第22話 神龍様の使い



僕は、いきなり名を呼ぶ少女に唖然としてしまった。


フルアップされた黒髪と白いうなじのコントラストが眩しい。清廉せいれんな感じを漂わせる美少女だ。もちろん、僕の知り合いではない。絶対ない。


横でたたずむエルの気配が少し固く感じるのはなぜだろう……?


「え、えーっと、誰でしょう?」


「私は、神龍様の使いです」


神龍……?


え、神龍って、この島の由来となった神龍のこと?


戸惑う僕に少女が「神龍様が、ミナト様をお呼びです。一緒にきていただけますか?」と告げる。そして、返事を待たずに後ろを向いて歩きだした。


どうしよう、と横にいたエルを見ると、じっと少女を見つめていた。そして、立ち上がり、小さな手で僕の手、いや指を握る。一緒に行こう、と言っているみたいだ……かわいい。


それでも動けない僕の頭の中に、ウィズの声が聞こえた。


『主様、行くと良いです』


気がつくと、少女が立ち止まり、振り返って僕をじっと見つめている。吸い込まれそうな視線が、少しこそばゆい。


……まあ、いいか。


僕は、エルの手をギュッと握り返し、そして歩きだした。



▼▽▼▽



穏やかな日差しが降り注ぐ中、少女が向かったのは島の中央。Zゾーンだ。


V~Yゾーンまでは、転移しながら全域をマッピングしていた。でも、Zゾーンは別だった。もちろん、他のゾーンから視界に入るZゾーンの範囲内は、マッピングできたけれど……Zゾーン内の赤い点の強さを確認してから僕は、足を踏み入れることを諦めている。


昨日倒したBランクの魔物、ジャビーチのステータスレベルは83。ステータスは10違うと強さが全く別物になる。倍になればどうなることか……絶対無理だな。


もちろん、Zゾーンに入って逃げるだけなら可能だったかもしれない。でも、その行為は、僕が考える安全係数マージンを越えている。遠く離れた場所から、いきなりブレスを放たれたら……空には、目を合わせてはいけない生き物も飛んでいたし。赤色や青色、いろんな色のドラゴンがたくさんだ。


Zゾーンからは、なぜか出ようとしていないドラゴンたちだけれど、近づいてお友達になることなどできるはずもない。


どうやら少女は、そんな「恐怖のゾーン」に僕を連れて行こうとしているみたいだ。


そうだ、少女を鑑定してみよう……Zゾーンで暮らせる存在って、どれくらいの強さなのかな?


こっそり、心の中で呟く。


『鑑定』


種族:********

名前:***

LV:$,$$$,$$$



……………


……………


……文字化け?


文字化けって、まずいよね。たぶん。しかも、ステータスの一部しか表示されていないし……


……それに、レベルの桁数が7桁って、あり得るの?……


……見なかったことにしておこう……



「エッチ……」



うわ!!!!


前を歩いていたはずの少女が、いつの間にか僕の横に並んでいる。


うつむき頬を赤らめる美少女の横目の視線に、思いっきり血の気が引いた。


「黙って鑑定するのはマナー違反ですよ。気をつけてくださいね」


やばい、やばい、やばい。


これは……口調はやさしいが、視線は間違いなく僕を測っている。表情に騙されてはいけない。


そういえば、自分とステータスの桁が違う相手に、鑑定を使うと気付かれるんだった……


「す、すいません!」


腰を90度に曲げて謝罪する。


あ、土下座の方が良かったかも……


「ふふふ……」


顔を上げると、再び少女は前を歩いていた。


柔らかな笑い声だが、僕は、顔をひきつらせるしかなかった。


「ちゅう……」


エルが、僕を慰めてくれる。ありがとう。


鑑定して分かったけれど、少女の魔力の前では、MPが30億ある今の僕の魔力でも赤子に過ぎないことが実感できた。数値は見えなくても、雰囲気だけでレベルの違いが分かる。彼女は、人が触れてはいけない領域に存在している。


僕は、もう一歩後ろからついていくことにした。エルを見ると、少し不安な表情をしている。


うん、余計なことはしない。絶対ダメ。


自分に、強く強く言い聞かせる。



▼▽▼▽



Zゾーンの境界線を越えた。


もちろん何か線引きされているわけではない。でも、結界のようなものが、張られているのだと思う。そこを越える際、他のゾーンでは感じないものが肌に触れた。


空を見上げると、2匹のドラゴンが飛んでいるのが見える。立ちあがったトカゲに羽が生えたような形態で、西洋のドラゴンのイメージ。赤色と青色なので、火と水の属性かな。たぶんだけれど。


あれ?……うーん


どうしても気になったので、僕は、勇気を振り絞って、少女に話しかけることにした。


そういえば?ドラゴンを数えるのは、匹でよかったっけ?


