第2話 成長

 退院して家に落ち着くと、柳堀やなぎぼりで親しくしている人たちが、お祝いを持って駆けつけてくれた。

 修治が産まれたときもそうだったけれど、柳堀の人たちは、こういったお祝いごとが好きらしい。

 隆紀の幼なじみの熊吉も、子どもが好みそうなおもちゃを持って麻乃を見にきた。


「やだぁ……顔は麻美? でもこの髪……これ絶対に隆紀じゃあないの」


「顔が私似で、なにが嫌なのよ。失礼しちゃうわね」


 熊吉がひっそり隆紀に思いを寄せていたのは知っていた。

 付き合い始めのころに、散々、意地悪をされたからだ。

 麻美のほうも、泉翔一といわれるほどの腕前を持っていながら、戦士にならなかった熊吉が目障りでたまらなかった。


 熊吉の腕前に焦がれて、そこに近づきたいと必死に鍛錬をして、いずれ同じ部隊ではなくても戦士として相対できれば、と思っていたのに。

 腕前で敵わず、センスや女らしさも男の熊吉に出遅れているらしいのも腹立たしい。

 唯一、勝てたのは料理の腕前だけだった。


 熊吉が柳堀で店を開くと隆紀に話していたときに、そのメニューにダメ出しをしまくってやった。

 怒り狂った熊吉と、メニュー開発を続けていくうちに、だんだんと麻美を認めてくれたようで、それからは仲良くしている。

 今ではいい人もできたようで、隆紀に対する気持ちも薄れたらしく、麻美は胸をなでおろした。


 一歳を迎える少し前に、麻乃は歩き始めた。

 同じ月齢の子たちに比べ、体が少し小さいけれど、成長速度は変わらないようだ。

 このぶんだと、麻美は思ったより早く復帰できるんじゃあないか?

 そう思った。


 ここしばらく、高田の率いる第四部隊は北と南の担当が続き、隆紀がなかなか帰ってこない。

 房枝や熊吉が入れ替わりで手伝いに来てくれるから大変ではないけれど、麻乃が父親を忘れてしまうんじゃあないかと心配になる。


「ちょっと麻美、麻乃がいないんだけど!」


 熊吉が慌てた様子で庭に駆けだしてきた。

 麻美は洗濯ものを干していたところで、ずっと外にいたけれど、麻乃が出ていったのはみていない。


「お昼の仕度をするのに、ちょっと目を離したの。気づいたらいなくて……」


「やだ……こっちにも来ていないよ……どうしよう……探さないと!」


「アタシは柳堀のほうをみてくるから、麻美はこのあたりを探してちょうだいヨ!」


 二手に分かれて探しに出た。

 房枝の家や近所のお宅にはいない。

 寛治の畑にも麻乃の姿はなかった。


 近くに川はないし、浜まではだいぶある。

 それでも、もしやと思って見にいった。


「やっぱりいないか……」


 不意にどこかの道場の子どもたちが打ち込みをしている掛け声が聞こえてきて、ハッとした。

 麻美は全力で走ると、小幡の道場へ駆けこんだ。


「――麻乃!」


 道場の稽古場で上座に座る小幡の膝の上にいた。

 平謝りで小幡の膝から抱き上げると、小幡は大きく笑った。


「修治についてきたようでな、大人しく見学しているからそのまま置いておいた。知らせずにすまなかったな」


「いいえ……こちらこそ目を離したせいで、お邪魔してしまって申し訳ありませんでした」


「構わん構わん。それよりこの子はいくつになったかね?」


「あ……先だって一歳になりました」


「ほう……」


 小幡の話しでは、麻乃は最初、小幡の隣に座っていたという。

 大人しく稽古を眺めていたのに、不意に立ちあがると、小幡の膝にやってきて腰をおろしたそうだ。


「その直後、この子の座っていたところに、弾かれた木刀が飛んできてな」


 きっと稽古の様子をみていて、自分の座る場所に木刀が飛んでくるのがわかったに違いない。

 これはきっと、とんでもない才能を持っているに違いない、そういった。


「そんな……まさか……」


「いやいや、こんな反応をする子をみたのは初めてだ。良ければこれから、見学だけでも通わせてみないか?」


 自分の娘が褒められて、嫌な気持ちになどなりようがない。

 本当に才能があるのなら、伸ばしてやるのも親の務めじゃあないか、とまで思ってしまった。

 麻美は思わず目をしばたいて、思いを振り払った。


「とりあえず、夫と相談をしてみます。お話しはそれからでも……」


「それはもちろん、良く話し合って決めてくれれば。通例どおり二歳を過ぎてからでも遅くはないんだから」


「ありがとうございます」


 麻美の困惑をよそに、麻乃のほうは無邪気に修治に手を振っている。

 麻乃を探しに出た熊吉に、見つかったことを報せるため、道場を出てそのまま柳堀へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る