メンバー・オブ・パーラメント(輝ける女性達)
しおとれもん
第1話 慚愧の念!ケジメを着ける今ならば
ーオブパーラメント・輝ける女性達」
「パーラメント」
第1章 「グッバイ!バリーガール」
令和2年クリスマス。
ガンメタリックのアルファロメオがスムーズに後方駐車をする。粉雪がチラついていた。
あれは43年前、あのときと同じ鈴蘭の丘パーキングで。
鈴蘭の丘にも粉雪がちらついていたかもな? 忘れた・・・。
ドゥルン! スピードスターのエンジンを切りグローブを脱いだ。
赤いマッキントッシュの中からスタンウェルの青パッケージを取り、肺が飽和になる程の煙を吸い一秒だけ息を止めた。
フゥーッ!と肺胞の白い煙を吐いたらラジオから女性大臣誕生のニュース速報が・・・、 令和初総理指名の無党派女性大臣のプロフィールが元暴走族レディースの総長だった事が問題で、ましてや彼女の佇まいが県立鈴蘭医科大北医療センターの看護師出身という経歴の持ち主だった事から勅使下向(ちょくしげこう)政権の衆議院議会は俄かに沸き立ち全国を駆け巡るトップニュースとして、何度も何度もニュース速報が流れていた。
「もう、インフルエンサーか・・・。」と、呟きラジオに耳を傾ける。
「半グレの政治家国交相誕生!」それを聴き何故かニヤリと口角を拡げて微笑み続け、二回頷くとともに二拍手をした。
腰までの黒髪をスパッと切ったショートボブの裾を掻き揚げる。
「女性総活躍時代じゃないか、やるねえサキ。」ハッ、としてスマホを取り出す。
「アイルビーバック、フロームナウ。」
ギュルルンドッド、ドドッ!
駐日イギリス大使の夫の元へすぐ帰ると言い、「今年の走り納めだ、ロッコウ!」 バォンボォー! フィリップ・イケナガナオミ所有のスピードスターが滑る様に闇に消えて行った。
1978年12月クリスマスイヴの夜。
「ケン、ケンの妻になりたかった・・・。」疼く腹を押さえ嗚咽の口を開けるまいとして抗うが、それでもユルユルとリップが歪み歪んだ口をただただ、憚らず泣いていた。
迸る嗚咽に溺れていた。
子供のように、叫ぶように・・・。嗚咽が零れる。
止め処なく溢れ来る涙にキッパリと過去を断ち切る孤独の少女が寒空の下、冷気に抱かれていた。冷徹なアスファルトが痩せた背中を凍らせる。
上空のギャラクシーが凍って、消し忘れたダウンライトのような満月が、ハッきりと三咲を見詰めていた。
その2時間前・・・。
等間隔に並ぶ墓石には過去の生き様を反映させた威厳がある。
チラチラと粉雪がちらつく真夜中の鵯越墓園のパーキングの隣地に鈴蘭の丘パーキングがあった。
白地に赤の旭日旗を背負った赤いライダースーツの一人を中心に丸く円を描いた戦闘服十七名が跨った中型バイク十七台が威嚇する。
バォン!ブォンブォンブォンブォン! 素早いハーフスロットルで指を離して元に戻しアクセルをムダに回した中型バイク十七台の空吹かしの下品なエンジン音と、鈴蘭の丘パーキングに停めた青いナナハン一台に跨り静観している者は、腕組みをしていた。
誰も居ない右隣の同じナナハンのアイドリング音をベースにリズムを取りスポットライトの様な十七個のヘッドライトで賑わっていた。ロンドを形成していた。
鈴蘭の丘は一里山の北斜面を開発した切り土、盛り土の成果で出来た墓地と丘陵を利用した草原の台地を若者受けする高台が、初日の出暴走を敢行する格好の暴走族の聖地となっていた。
全員フルフェイスを脱いでいた。
17名の中には、角刈りの長い前髪をジェルで角の様に固めて、ササクレ立った心模様を表しているような者や、全てを諦めたかのように丸坊主の後、カミソリでツルツルに剃ったスキンヘッドがその中に居た。
眼がギラギラと光り耀いていた。コヨーテのように・・・。
まるで死闘を果たして負けた方の喉元にとどめを刺し血肉を貪る獣の様だった・・・。
ほとんどが、マフラーをカットしたKABAYAKI FX400CCだった。
立ち枯れたどんぐりの木に瀕死の枯れ葉がしがみつき、それを落とさんばかりにカラカラと渇いた風が吹いていた。
「今からレディース紅生姜(べにしょうが)を解散する!」総長の宣言で中型バイクに股がった総勢が愕然として174㎝あるショートボーイッシュの庄屋三崎(しょうやみさき)総長を見詰める360度の輪の中心に向かった円形の視線に刺された直美はグルリと部下を見回し、「そう言う事で皆に集まってもらった。じゃ、気いつけて帰れよ?」
「待ってくれサキ総長!」
三咲が背中を向けた時、一台の大型バイクから降りた池永奈緒美(いけながなおみ)が問い質し、威嚇する中型バイクを縫うように三咲に近付きロンドを描いて見守る少女達の方へ大声で内部告発をした。
左胸のユニオンジャックが膨らみ煌めいていた。
三咲よりも長身の奈緒美が三咲を見下ろして華奢に見える三咲を睨みながら、「おいみんな、重大な報告だ!」全員に聴こえるように視線を外さず大声で拡声していた。
左胸のユニオンジャックが踊る!
