第5話

 林と田んぼの所有者は、すぐ近くの住宅街に居を構えていた。出てきたのは意外と若い男性で、三十代後半といったところか。玄関先で話すのも何ですから、とリビングに通され、嘉内はそこで気になるものを目にした。



「失礼ですが、あの方はお父様ですか?」



 嘉内が示す先には、リビングの片隅にある遺影と骨壷。飾られた写真には七十代ぐらいの男性が笑顔で写っていた。



「ええ、父です。最近亡くなったものでして……」


「それは、お悔やみ申し上げます。よろしければ手を合わせても?」 


「ありがとうございます。父も喜びます」



 麻倉の不可解そうな視線を受けながら、嘉内は遺影の前に立ち、そっと手を合わせた。伏し目がちにしながら、さっと遺影と遺骨の周辺を確認する。遺骨の横に紐が千切れたお守りを見とめ、家主に声をかけた。



「こちらのお守りはお父様の物ですか?」


「はい、生前父が肌身離さず持っていた物です。僕の祖父から貰った物だったようで、絶対に身につけるようにと口酸っぱく言われてたみたいです。一緒に棺桶に入れることも考えましたが、やはり神社でお焚き上げしてもらった方がいいかなって。ただ……」



 家主はそう口籠もり、かなり話辛そうに言葉を探している。嘉内が視線で先を促し、ようやく口を開く。



「お焚き上げをしてもらおうと近所の神社に持ち込んだのですが、うちでは出来ないと断られまして……。他の神社や寺など何ヶ所かに持ち込んだのですが、同じように言われました」


「それは、なぜ?」


けがれている、と仰るのです。うちでは対処出来ないほどだと。どこの神主さんも住職さんも口を揃えてそう仰るので、怖くて早く手放したいんですが……」



 困ったようにそう言葉尻を萎める家主をよくよく観察すると、顔色が悪く目元にも薄らと隈が出来ていて、とてもではないが健康そうには見えなかった。このお守りの影響だろう、と嘉内は視線を落とす。

 家に入った瞬間から空気が澱んでいるように感じ、発生源を探すとこのお守りに辿り着いた。今回追っている怪異のものかは現段階では不明だが、何らかの影響でお守りが穢されたことは嘉内の目から見れば明白で、恐らく家主の父もお守りの効力が薄れ、穢されたことが原因で亡くなったのではないか、と嘉内は考えた。



「よろしければ、こちらのお守りをお預かり出来ないでしょうか?」



 家主を安心させるよう薄らと微笑みを浮かべた嘉内はそう提案する。家主は目を瞬かせ、思いもよらぬ提案に驚きを見せた。



「ここにいる麻倉という刑事ですが、実は高名な神社に連なりのあるものでして。彼の伝手であれば恐らくこちらのお守りを処分できるかと」



 突然に名前を出された麻倉は何を言い出すんだと嘉内に視線を投げかけるも、嘉内に話を合わせろと言わんばかりの笑みを向けられ、ため息を吐きそうになるのをぐっと堪えて言葉を紡ぐ。



「ご安心ください。お父様の為にもこちらできっちりとお焚き上げをさせていただきますので」



 朝倉がそう家主に向けて出来るだけ真摯な表情をして答えれば、家主はホッとしたようによろしくお願い致します、と頭を下げた。

 よほど切羽詰まっていたのか、通常なら怪しいと思われかねない提案だったのにすんなりと通ってしまったことに麻倉は内心驚く。


 もしかして嘉内が何かしたのではないかと胡乱な視線を投げるも、当の本人は知らんぷりでさっさと回収しろと無精髭の生えた顎でしゃくってくる。

 念の為手袋をして、渡辺から持たされていた呪物用じゅぶつようの証拠品押収袋にお守りをそっと入れれば、僅かに家の中の空気が良くなる。

 嘉内もその様子を見てホッと息を吐き、そのまま家主に女児失踪事件のことで林や田んぼに犯人の痕跡がないか立ち入り調査を行いたい、という旨を話せば、家主は二つ返事で了承した。


 立ち入り許可も取れ、家を後にすべく玄関先に戻ると、嘉内少し伸びあがり麻倉の耳元に口を寄せる。



「麻倉、ちょっとここで柏手かしわで打ってくれ」



 言われた言葉の意味がわからず嘉内を見下ろせば、いいからやれ、と口パクだけで麻倉へと促し、本人は家主へと向き合う。


「ご協力いただきありがとうございました。最後に、お父様が静かにお眠りになれるよう、こちらで柏手を打たせていただきます」



 そう言った嘉内の言葉に合わせ、麻倉は半ばヤケクソになりながらも二度、柏手を打つ。

 すると、これまで家に漂っていたどんよりとした空気が一瞬で霧散し、清浄な空気へと変わった。それは家主から見てもわかるほどであったらしく、目を丸くし動揺していた。


「へ、え?」


「それでは、ご協力ありがとうございました」


「ま、待ってください! あなたたち一体……」 



 何事もなかったかのように立ち去ろうとする二人を、慌てて家主が呼び止める。家主からしてみれば、一瞬で家の空気が良くなっただけでなく、ここ最近ずっと優れなかった体調が柏手一つで回復したのだ。思っても見なかった不思議体験に驚くのも無理はない。

 玄関ドアを開けようとして足を止めた嘉内は、家主に半身を向けながら少し困ったように笑みを浮かべる。



「ただの警察ですよ。ちょっと特殊な部署ですけど」

 

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