第4話 キュンストレイキの立像 2-⑹


 布由の家を出た流介は、不思議な夢でも見たかのように覚束ない足取りで帰途を辿っていた。


 どこを歩いているのかも定かでないふわふわした気持ちが断ち切られたのは、谷地頭の何もない荒れ地を歩いていた時だった。突然、目の前に行く手を阻むようにひょろりとした影が現れ、「何か術でもかけられたのか?」とぶしつけな問いを投げかけてきたのだ。


「あっ……」


 流介は思いがけない人物の出現に、己を包んでいたもやもやが一気に吹き飛ぶのを感じた。


「君は確か、宗吉君を追い払った探偵だな?」


「ほう、僕を探偵と知っている君は?」


 男性は流介の牽制にひるむことなく、にやにやしながら逆に身を乗り出してきた。


「僕は匣館新聞の記者で飛田という物だ。友人の代わりに新地さんという家に薬を届けにいったのだ。君は以前、新地さんの家の前で友人を脅かしただろう。僕はその場面を見ていたのだ」


「ほう、そうかい。なら話は早い。僕はね、君がそのお宅を訪ねたのを見て危険から遠ざけてやろうと声をかけたのだ」


「危険?いったい何の話だい」


「知りたいか?知りたければ少々、時間を割いて貰うことになる。もちろん、君にとって無駄な時間にならないことは約束する」


「いいだろう。出来るだけ短く済ませてくれ。それと、まず君の身上を明らかにしたまえ」


「いいとも。僕の話を聞けば君もきっと、もっと聞かせろとせがむようになるに違いない」


 「探偵」は自信たっぷりに言うと「僕の名は斉木礼太郎さいきれいたろう。探偵というのは自称だが、探偵を名乗るのには理由がある」と続けた。


「どんな理由だ?」


「僕は今、ある事件を追っている。その真ん中にいる人物こそが、君が訪ねていった新地布由なのだ」


「布由さんが事件に関わっているだと?いったいどんな事件だ?そもそも君はなぜ、そんなことを知っているんだ?」


「僕はね、彼女をある犯罪の下手人だと睨んでいるんだよ」


「布由さんが犯罪者だって?」


「そうだ。詳しく知りたいかい?僕の家は谷地頭の方なんだが、話を聞いてくれるなら茶と菓子くらいは出そう」


「谷地頭なら『梁泉りょうせん』という店を知っているかい?」


「知っているとも。蕎麦の旨い名店だ」


「ではそこへ行こう。蕎麦でも食べながら話を聞こうじゃないか」


「いいのかい、店員が聞いたら目を丸くするような奇天烈な話が飛びだすかもしれないぜ」


「それなら大丈夫。『梁泉』の女将はどんな突飛な話であろうと決して驚かない。僕が保証する」


「ううむ……そこまで言うのなら行ってみるとするか」


 礼太郎は短く唸った後、即座に流介の提案に頷いた。



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