第3話

いくら怪異対策室に所属しているとはいえ、嘉内も麻倉も現場を見ればすぐに怪異の痕跡が発見できるというわけではない。そんなことは宮内庁の人間であってもできるのは一握り程度の重役ぐらいなものだ。


 二人はまず警察という立場をフルに使い、失踪した女児の小学校から聞き込みを開始する。大抵の人間は警察手帳を見せれば何も疑わずに話を聞かせてくれるので、使わない手はなかった。しかし小学校の教員は怪異に繋がるようなことは何も知らない。十年周期で起こっている失踪のことを聞こうと思っても、公立の学校のため十年前にこの学校に勤めていた教員は皆別の学校へと移動していたため、そちらの話を聞くこともできなかった。


 どうにか当時のことを知っている人間はいないものかと探していれば、二十年前からこの学校で勤務しているという用務員の男性に話を聞くことが出来た。



「あぁ、確かに十年前も二十年前も失踪事件ってのはあったなぁ……。昔のことだから言われるまで思い出せんかったよ」



 白髪頭の年老いた用務員は、どうしてこんな印象的なことを忘れていたんだろうなぁ、と首を傾げる。

 用務員の話によれば、失踪した子はどちらも午後五時近くまで学校に残っていることが多く、今回失踪した子と同様に正規の通学路ではなく学校近くの林を抜けて帰ることがよくあったらしい。



「林抜けようとしとる時、見つけたらいつも怒ってはいたんだが、なかなかやめてくれんでなぁ。あっちの辺りは先生方と協力して下校時の見回り増やしとるんだが……」


 いたちごっこみたいなもんよ、と用務員は途方に暮れている。こんなことがあったから今後より見回りが強化されるのだろうが、その分の教員と用務員の労力は計り知れなかった。






「いやこれ今回マジで面倒な案件すぎねぇか? 用務員の爺さんが思い出せなかったってあれ、確実に記憶干渉されてるじゃねぇか」


「事件の当事者や近しい関係者だけならまだしも、特定地区の人間全ての記憶に干渉してるってことですか? となるとかなり強力な怪異ですね……」



 話を聞かせてもらった礼を言い、小学校を後にした二人は林に向かう道中でそんな会話を交わす。


 一般的な怪異は記憶に干渉することなんてできないし、知名度による強さの補正も入ることもあるため、強力な怪異ほど逆に噂を広めることを好む。その方が勿論一般人には警戒はされるけれども、怖いもの知らずの若者たちが面白半分で現地にまで赴くことも多いので、そうやって被害を増やしているのだ。いつの時代も肝試ししたがる輩はいる。

 だが今回の場合は自身の存在を極力思い出されぬように、記憶に干渉し忘れやすくしている。知名度による補正もないままにそういうことが出来るのは、よほど力を溜め込んでいるか、記憶干渉に特化しているかのどちらかだった。



「一応この付近における児童失踪に関して、警察で確認できる範囲だと大体六十年ほど前から失踪届を受理しているようですね」


「となると今回で失踪者は六人目ってことか?」


「いえ、最初はもっと多かったようです。十年周期で失踪するようになったのはここ三十年ぐらいで、最初の頃は一度に複数人消えたこともあったそうですし、二、三年と空けずに失踪することもあったようですよ。勿論、そんなデカい規模だったので警察も大規模捜索を行ったみたいですが、失踪の痕跡は見つからなかったそうです」



 スマホに移した当時の記録を読み上げる麻倉を横目に嘉内は煙草を胸ポケットから取り出す。唇に咥えて火を付けようとしたところを、横から煙草を掻っ攫われた。



「嘉内さん、路上喫煙は条例違反です」



 目敏く見咎めた麻倉は手の中で煙草を握り潰し、そのまま自身のポケットへと突っ込む。グシャ、とされた瞬間にあぁ〜〜……、と小さく悲鳴をあげた嘉内の悲しそうな顔を一瞥し、反対のポケットから取り出した飴を押し付ける。煙草を一本駄目にされたことに落ち込みつつも、渡された飴を仕方なく口に放り込んだ嘉内は、庁内で食べたものよりも甘ったるくなくて好みの味で少しだけ気分を上げる。


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