人形遣い

「えっと、君は?」



 この子からもほとんど気配のようなものを感じない。

 ただじっくり調べるとかすかにだが感じ取ることはできる。


 さっきの兎人形とは違い意図的に隠しているのか、元々気配自体が希薄なのだろう。



 その間もラムは口を動かしている。



「る、ルナのお人形さん……」

「これのことかメェ? 美味しくないから返すメェ」



 ペッと口からウサギの人形を吐き出す。

 よだれでドロドロになって、辛うじて原型を保っている程度のウサギ人形を見て、ルナは真っ青の表情を浮かべる。

 ただそれ以上に青い顔をしているのはゲイルだった。



「あ、あの、儂はこれで――」



 拘束されているにも関わらずにその場から逃げようとする。

 ただ逃げられるわけもなく、その場でエビのように跳ねているだけだった。



「許さない。ルナのお人形さん、虐めるの、許さない」



 先ほどまでほとんど気配を感じなかったルナだが、いきなり気配が膨れ上がっていた。



「許さない……許さない……許さない……」



 魔力自体もどす黒いものが出ているように感じ、そのあまりの迫力に俺も思わず後ろに下がってしまう。

 一方、全ての元凶たるラムは……。



「あの黒モヤ、食べていい?」

「さすがにこれ以上怒らせたらまずいだろ!?」



 相変わらずマイペースな反応を見せていた。



「ルナのお人形さんを虐める人、絶対に許さない!!」



 ルナから吹き出していた黒モヤが一カ所に集まったかと思うとそれが次第に巨大な人形へと姿を変えていく。


 黒い毛皮に覆われた丸い物体。

 申し訳程度に足があるだけでほぼ球体。

 頭らしきところに耳が付いていることとつぶらな目や口が付いているところからおそらく猫ではないかと想像ができる。


 思わず見上げないといけないほどの巨体。

 ラムよりも少し大きい。



「食べ放題?」

「……なんでそれを見て真っ先に食べることが思い浮かぶんだよ!?」

「やっちゃえ、猫さん。悪い悪魔を倒しちゃって!」

「なー!!」



 小さな足を動かしてゆっくりとした動きで近づいてくる猫っぽいなにか。

 鳴き声が微妙に猫じゃないし、そもそも面影があるだけで魔物という方が正しそうだ。


 そういえばこの子は人形遣いパペッターらしいので、この猫もどきも人形なのだろう。


 羊もどきもいるわけだから実物も存在しているのかも知れないが――。


 巨大猫人形が次第に速度を上げながらラムに体当たりをする。

 ただ、ラムは辛うじて踏ん張っていた。

 その後すぐにラムもお返しと言わんばかりに体当たりを仕返していた。


 でも、猫もどきもそれを耐えており、すごく良い勝負をしていた。



「大きくて食べにくいメェ」

「なー!!」



 巨大な二匹が暴れているせいで俺たちの身も危ない。

 それは一桁ナインスの面々。ひいてはルナも同様で……。



「なー!?」



 吹き飛ばされた巨大猫人形がルナや一桁ナインスがいる方へと迫っていく。



「フリッツ!!」

「おう、任せろ!」



 大慌てでフリッツがゲイルとラークを連れてその場から離れる。

 一方の俺はルナを抱えると魔法で一気に空に浮かび、巨大猫人形を躱す。



「おい、ラム。危ないだろ! 食事抜きにするぞ!」

「そ、それは困るメェ。き、気をつけるメェ……」



 危うく怪我を負いそうになったことを注意する。

 するとラムは申し訳なさそうな声を出す。


 そして、一旦危険が去ったことを確認すると俺は地上に戻り、ルナを降ろす。



「ど、どうして……?」

「なにがだ?」



 ルナが小声で不安そうに聞いてくるが、その質問の意図がわからなかった。



「ルナが襲ったのにどうして助けたの?」

「あー、そうだな……」



 そういえばあの巨大猫人形をけしかけたのはこの少女だった。

 相対する敵をどうして助けたのかと言われたら……。



「考える前に体が動いたから、か?」



 実際に何か考えて動いたわけではないので答えに困ってしまう。



「そう……なんだ」



 ルナの体から白いモヤが発せられたかと思うと巨大な猫人形は彼女が抱えられるほどのサイズになって、色も白くなっていた。



「あなたはルナの敵じゃないの」

「戦うつもりはないな」



 ラムと同等の力をもつ人形を自在に操る少女。

 しかもまだまだ力を隠していそうである。


 ゲイルが本気で怯えていたことも考えると彼女が本当の一桁ナインスということがわかる。


 原作にはいなかったが、そもそも原作でも一位と二位、四位と七位しか出ていない。


 まぁ常識的に考えて一勢力に対して、全戦力を投入することはない。

 たまたま主人公たちには送られなかっただけなのだろう。


 そんな危険な相手と進んで戦うほど俺は戦い好きではない。



「敵はあの羊だけ」

「わかった。あとから煮ておく」

「ま、待つメェ!? なんで勝手にうちを食べる話をしてるんだメェ!?」



 驚いたラムも小さい姿になると俺の頭へと乗りかかってくる。

 当然ながらそれをすぐさま払い退けると、つまみあげる。



「非常食だけど仕方ない。他の食材を使わずに済むと思えば安いものだしな」

「ちょっと待つメェ!? 非常食なんて初めて聞いたメェ!?」

「んっ、焼き羊……」

「それも美味いよな。よし」

「よしじゃないメェ!? 火の準備もしなくていいメェ!?」

「……残念」



 本当に残念そうな声を上げるルナ。

 ただその表情に先ほどの怒りの様子はない。

 それを見た俺は安心して、さっきまでラムが食べていたウサギの人形を拾い上げると水魔法でその体を綺麗にした上で火魔法を使い、体を乾かす。



「これで綺麗になったか?」

「あ、ありがと……」



 ルナは嬉しそうに頷きながらも小さい声でお礼を言ってくる。



「うちのラムひじょうしょくが済まなかったな。またラム肉パーティーをするときは呼ばせてもらうな」

「んっ、楽しみにしてる。ルナは帝国に住んでるからお城に連絡してほしいな」

「わかった」

「わからないで欲しいメェ!?」



 隣で騒いでくる非常食は無視する。



「あと今回のこと、お詫びしたいからルナのお家まで来て欲しい」

「あー……、それって帝国にあるルナの家ってことだよな?」

「うん……」

「俺たちはこれから獣王国の王都へ向かわないといけないんだ。だからそのあとで――」

「わかった。それならついて行く」

「えっ?」



 まさか一緒に来ると言い出すとは思わずに聞き返してしまう。



「それで用事が終わったら一緒に帝国へ行く」

「まぁ、そのくらいなら構わないぞ?」



 一応帝国でそれなりの地位にある一桁ナインスのルナとは仲良くしておいて損はない。

 俺が独立できなかった時は亡命させてもらったりもできるだろうし。



「うん、約束。お兄ちゃんにお礼をあげるの」



 ルナが小指を出してくるので俺も同じように出す。

 そして約束をすると一瞬指が光ったように感じ、ルナは嬉しそうに微笑んでいた。



「危険人物が二人に増えたメェ。身の危険だメェ」

「大丈夫だ。今はパーティーができないから安心しろ」

「いずれするってことだメェ!? 安心なんてできないメェ!?」

「それよりもこいつらはどうすればいい?」



 一応帝国の一桁ナインスを名乗っていた以上、このまま放置するわけにもいかずルナにその処遇を任せることにする。



「……付いてくる?」

「は、ははっ! かしこまりました」



 ゲイルは地面に頭を擦りながら承諾してくる。

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