「こいつ男が出来たらしいぜ?」
「ナニー? やんのかコラ!」間髪入れずメンバーが反応した!
ヒュー!ヒュー!ブォン! パラリラパラリラ! クラクションと指笛やヤジが二人を挑発していた。
奇声やカラ吹かしが斜めに横に跳んで行く!
バイクのアイドリング音より大きい怒号が鈴蘭の丘と鵯越墓園に鳴り響いていた。
「なんだ、マジかよ!」冷静に思考を凝らし、ガッカリした声が多かった。
「オトコに焼き入れろよ!」憎しみを込めた睨みの視線が三咲に刺さる。 愛するケンを守る! ソウルが燃えていた!
「タイマンだぞサキ!」ケンカの女帝、庄屋(しょうやみさき)が構えた! 両耳のタブが露出して右に左に蝶の様に暗闇に踊っていた。
「来いやサキ!」バン!
三咲が防御する前に池永奈緒美の右回し蹴りの痛烈なトゥーキックが三咲の左腰上の横腹にめり込んで腰まである黒いストレートが翻っていた。
「グアッ!」ガクリと左膝を突いた!
400CCの中型バイクから降りたコヨーテ十七人が一斉に庄屋三咲に飛び掛かった!
「止めとけ!お前らが敵う相手じゃない!」即座にピタリと停まった。シューー、鈴蘭の丘の車道から往来する騒音が上がってきた。
「今からアタシが紅生姜の総長だ!」白い息が立っては消え真逆のラニーニャ現象に一発で沈められた三咲が仰向けにダウンしていた。
「六甲回って帰るぞ!」星降る墓石が立ち並ぶ。静かだった。
「ヤーッ!」ソプラノが吠えた!従順な兵士達が新総長に従う。
バゥン!
バンバンバンバン!ドドー! 弾道ミサイルが一列になり巡行している様だった。
一撃で庄屋三咲を沈めた池永奈緒美に屈服し、追随していた。
鵯越墓園の闇に抱かれた三咲の涙は止めどなく・・・、溢れ流れていた。
北風に吹かれた三咲の耳は冷え固まり指で触っても分からないくらいに冷え、痺れていた。
「ケン、思い切り好きだ!ライクじゃあ無い、妻になりたいよ・・・。でも、ダメなのよ、バイバイ・・・。」意識が遠のく庄屋三咲、十七歳の年の瀬だった・・・。
粉雪から灰雪になり、やがては粒の大きい綿雪となり、音も無くしんしんと降り積もる。時々、ふわっと北風に浮き上がったかと思うとストンと堕ちる。直美の身体に寄り添った・・・。
ビュルルー、からっ風が三咲の涙と呟きを拐って行った。
仰向けに倒れた赤い革のライダースーツにはクッキリふっくらと、胸の膨らみの丘が外灯に晒され光と陰のコントラストを形成していた。
北風が三咲の腹を舐めた刹那、いきなり下腹を押さえ「いってエー!ウグッ!」悶絶する三咲は溜まらず尻ポケットからポケベルを取り出し、0848451(オヤジハヨコイ)と助人を呼んだ。
パン、パパパパン! 「メリークリスマス!」
イブの夜にケンの自宅リビングで一人浮かぬ面持ちを浮かべて、タータンチェックのような刺繍らしい毛糸のマフラーを手に持ち、見詰める様にぼやけた視線を向ける北条ケンは、「サキ・・・。」
ハアー、とリビングのフロアーにへたり込んでおにぎりの様に膝を曲げ抱えて座り、正三角形を形成していた。
ラジカセから流れる(チャンピォン)のBGMに漂うケンの青春時代は過渡期を迎えていた。
「カラアゲ好きぃー!・・・。」同級生の女子がはしゃぐ・・・。
何も知らない同級生がケンの家族と共にはしゃいでいたが、ケンはこれまでの時系列を振り返れずには居られなかった。
出会いは軽音楽部の朝練が終わった夢の町商業高校(ゆめのまちしょうぎょうこうこう)2年5組の学級編成のあった翌朝の教室だった。
長身の庄屋三咲は登校が早く、至近距離でマジマジと正面から拝ませて貰った・・・。
実は勉強が出来るが、悪ぶったスケ番がタイプ!
