シャトーヴェリテの蕾姫✦身代わり令嬢は百年公子の寝顔を見守る

鳴瀬憂

第一部 Gather ye rose-buds while ye may

プロローグ

 一艘の小舟が夜の海に漕ぎ出していく。


 黒雲こそ立ち込めてはいないが、月はなく薄暗い。

 舟に乗っていた少女は闇と同化した水面に手を伸ばし、戯れに指先を濡らした。舳先に据え付けられたカンテラの青い光ではわかりづらいが、少女は婚礼衣装を身にまとっているのだった。


 ただ婚礼衣装とはいえ、当世の流行の純白のウェディングドレスとは大いに異なっている。何故ならドレスはもちろんのこと手袋やヴェール、靴に至るまで純白ではなく、漆黒。

 まるで喪服のようだと彼女の義母であるイヴェル侯爵夫人は嘲るように言っていた。そんなことをぼんやりと思い出しながら――胸に重たい秘密をひっそりと抱えたまま、少女は嫁入りすることになる。

 

 誰もが恐れる「怪物公爵」のもとへと。


 一方で、寡黙な水先案内人は気にしたようすもなく、手にした櫂で鮮やかに水を切る。

 揺りかごのように穏やかな水の腕に抱かれながら、少女は想い馳せていた。

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