第2話 うまくいかない

 蓮華になって二年目は、妙に清々しい気持ちで迎えた。

 我ながら現金だとは思うけれど、麻乃と修治が別れたと思うと、修治に対して以前ほどの苛立ちを感じなくなった。


 ただ、休みのときを狙って誘おうとしても、いちいち修治の存在がチラつくのは、面白くない。

 今日も会議のあと、飯に誘おうと思っていたのに、修治に先を越されてしまった。


「また、うまく誘えなかった」


 花丘の食堂で、穂高と二人、遅い昼ご飯を食べながらボヤいていた。

 今週の持ち回りも穂高と一緒だ。

 このあと、一緒に南浜へと向かう。


「別れたとはいえ、あの二人は持ち回りも休みも一緒だもんな」


「そうなんだよ! だから会議のあとくらいしか誘えないってのに……」


 せめて持ち回りで一緒になれたらいいのに、年に数回、一緒になる程度だ。

 鴇汰は穂高と一緒になることが多いけれど、ほかの蓮華たちともそこそこ一緒になる。

 麻乃と修治だけが、やけに少ない。


「それにしても鴇汰、最近はちっとも遊びに出ないよな?」


「ああ。ホラ、前に話した『初雪』が店を辞めるっていうから、逃げ場ももうないし……全部ちゃんと断るって、約束したんだよ」


「ずいぶんかばってもらっていたもんな。でも、断り切れないときもあるんじゃあないのかい?」


「いや、もうホント、全部断っているよ。だから最近は、そんなに誘われなくなってきた」


「へえ。それじゃあ、相原あいはらたちもホッとしてるだろう?」


 遊び歩いていたころは、相原や古市ふるいち大野おおのたちに散々たしなめられた。

 言われていることはわかっていたのに、麻乃を諦めようとする気持ちが強すぎて、聞き入れることができないでいた。


 そのせいで、一時期は隊員たちとのあいだに、変な隔たりができていたこともある。

 連携がうまく取れなかったり、亡くしてしまったり、怪我で引退していく隊員たちもいた。


「どうかなぁ……みんな呆れていたからな……」


「そうかい? 工藤くどうなんかすごく心配していたけどな」


 鴇汰の五番部隊にいる工藤は、鴇汰や穂高と同じ道場で、同じ歳だ。

 だから鴇汰の思いも知っていて、何度もあれこれ言われていた。


『そんなふうに遊んでいたって、ほかの子に目を向けることも出来ないし、藤川隊長を諦めることもできませんよ』


 工藤の言葉が蘇ってくる。

 本当にその通りだった。


「結局、ただ遊んで変な評判がついただけだったけど、これからは、ちゃんとするよ」


「麻乃のこともさ、焦らないでゆっくり距離を縮めていけば、いいんじゃあないかな?」


「そうする。落ち着いて話をするようになってから、なんとなくわかってきたことも多いんだよ」


 麻乃はあまり話をするのが得意じゃあないようだ。

 たぶん、考えていることはたくさんあるのに、うまく言葉にできないんだと思う。

 だから、突然、黙ることが多い。


 焦らせるとイライラするのか、不機嫌になっていくし、余計に黙る。

 だから最近は、話しが途切れたら、そのまま黙って待つようにした。


 しばらく考えても答えが出ないらしいときには、麻乃は「ごめん、今度でもいい?」と聞いてくる。

 それはそれで、また話すきっかけになると思えば、どうということもなかった。


「へぇ……俺はそういうところ、全然気づかなかったな」


「俺も気づいたのは最近だぜ? それまでは、なんで黙るんだと思ってイラついたりしたけどな」


「……鴇汰は麻乃にキツすぎるんだよ。修治さんとのことがあるからって、八つ当たりしすぎだ」


「それもわかっているよ。自分でも言いすぎたと何度も思ったし……」


 ただ、麻乃にはいつも感情が揺さぶられる。

 いいことも、悪いことも、全部が。

 ほかの誰かと話すときには冷静に聞けることも、麻乃の言葉には舞い上がったり落ち込んだり、とにかく自分の気持ちが定まらなくて忙しい。


 そして、それは今まで、悪いほうに強く振れていた。

 あとになって必ず後悔するのがわかっているのに、口をついて出てくるのは、麻乃を責めるような言葉ばかりだ。


「今から気をつけたところで、もう嫌われている可能性もあるけど、これからは気をつけるつもりでいるよ」


「さすがに嫌われてはいないだろうけど、まあ、あまり意地の悪いことは、しないほうがいいね」


 嫌われても仕方のないことをしておきながら、嫌われたくないと思う自分のわがままにも、いい加減、呆れる。

 なんでこうなるんだ、と考えるのは、終わりにしたい。


 そろそろ南浜へ行こうと、店を出たとたんに、あちこちから声がかかる。

 時には腕を絡み取られることもあるけれど、そんなときでも「悪いけど、もう遊ぶつもりはないから」と断った。

 穂高と二人、大通りを歩きながら、ふと初雪がいた店の窓が目に入った。


 以前、あそこで初雪といるところを、麻乃に見られた。

 ちょうど、あのころ、麻乃にも遊び過ぎだと窘められたのを思い出す。

 確か、珍しく持ち回りで一緒になったときだった。

 あのあとから、麻乃の態度が少し変わったように感じたけれど……。


 軽蔑されたのか、嫌われたのか、それとも両方なのか。

 信頼も、なくしているかもしれない。

 どちらにしても、ちゃんと麻乃に向き合って、もっと自分を知ってもらうところから始めなければ。

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