まあ、いいか。


「すいません、上を飛んでいるあの2ひ……いや2つのドラゴンさんのことなんですが……」


少女がこちらを向く。


「はい?なんでしょう」


「こちらを睨んでいるように見えるのですが、大丈夫でしょうか?襲ってきませんかね?」


少女がにこりと笑った。


「大丈夫です。ここには、私にちょっかいを出そうとするおバカさんはいませんので」


お、おバカさん……ドラゴンがおバカさん……なら、少女を鑑定した僕は大馬鹿さんになるの!?


呆然とする僕に、少女が話しかけてくる。


「それより、ミナト様は、マッピングできるスキルを持っておられましたよね?」


「は、はい」


スキルがばれてる。それもそうか。間違いなく鑑定――いや、これだけのステータスを持つ存在だから、上位スキルの森羅万象は持っているはず。


「せっかくなので、このあたりをマッピングしておくと良いと思いますよ」


しまった。ちょっと衝撃的なことが続いたので忘れてた。


「わ、分かりました。そうさせてもらいます」


早速、MAPの技能をアクティブにして、マッピングを始める。


……うわ!


マッピングできた範囲に、数十の赤い点が点いた。いずれも赤い点は強く輝いている。やばい相手がたくさんいる、ということだ。少女を恐れてなのか近づく気配はないけれど……


一応、いくつか鑑定してみよう。まず、すぐ近くの赤い点だ。


『鑑定』


種族:キラーワーム(魔物)

名前:-

LV:188

HP(体力):282,000

MP(魔力):94,000

魔法力:A

攻撃力:S

精神力:B

防御力:B

素早さ:D

運:D


スキル:粘液(LV19)、土魔法(LV20)、溶解(LV 15)



ふふふ……昨日から乾いた笑いしか出てこない。間違いなく、Sランクの魔物だな。スキルレベルがあまり高くないのは、若い個体なのかな……


あの空を飛んでいる赤いドラゴンはどうだろう?


『鑑定』


種族:火竜(魔物)

名前:-

LV:211

HP(体力):422,000

MP(魔力):316,000

魔法力:S

攻撃力:SS

精神力:S

防御力:S

素早さ:S

運:A


スキル:ブレス(LV25:連続)、飛翔(LV21:高速)、清掃(LV22)、解体(LV15)



ああ、これがおバカさんドラゴンのステータスね。


……うん、絶対に近づいちゃダメだな。


でも、「清掃」や「解体」の生活スキルも持っているのか……しかも「清掃」のレベル高いし。絶対、毎日、巣の掃除しているな。ほんの少しだけ、ドラゴンを見る目が温かくなったように思う。


あと、ドラゴン族ではなく魔物か……確か、ドラゴン族という種族があったはず、さらに強い別物がいるのかもしれない……


山に近づくと、山肌には初めてみる魔物の姿があった。


MAPで確認すれば、もちろん強い赤点だ。僕らが近づくと、一定の距離で去っていく。


猛獣型、虫型、説明できない型、いろいろな魔物たちの姿を見ながら、山を這うように昇る細道を歩いていく。


御使いの少女とは歩きながら、ポツリポツリと会話をした。なぜ攻撃系のスキルを持っていないのかと聞かれ、安全係数マージンをしっかりとって危険な時は逃げれるようなスキルにした、という話をしたり、このあたりの魔物の解説を聞いたりした。


でも、会話を続けたのはふもとまで。山を登り始めてからは、会話もなく、ただ歩き続けた。見える範囲であれば転移することができるから提案してみよう、と一瞬考えたけれど……余計なことはしない方がよさそうに思えた。


なので、僕は黙って少女の後ろを歩いている。


神殿を出てもう半日以上は歩いた……太陽はすでに天頂を越えている。ステータスが上がったおかげか、疲れは全く感じない。


五合目あたりまでくると、島が一望できた。


森の緑と海の青、そして水平線に見える雷雲海の黒が織り成すコントラストは、まるで一つの絵画のようだ。隣のエルも興味深そうに景色を眺めている。


そして、日が西に傾き始めた頃、僕らはようやく開けた台地に到着した。正面に見えるのは小さなほこらだ。祠は背の低い木々が屋根のように覆っている。そして、辺りは空気が違った。神聖な気配が漂っていた。


祠の前に立つと、少女が一歩横にずれ、こちらを向いて告げる。


「神龍様です」


そして、祠の前に黒い霧が現われた。


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