第3話 シニストレアの鏡像 4-⑹


「盗みの腕が上がるとともに、次第に私の稼ぎは佐吉を上回るようになりました。そんなある時、私は『栄光の手』と蝋燭が手元からなくなっていることに気づいたのです」


「それはあなたに嫉妬した師匠の佐吉が、こっそり盗んでいったと?」


「おそらくは。私があまりにうまく家の鍵を開けてしまうのを見て、佐吉はそれを『手』の魔力だと思ったのかもしれません。佐吉はほどなく、『栄光の手』と共に私の前から姿を消しました。私はそれをきっかけに盗みをやめ、十数年ほどして知人のつてでこの北の地にやってきたのです」


「そしてかつての仲間の名前を耳にした?」


「はい。正直、私は戸惑いました。しかし佐吉が今も『栄光の手』を持っているとわかった途端、胸の奥がどうしようもなくざわついたのです。佐吉は外国人である私が生き延びてこの地に流れてきたとは想像もしていないに違いない。私が面をつけ、幽霊を思わせる振る舞いをすればおとなしく面を渡すのではないか――そう思ったのです」


「しかし佐吉は、あなたを幽霊と思いこんだがゆえに今度は『栄光の手』の魔力で追い払おうと考えた」


「そうです。船魂神社の境内で佐吉は『栄光の手』に火を灯し、幽霊の動きを封じようとしました。しかし私は元より『手』の魔力など信じておらず、ただの御守りだと思っていました」


「幽霊に『手』の魔力が効かないことで、佐吉はうろたえたでしょうね」


「はい。私は魔力で動けなくなどということもなく、佐吉に「金はある。手を売ってくれ」と言いました。実際、治療院でこつこつとためたお金を持って行ったのです」


「しかしあなたに怯えた佐吉は石段から足を踏み外し、転落して亡くなってしまった」


「そうです。私は佐吉の財布にいくばくかの金を押し込むと、『手』を持ってその場から立ち去りました。これが騒動のすべてです」


 ロザリアは話を終えると、かつては自分の姿だった『面』に目を落とした。


「正直、僕にはあなたの過去をあれこれ論じることはできません。……ですが、現在に関してなら、多少言えることがあります」


「なんです?」


「夜が昼になって――つまり月が消えても、あなたはこの街で立派に生きているということです」


「では、警察には……」


「佐吉さんのことは事故だと思います。記事にもしません。謎が解けただけで充分です」


「ありがとうございます」


「この街に現れた『手をくれ面』はシニストレアという過去がたまたま鏡に映っただけ……それも月明りの下でしか見ることのできない過去の幻だったに違いありません」


 流介は事件の顛末から感じたことを口にすると「では、僕はこの辺でお暇させていただきます」と言って腰を上げた。


                 ※


 治療院を後にした流介は、二十間坂の方へと足を向けた。海の匂いを含んだ風に頬をなでられ振り向くと、空に大きな入道雲が立ち上っているのが見えた。


 ――これからは訳ありの人たちが、姿を隠さずとも堂々と生きてゆける世の中になるに違いない。


 流介は夏空に願をかけるように呟くと、強くなり始めた陽射しに目を細めた。


                〈了〉

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