すでに詰んでる……。5
どうしてこんな状態になっているのか分からないが『ララの魔法書!』にはこんな魔法がある描写は一切なかった。彼女は異常な状態だと思われるのにヴィンスは、取り乱すこともなく私たちのことを朗らかに見つめている。
『あのお方は……怖い人よ。わたくし、あの方以上に底のしれない人を存じ上げないもの』
テーブルに座った私を見上げるようにしてクラリスは目線を送る。あの人と言うのはローレンスのことだろうか。そんな事よりも、クラリスの状態の方が気になるのだが、彼女が話をする気があるのならローレンスの話から伺う事にしよう。
「……ローレンスは、クラリスが幽閉されてからもここに来ていたの?」
『そうよ、立場を失ったわたくしを慰めにいらっしゃっていたわ』
「慰めるというか、懐柔しに来てたって感じ……だと思ったんだけど……」
素直に感想を述べると『そうね』と物憂げにしっぽを揺らす。猫らしい姿なのに優雅に見えた。
ローレンスの印象も原作とは違って見えたが、クラリスも同様だ、こんなに落ち着いた育ちの良いお嬢様というより、もっと傲慢で直情的だったと覚えているのだが、私の記憶違いだろうか。
『他人を利用することしか頭にない人……という事は生前からずっと気がついていましたわ』
「生前?」
『えぇ、この姿になる前、その体に私が宿っていた時よ』
なるほど。それで生前。言葉の意味合いとしてはそういうと猫のクラリスは今は、故人のように聞こえるがそれ以外言いようがないだろう。
『幼い頃からの婚約者のわたくし相手にも、彼は執着というものが一切ありませんでしたわ』
それは物語を見ていても分かる。しかし昔に感じていた物語の違和感をこうして、登場人物に説明してもらえて、なおかつ、私の感性が間違ってなかったことを証明してくれるなんて、感慨深いというかなんというか、未だに夢じゃなかろうかなんて考えてしまう。
『わたくしは義務を果たしました。表向きは、婚約者としての地位を守るために画策して、そして失脚した。これでやっと、わたくしはあの方から逃れられる、この状況は、望んだ結末ですわ』
……望んだ結末?こうして、幽閉されることが?原作では、あれほど取り乱していて、誰しもが、ローレンスへの彼女の愛を疑うことなどなかったというのに、意外も、意外だ。
ローレンスの方には、行動に多少の違和感があったりして、よく読みこんだ人間には、なんだか理解できない人物で、何考えてるのか分からない男だという事は、うっすら感じ取れるのだが、クラリスのことはまったく予想外である。
しかし、クラリスが、心の奥底では、ローレンスが好きではなかったとして考えると、原作のクラリスの状況を考えると、クラリスは、ローレンスが嫌いでも逃げられなかったという可能性がある。
原作開始時点で、クラリスは婚約者として既に出身国のメルキシスタ国から、アウガス魔導王国へと移住していた。婚約者であるローレンスは信用の置けない存在。逃げようにも逃げ場がなく、ローレンスとの婚約を破棄して逃げるには、こうして国の端っこで幽閉されるしか方法がなかったと?
そして、ローレンスはここにもやってくる、それからも、完璧に逃れる為に隙を見て……猫に……?
猫?やっぱりその部分だけは理解できそうに無かった。
「彼から逃げるために罪を犯したと言うのは、納得がいかなくもないんだけど、どうしてそんな姿に?」
『……方法の話かしら、それともわたくしの姿のお話?』
「うーん……」
『言っても意味なんてありませんわ。それより勝手にわたくしの体に入った貴方の事の方が重要ではなくて?』
そう言われればそんな気もする。幾分冷めた紅茶を彼女はぺろぺろと舐めて飲む。
『どこから来たのか、誰なのか、そんな事はわたくしも聞きません、けれど、言っておく事はありますのよ』
「は、はい」
『きっとわたくしが抜けて、生きているのに中身が空っぽになってしまったから、クラリスと言う肉体に貴方が宿ったのでしょう。”あの人”もそういう事があるかもしれない言っていたわ』
”あの人”って誰だろうローレンスではないだろうし、きっと聞いても分からないからスルーだな。
ガコン!
金属音が鳴り響いてまた扉が開く音がする、ヴィンスは咄嗟に立ち上がって、私達と扉を交互にみる。
クラリスはそれほど気にしていないように、話を続けた。
『わたくしは、目的を果たしました。わたくしは今も望むままに生きているのよ。だから、その体に未練はありませんの』
「ク、クラリス!誰か来るみたいだから隠れて」
私の声を無視して彼女は続ける。
『選択権は、全てあなたにありましてよ。名も知らぬ、貴方。…………それからヴィンス』
「はい」
『全てを投げ出してごめんなさいね。貴方を巻き込み、逃げ出したわたくしを恨んで構わないわ』
それだけ言って、彼女は、机の上から飛び降りて暗闇に消えていく。
全ての選択権…………。というか先程の話からして、元の世界に戻る方法はもはや皆無だとわかった。だって、体が生きているのに、中身がないから、たまたま、私が入ったというようなことを、クラリスは言っていた。
つまり、きっと、二度目はそれほど、都合よく起きない。元の世界で、魂が抜けるなんて現象は起こりっこ無いのだから、もし奇跡が起こったとしても、きっと、元の世界には戻れない。やはり私は、どうあってもここから先、この体でクラリスとしての人生を歩まなければならないだろう。
第二の人生を手に入れた喜びなんかはなく、それで結局、どうしたらいいのかわからない。
まだまだ情報が足りない。金髪のふさふさとしたしっぽを追いかけるけれど、暗闇が怖くて足が上手く進まない。
ガコンっ!と嵌る音がして、扉が完全に開いたのだと知らされる。
そこには本日二度目の登場のローレンスの姿があった。けれどコンラットはそばに居ない。彼一人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます