第36話
「テレサ、君と別れてからもう一年だ。
僕は毎日すごく忙しいけど、ちゃんと剣の腕を磨いて強くなったよ」
「コゼットさん、ずるいですよ。
一人でテレサさんに手を合わせているだなんて」
「アサギだって一人で来てるじゃないか」
「丁度一年ですね。
みんな凄く強くなりましたよ」
そう、僕達は強くなった。
一人ひとりが並みの魔族なら相手にもならないくらいに。
一年前のサイファーのままなら確実に倒せるけど、そう上手くはいかないだろうな……。
この国ファーブルも随分賑やかになった。
特産品の生産も売れ行きも上々だし、アゲハの考えていた魔力を通す糸を使ったケーブルも作る事が出来た。
今は使用用途などを模索してる所だけど、転移装置の開発を頑張ってくれているようだ。
移住してきた人も多いし、研究者もそれなりに増えた。
畜産も農業も順調で、食卓に新鮮な野菜や肉も並び、料理のおいしい国としてもファーブルは近隣諸国からも認めらえている。
「旦那様、こちらでしたか」
声を掛けて来たのはスレイブと言う新しくお城で雇った使用人達の内の一人だ。
使用人達は
接客スキルも持っているし、売れ残ってしまったとは言え、みんな器量もいいし、使用人として雇うのは悪くない選択肢だったと思う。
ファーブルではまだまだ人材不足な所もあるので、今後もしばらくは
「どうしたの?」
「はい、旦那様を尋ねてこられた方がいらっしゃいまして、応接室に通しております。
粗暴な感じの方だったので、最初はお断りしたのですが、旦那様と同郷の者だとおっしゃいましたので、ご返答を伺いに参りました」
僕と同郷……もしかして転生者だろうか?
粗暴な感じだと言っているし、イブローニュの言っていた勇者ではないと思う。
だとすると、まだ見つかっていない三人目の使徒の能力を引き継いだ人物の可能性もある。
「とりあえず、会ってみる事にするよ」
「畏まりました」
アサギと共に応接室へ行くと、客人は足を組んで待っていた。
姿勢も悪いし、確かに粗暴な感じだ。
観察して見ると、身体能力、魔法能力がどちらも測定不能。
想定内の結果なので驚きはない。
僕はその男の対面に座り、声を掛けた。
「こんにちわ。
この国で王をやっているコゼット・ファーブルだ。
僕と同郷だと言う話しを聞いているけど、まずは君の事を教えて貰えるかな?」
「俺はこっちの世界じゃレンって名乗ってる。
目的は元の世界への帰還だ。
今の所手掛かりが無いんだけど、何か知ってる?」
転生者で間違いないか。
使徒の能力を持っているのなら賢者の石を作れるかもしれない。
悪用したら危険だけど、確かめる意味もあるし聞いてみるか。
「賢者の石の事は知ってるかな?
赤いルビーみたいな石の事だけど」
「ああ、これか?
試したけど無理だったよ」
レンの取り出したのは確かに賢者の石だけど、以前僕が出した賢者の石よりもかなり小さい。
能力に差があるのか……それとも……。
「もしかしてだけど、賢者の石を乱用したりしてないよね?」
「乱用? ああ、最初はパーっと使ったよ。
何せこの世界の言語も分からなかったし、食料にも困ってたからな。
力を付けてからは困らなくなったから今はチャージ中。
最初のデカい奴は残しておけば良かったって後悔している所だが、こいつで元の世界には多分戻れない。
あっちの世界に言葉を届ける事も出来なかったしな」
「色々試してみたって事だね。
それなら、僕にも協力出来る事は無さそうかな。
元の世界に帰りたいって事は、向こうに未練でもあるの?」
「あるある、やり残した事がわんさかある。
お前はこっちの世界で順風満々って感じか?
アイドルでハーレム作ってるもんな」
「僕はプロデューサーとして誇りを持っている。
アイドルに手を出したりはしていないし、王様になったからと言って好き放題やっているわけじゃない。
僕はただこの世界に生まれた運命を受け入れているだけだよ」
「そういうもんか。
俺もあれこれ気にするタイプじゃないんだけど、やっぱこっちの人間は違うんだよな。
こっちの世界で俺が人間だと認めてるのは勇者とお前だけだ。
それ以外の奴等はモブだよモブ」
「そうなんだ。
皆一生懸命生きているし、僕はそうは思わないけどね。
レンは勇者と会った事があるって事だよね?
どんな人だった?」
「まーそう言う見方もあるわな。
勇者か、ありゃ駄目だ。
魔王を倒すって使命を使徒から与えられたって言ってたぜ。
能力はなんだったかな……。
ああ、そうだ。
契約した仲間を好きに作り変えれるんだったかな」
「作り変える?」
「ゲームとかでキャラクターメイキングとかした事ないか?
そんな感じらしいぜ。
職業も変更できるって言ってたな」
「凄い能力だけど、制限とかはあるだろうね。
レンも特殊な固有能力を持ってるのかな?」
「俺か?
