証はどこにある」

「保証?!」

「選択の猶予を与える利点は私には無いんだよ」


 彼はそう言って、私のもう片方の手を取って私の腿の上でまとめて押さえつけ、それから私の目の中を覗き込むように顔を近づけた。


 手が抑えられているせいで立ち上がることも、突き飛ばすことも出来ずに、背もたれに体をピッタリと押し付けた。


「何かあるかな?提案できないのなら、私の機嫌を損ねた罪で、このまま処刑しても構わないよ」

「っ……う」

「ほら、何も言い返さないのかい?私は、ここで捕らえられている君を餓死させる事も、魔獣に食わせることも出来る。既に私に支配されているという感覚はないのかな」


 笑顔のまま言われて、口答えしたことを後悔する。既に詰んでいるという事は重々承知だ、それでも言わずには言われなかったのだから仕方ないじゃないか。


「君はここで今、私に何をされても、誰にもその不遇を訴えることができない。人道的ではない方法で痛めつけて、そのまま、何も処置せずに苦しみの末に殺すことも、その愛嬌のある声が出なくなるように、毒を飲ませて、喉をつぶすことだって、私にはできるんだよ」


 まくし立てるローレンスの笑顔が恐ろしくて、涙が滲んできた。それにそんな恐ろしい事を平然と、年端もいかない女の子に言うということも、それを同年代の彼が言うということも残酷で怖い。ただの脅しではない事が目を見ればわかる。


「私の目的を読んだところで君に自由は無い。提示されている未来しかないんだ、調子に乗らないように気をつければならない、そうは思わないかな」


 腫れている頬を撫でられてピリピリと痛む。コンラットに打たれた記憶が蘇って、キュッと目を瞑るとパタと涙が落ちてスカートに染み込んだ。


「あぁ、ごめんね。愛おしい君を泣かせてしまうなんて、でも君がいけないんだよ、多くを望むから。態度を改めなければいけないよ、君は誰に生かされている?言ってごらん、ほら」


 ぺちぺちと頬をはたかれて、体が強ばる。

 跳ね除けようとするのに、ローレンスの手はビクともしない。男女と言う差があるのだから仕方なく、逃れられないというのならばあきらめるほかない、と考えて、プライドを捨てて口にする。


「ローレンスっ、わかった、わかった!ごめん」

「殿下だろう?まぁ、良いか。私の要求はお願いじゃない全て命令だ。私は君に慈悲を向けているに過ぎない」

「わかってるからっ」

「これからは、私の考えを読もうなどと浅はかな事はしない事だね」

「しないっから、離して!」


 そう懇願するけれど彼は手を離すことは無い。

 

「私に指図することが君にできると?」

「……っでも」

「言い訳を聞いてやる義理もないね」

「……っ、ごめん、て」


 謝ればローレンスはふっと怖い笑みを消し、離れてくれる。強く抑えられていた手首が痛くてゆっくりと摩った。


 ひとつも反論できなかったし、結局ただ怖い思いをしただけになってしまった。私の落胆とは関係なく彼は、本当に少し機嫌が良さそうな笑顔を浮かべて口を開く。


「立場はわかったかな」

「はい」


 意図せず敬語になっていた。仕方ない、怒号を浴びせられるでもなく、殴られるでもなく、立場を使って責められると勝ち目がないし、死ぬのは怖いし何もいえなくなるのだ。


 前世知識を今ここで使おうと思ったのに、まったく役に立たなかった。けれども、それは仕方がない。セールスマンはこんなことしてこなかったし、前世の恋人だってこんなに口が達者な人はいなかった。……前世だったらきっといい結果が残っていたよ。仕方ない私は間が悪いのだ。


 相手の思い通りにならないように頑張っただけ偉いよ……。

 そう自分を慰めてみるが、なんとも虚しさだけが残る。


「……クレア・カトラルこの名前をあげよう。“君”はこれからクレアだ。いいね」

「……」


 名づけまでされてしまった。異を唱えるつもりは無い。私をクレアだと言ったローレンスは、ぽんぽんと私の頭を撫でる。


「クレア、君が察した通り、私の目的は君を魔法使いにすることだ。それさえ、果たすことが出来れば、その後は重要では無い。私の管理下にありさえすれば」

「……だから、なんだっていうの」

「君の奮闘に少しは報いてあげようと思ってね。多少は楽しめた、それにペットの頭が良いと言うのは嬉しいことだろう?」


 そう言ってローレンスは私の手に金属製の何かを握らせる。


 それから、ローレンスは空中にパッと手をかざす。すると『ララの魔法書!』の作中にも登場した黒い刀身のサーベルが光を放ちながら現れる。これは彼の魔法の一つだ。物騒だと思っていると、彼はおもむろに私の髪をひと房掴んで肩の高さでスパッと切った。


「保証はこれでいい。私に背けば、どうなるか分かるね」

「……」


 答えずにそっぽを向く。

 女性の髪を勝手に切る、元婚約者をペット呼ばわり、処刑を盾に様々な要求。この人、児童文学の男主人公だとは、到底思えない屑加減だ。


 ララの前では、まったくそれが露見していなかったのがまたすごい。そしてそれを知っているクラリスが逃亡を考えるのも納得が行く。


 王子という地位があるからこういう風なのか、元からこういった人間なのかは謎だが、切り取った私の髪を糸束を束ねるように軽く結んでふっとサーベルを消した。


 最低、腹黒男め。


「クレア、また来るよ、学園の教科書を送っておくから、よく勉強しておくように」

「……言われなくても」


 彼の背中にそう声をかけた。大きな音が鳴って扉が閉まる。

 酷く疲れたような心地になって再度、背もたれに体を預けた。





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