06 監禁
「申し訳ございませんが、シルフィール様。婚礼の儀までおとなしくしていていただけますか……?」
シルフィールは呆気なく捕まった。
まあそんなにうまく行くわけがないことぐらい頭では理解していた。
此処で逃げられるような幸運の持ち主であれば、そもそもイヴェル一家の重要機密についての相談事の立ち聞きを咎められなかったし、ヴェリテ城で「怪物公爵」の花嫁にはなっていないのだ。
カトルに部屋まで送り届けられ、外側から鍵を掛けられた。がしゃん、という無情な音が静かな部屋の中に響く。
扉越しのくぐもった声でカトルが言った。
『……シルフィール様。あの、申し訳ございません……当然、この件は事前にお伝えしておくべきことではあったのですが、その』
「カトルさ……カトルは何も悪くないです」
悪いのはただひたすらに己の運である。
そもそも地下港まで逃げられたとして、舟を見つけられるか、イヴェル領の岸辺までシルフィール独力で漕いで行けるかも定かではなかった。
時分は賭けに負けたというだけ――落ち込みはするけれど、仕方のないことだ。
『ですが婚礼の儀で、死ぬと決まったわけではありません』
カトルは慰めの言葉を口にした。どうか、希望を捨てないで、と。
『ルイ様は目覚めたばかりで飢餓感が強いのは確かです。お食事も召し上がっていられましたが、あの方が真の意味で養分とすることが出来るのは【蕾姫】となる女性の生気、血液のみ――加減が効かない可能性は、確かにあります』
その結果、シルフィールが落命することがある、とカトルは認めた。嘘やごまかしをされるよりは、かえって気楽になった。
『ですが、ルイ様はあなたを……傷つけたいわけではないのです。逃げたくなる気持ちもよくわかります。ですが、どうか【蕾姫】――ルイ様を受け容れて差し上げてください』
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カトルが去った後、シルフィールはぼんやり考えていた。
彼と、アンは薔薇の一族――ローズレイ家の眷属である。そしてローズレイ家の者は公爵であるアルテュール・ローズレイとルイ・ローズレイ、この二人だけ。
そしてその仲間入りするのが、シルフィール・イヴェル……つまりは自分である、と。現実感がいまだにないがそうなのだろう。自分はルイの餌となり血肉となり、物言わぬ死体になる――のかもしれないし、ほどほどに加減をしてくれて一命をとりとめるのかもしれない。
ただいずれの結果であろうと、ローズレイ公爵は構わないと考えているのは明らかだった。愛する息子であるルイを満たす存在であるか、この婚礼の儀を経ることによってその選別をしているのだろう。
もし。
もし仮に、シルフィール・イヴェルが死んでしまったとしたら、今度こそシルヴィアを差し出せ、とローズレイ公爵はセゾニア王国に要求するのだろうか。
「……それは、なんか嫌だな」
シルヴィアが泣きわめきながら、この城で過ごす様を想像し――また、ルイに「殺さないで」と縋りつく様を想像すると頭痛がしてきた。社交界では面食いで有名なシルヴィアだから彼の美貌の虜になる可能性は捨てきれないけれど。
ぽす、とやわらかな羽根を詰め込んだ枕に顔を突っ伏して、シルフィールは息を吐いた。
なんだか頭が重い。
気付かないうちに眠ってしまい、時間が経っていたらしい。
がしゃん、と錠が開く音で目が醒めた。入って来たのはアンだった。申し訳なさそうな表情のまま口元に微笑みを浮かべていた。
「【蕾姫】様――お召し替えを。これより婚礼の儀を執り行います」
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