持ってるけど使った事はないな。
野球の監督なんだけどよ、9人集めても相手が居ないんじゃ試合も出来ないだろ。
それに、野球のルールも知らないのに監督ってなんだよって話だ」
「野球は難しそうだけど、僕もアイドルを流行らせたわけだし、出来なくはないんじゃい?」
「出来たとしてもやらないな。
やる気がない」
「コゼットさん、ラストライブなら元の世界の帰れる可能性ってあるんじゃないですか?」
隣に座っていたアサギがいきなり会話に入って来た。
ラストライブなら元の世界に戻れるかもしれない。
僕も可能性はあるとは思っていた。
けど、ラストライブをする為には僕と契約してアイドルになって、一定数以上のファンを獲得しなければならない。
僕はレンを仲間に引き入いれるつもりは今の所ないし、だからその話は避けていたんだけど……。
まあ、話してしまったのなら仕方がない。
「可能かもしれないけど、それにはアイドルになる必要があるし、人気もないと駄目だからね。
簡単に叶えられるというわけではないよ」
「成程ねぇ……。
コゼット、俺と取引をしないか?」
「いいけど、どんな条件?」
「条件なんて何でもいいんだが、とりあえず俺をアイドルにしてくれ。
それと、俺の能力にも可能性があるかもしれないだろ?
なら、この国で野球チームを作って、その一つを俺が監督する。
この条件を飲むなら、そっちの条件は常識の範囲内であればなんでも飲むぜ」
こっちの条件をなんでも飲むと言うのなら、能力は高いだろうし悪い条件ではないか……。
「わかった。
けど、アイドル活動なんて出来るの?」
「アイドルになれるかと言われたら難しいってのが本音だ。
だが、用は人気がでりゃいいんだろ?
それなら簡単だ。
何か楽器を持って来てくれるか?」
人気を獲得するのが簡単か。
自信があるみたいだし、それなら見せてもらおう。
「アサギの使っていた楽器を持って来て貰えるかな?」
「ええ……まあ、いいですけど」
ものすごく嫌な顔をされた。
アサギがあんな顔をするのは初めて見た。
よっぽどあの楽器を他人に触らせたくなんだろうけど、この流れになったのはアサギにも責任があるしと言えるし、我慢してくれ。
アサギが自室から例の弦楽器を持ってきた。
大切そうに抱えたそれを、恐るおそるレンに渡した。
レンはその楽器を見てすぐに
アサギはじっとその様子を見ている。
「この楽器、素人が扱うとすぐ駄目になっちまうだろ?」
「その通りですが、まさか初めてそれを触るんですか?」
「初めて触る。
だが、どんな調律をすればいいのかはこいつが教えてくれる。
よし、こんなもんか」
レンがボローンと楽器を鳴らすと、アサギが驚いた表情を見せた。
続けてレンは楽器を使い演奏する。
初めて触るであろう楽器なのにちゃんと曲になってる。
それに、途中から速弾きをしたり、よく分からない奏法で演奏をしたりと、凄いテクニックを披露してくれた。
「これで、少しは俺の実力わかってくれたかい?」
「実力があるのはわかったけど、演奏だけでいくつもりなの?」
「コゼットさん! 今の演奏だけで十分お金が取れますよ!」
「ええ? そんなに凄かったのか?」
「凄いですよ!
あんなに速く弾けば普通なら弦が切れてしまいます。
それに、両手を使って指板を抑えて、あんなに綺麗な音を出せるのも凄いです。
後、最初から最後まで完璧に一定の速度で演奏していたのに変拍子になってまた戻すと言う事も自然にやってのけました。
他にも色々ありましたが、この方の演奏は次元が違いますよ」
アサギがそこまで言うのならそうなのだろう。
素人の僕にはよく分からない。
テクニカルな事をしていたのは分かるけど、普通に演奏していたと言う感想しか出て来ない。
「じゃあ、レンをアイドルとして契約するけど、こっちの条件も伝えておかないとね。
僕達に危害を加えない事。
それに、あらゆる不利益をもたらした時には即解雇する。
不利益は生じなくても僕の判断で自由に解雇出来る。
これでどうかな?」
「結構信用されてないみたいだな。
さっきまで楽しく会話してたのに、傷つくぜ?
まあ、その条件で俺は問題ないけどな」
「僕は仲間達を失いたくないんだ。
レンを相手に油断できないのは当然だし、僕意外には人とも思ってないと発言したでしょ?
それと、これが契約書になるんだけど、名前書いてみて」
「そうだな、無警戒よりは全然マシだ」
レンが契約書にサインした事で契約は成立した。
実力はあるみたいだし、この先どうなっていくのか楽しみでもあるし、不安もあるな。
アサギがレンを気に入ったみたいで、自分のグループに参加させて欲しいと言いだしたので、特に問題もなさそうだしアサギのグループに入れてあげた。
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