ムライ・ミライ ~未来に頼ることができないアナタへ~

トサカザムライ

第1話 天下一無職

乾いたミットの音としつこく耳に残る低く切れの良い音が、心に潜む背徳感を綺麗さっぱり洗い流してくれる。


「ぷはぁ~!平日の昼間から飲む酒と野球観戦さいこーう!!」


自己紹介するまでもないよな。

俺は無職だ。表向きは自営業を自称していたりもするが、もちろん自分名義の会社など持ってはいない。

しかし、暇なときにアフィリエイトブログや過疎配信などをしているため、個人事業主とみなしてもよいと個人的には思っている。


ちなみに今は、近所のグラウンドで行われている少年野球の全国大会予選を観戦中だ。


自慢じゃないが、俺はここの地域のチームにはちょいと詳しくてな、毎週欠かさず若武者たちの成長ぶりを見守っているのだ。その功績が認められ、かつてはバックネット裏からの観戦だったが、最近はポリスメンのコスプレをした万年ハロウィンおじさん達に外野のVIP席まで案内してもらっている。

若武者たちの荒々しくも初々しい姿を近くで拝めないのは残念だが、やはり野球は外野から見るに限るというものだ。


野球観戦が終わると、日課の健康診断のため、俺は近くの病院へと向かった。


受付を済ませ、座して待つ。すると後ろから、聞きなれた声が。

振り返ると馴染の菊池(きくち)のばあさんが居た。笑顔で会釈と挨拶を交わす。一流無職の俺は、他者とのコミュニケーションも欠かさない。一説によれば、企業への就職に最も必要な要素がコミュニケーション力というではないか。

我々人族が集団の中で生存する以上、他者との関わり合いを完全に断つことは不可能であるという事なのだろう。もちろんそれは私のような無職も例外ではない。


モニター上に番号が表示され、私は日課の健康診断を済ませに向かう。

111番。なんとも縁起の良い番号だ。


日課を済ませた俺が向かう先はコンビニだった。

そこで107円のスティックパンを購入し、病棟の脇にある草地へと赴く。


「さぁて、今日もいるかなぁ?」


背中を丸め、息をひそめているとガサガサと目の前の草から音がした。そしてひょっこりと子猫が顔を出す。

愛嬌のある姿に思わず頬が緩む。俺はすかさず先ほど購入したばかりのパンと、自販機で買った水を懐にしまっていた灰皿に入れて猫の前に出した。


目の前で美味しそうに頬張る子猫を撫でる。まさに至福の時。


「あれ?コタロウ?」


声がした方へ反射的に視線を向ける。

外とはいえ、病院の敷地内での野良猫への餌付けはさすがにまずかったかと、言い訳の言葉を捻りだそうとしたが、俺の視線の先には医者でも看護婦でも警備員でもなく、不安そうな表情でこちらを見つめるパジャマ姿の車いす少女がいた。

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