第4話 裂け目

 昴300はほとんど音をたてることなく、走っていく。

 道路はあの大地震のせいでぐちゃぐちゃだ。

 もちろん補修工事などされるはずはない。

 この雪白市は見捨てられたのだから。

 倒壊したビルや落ちた看板などはそこらじゅうにある。

 世羅は器用にハンドルを操り、その瓦礫たちをかわしていく。

 ふふんっと世羅は鼻歌まじりで実に楽しそうだ。

 そういえば街中に次元の裂け目からあらわれたはずの魔物たちの姿が見えない。


「ふふんっ、それはわらわがいるからじゃ」

 運転中にもかかわらずまたあの自慢のポーズをとる。しかし、世羅はほろぼれするほど胸が大きいな。

 僕が感心していると世羅が補足説明してくれる。

「高レベルのわらわには低レベルの魔物はよってこぬのじゃ」 

 なるほど、強い動物には弱い動物が襲ってくることはないということか。

「まあ、そういうところじゃ。あっアニメショップもあるのう。帰りによっていかない」

 割れたアニメショップの看板を見て世羅は言った。

「世羅ってアニメとか好きなの?」

 僕は訊いてみた。あのホテルにはアニメのDVDやコミックにライトノベルが散乱していた。どう見ても世羅はオタクだ。

「それ聞いちゃう」

 にんまりと待ってましたとばかり世羅は鼻をふくらませる。

「こっち来てはまっちゃたのよね。なんせあっちで千年間ひとりでいたでしょう。娯楽にうえてたのよ。それでみつけたのよね、オタク文化っていうの。とくに三千院キララの復活劇にははまったわね。私も異世界転生してみたいわ」

 いやいや、あんた異世界からこっちにきたのだろう。

 それが異世界転生したいってどういう話だよ。

 もちろん、心の声を表にだすはずはない。

「キラふつ好きなんだ。たしかにあれは悪役令嬢物の中でも秀逸だよね」

 たしかにあのアニメは去年の覇権といっても過言ではなかった。

 はー続きがみたいな。

 大地震からこっち当たり前だが、アニメなんてまともに見ていない。

「ダーリンもあのアニメ見てたのね。悪役令嬢っていいわね。どうやって最悪の結末を回避するのか気になってしかたなくなるのよね」

 世羅はオタク特有の早口で語りだす。

 間違いない、世羅はオタクだ。それもけっこうなである。

「ダーリン、あのホテル帰ったらアニメ見よう」

 うれしそうに世羅は言った。

 そんなことを話していたら、目的地である裂け目についた。



 そこは巨大な、巨大すぎる裂け目であった。

 底がみえない。

 背筋が凍るほどその裂け目は深い。

 そしてその裂け目が封鎖されたこの雪白市の境界線であった。

 裂け目の幅はどれくらいだろう。

 これは目測だが百メートルはあるように思えた。

 この裂け目の向こうには普通の街がある。

 裂け目が文字通り地獄との境界線なのである。

「いつ見ても底が見えないのう」

 裂け目のぎりぎりに立ち、世羅はそこを覗く。

「世羅、危ないよ」

 僕は世羅の近くに歩み寄る。

 眼下にある裂け目の底はやはりまるで見えない。


 僕はたどりつけることができない裂け目の向こうの街を見る。

 あの向こう側の人たちは僕たちのことをどう見ているのか。

 さっぱり見当がつかないな。

 この裂け目があることによって異世界からやってきた魔物たちはこの向こう側にはいけない。

 あっでも待てよ。飛行系の魔物がいたはずだ。

 やつらはなぜこの裂け目を超えていかないのだろうか。


「その答えはこうじゃ」

 世羅は小石を拾うとピッチャーのように大きく振りかぶって、裂け目の向こうになげつけた。白いむっちりとした太ももが見えた。いい太ももだなと見とれていたら、小石は裂け目の上空でじゅわっと蒸発してしまった。

 石が蒸発するなんてあそこは何千度あるんだ。


「結界があるのじゃ。防御系の魔術はこっちの世界のやつらのほうが一枚うわてのようなのじゃ」

 豊かな胸の前で腕を組み、世羅は言った。

「まったく呼んでおいて閉じ込めるとはこっちのやつらはどういう了見なんじゃ」

 世羅はかなり意味深いことを言った。

 どういうことだ?

 世羅たちは召喚されたということなのか。


「いたずらしたからいらぬ奴がきたぞ」

 世羅は僕を抱き寄せる。

 やっぱり世羅の体は柔らかくて心地よい。

 僕はどさくさとばかりにこちらから抱きつく。

「ダーリン、離れたらだめだよ」

 世羅は上空を睨みつける。

 世羅の視線の先を僕も見る。


 空間がぐにゃぐにゃと歪み、何ものかが出現した。

 その人物は黒髪の女性だった。背が高くて、葬式用の着物を着ている。

 雪のような白い肌に切れ長の瞳に前髪が綺麗に切りそろえられているのが特徴的だ。

 生きた日本人形のイメージだ。


「久しぶりに侵入者が来たと思ったらボッチ姫か」

 その着物の女性は扇子を持っていた。それを広げて口元を隠す。


「もうボッチじゃないもん。わらわには彼氏ができたもん」

 世羅が僕を見る。


「ほう、現世にも物好きがいたものだな。吸血鬼に惚れるなどお主どうかしてるのか」

 扇子を閉じ、その着物の女性は僕を指す。

 たしかに恐ろしい吸血姫に告白して、行動をともにしているなんて自分でもどうかしていると思う。


「世羅、あの人は誰なんだい?」

 どうやら知り合いのようなので、訊いてみた。


「あのネクラ女はこの裂け目の守護者の一人で玉藻というよ」

 世羅は言った。

 玉藻ってたしか九尾の狐の名前がそれだったはずだ。

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