一目惚れだった。口を半分開けフォークギターを抱えて見惚れていた。
この翌朝からケンは、朝イチで登校し、5組の教室で三咲を待ち伏せすると、偶然を装って「あ、オハヨウ、庄屋さん。」
殆どストーカー紛いのケンだった。
「チイース、…はよ・・・。」ドン!と、ピーナッツバッグを机に放り投げ椅子にドカッと腰を降ろす。
「で、誰?」見た事のないオ・マ・エと言っているようだった。
「ケンだよ、北条ケン(ほうじょうけん)!」椅子の背凭れを持ち乗馬の様な座り方で直美の気を引く。抜けるような青空、放射冷却現象の寒い朝だった。
「へぇー、ほうじょうマサコ?・・・センコーのところに朝刊あるから取ってこいや!?」明け透けな直美の欠点は胡麻すりが出来なかった事だ。
「ハイッ!イキマス。」こんなやり取りが早朝の始業前に行われていたが、ケンはケンで十分幸せだった。
思い出と忘却の狭間を去来していた。
ケンは何故フラれてしまったのか分からなかったからだ。
「普通のケンが好きだよ?」東山と湊川の間にある大きな公園で自転車の二人乗りをしていたケンは、「エッ?なんか言った?」バコン!「二回も言わせるなボケ。」素の三咲は手強かった・・・。
「イッテエ?。」と言いながら荷台の三咲の胸の膨らみと熱い鼓動のノーブラのトキメキを背中で感じ取り、三咲の体温と果てしない感触だけが、ケンの今生きている刹那の証だった。
ケンと三咲のパルピテーションの中の熱いシンパシーが育ち始めていた。
それは永く続く筈だったが、公園での自転車二人乗りを境に池永奈緒美からの二人の支持率は急落・・・。
「なんで、サキがブサオと遊んでいる訳だ?」
「サキのチーム愛とブサオへの愛が拮抗しているかもだよ。」
「示しが着かん!別れろ。断交だ!」とでも言われたのか、三咲の考えは卑屈になって行った。
「アタシと付き合えばケンに迷惑が掛かる。レディースを脱退若しくは解散させよう・・・。」窮地に追い込まれていた。
池永奈緒美(いけながなおみ)はUSAのジェニファーロペス張りの高身長に切れ長の両脚、離れた眉根とキリッと締まった長い眉毛が広い富士額の演出をしていた。
そして、鋭利な下顎の顔立ちが輪郭が鮮明に存在感を際立たせていて、腰までの黒光りするロングストレートは遠目に見ても判然と佇まいが視認出来るからバリカーの上に腰を降ろし、背中を丸めて存在を消してはしゃぎ回る二人を観察していた。
「ケンと別れて総長を引退して、紅生姜を解散させろよ?」座っても池永奈緒美はと三咲体格差があった。
座高を伸ばし、足を広げ両手を膝上に置き三咲を見下ろす格好になっていたが、三咲は核心を突かれるのをおそれているかの様に縮こまって俯き両手の指を組んで膝上に置いていた。
時々指を絡めたり、モジモジしたりして頬を赤らめ、口を動かし何かを言おうとして奈緒美を見たがその迫力に圧倒され少女の様に肩を竦めすぐさま俯いた。
こんな不祥事にはキッチリとケジメを着けさせる。
例え配下チームの総長であっても! これが池永奈緒美流の政策だった。
テコンドー2段は、三咲を遥かに凌ぐイージスアショアの様な戦闘力の持ち主で、庄屋三咲が弾道ミサイルならば、迎撃100%のトマホークの対決は大人と子供の戯れに過ぎず三咲は池永奈緒美の足下に及ばない実力だったが、三咲の流した血と涙は、何故別れなきゃならん?愛していたのにラブだよラブ!・・・、それに何故歯が立たない?
チームからのリンチを抑制の為の一芝居だったが、今度だけは痛み分けに持ち込みたかったダケに、大勢の部下の前に一撃で倒されては、紅生姜の総長としての威厳がなくなるじゃないか!?いや、もはや総長は引退したが・・・。
ケンと別れたくはなかったし卒業まで続いて欲しかった。
手編みの白いセーターをアタシだと思って着てくれているかな?
例えレディースの総長であっても乙女心を持ち合わせていた。
フッ! 笑いが独りで出た。
「あー、もうッ! やめヤメ!」
布団を頭から被る。
しかし、ケンの笑顔や間抜けな表情が浮かんでは消え消えては浮かび、諦めたか頭を出して東すずらん総合病院の個室ベッドに仰向けに寝た。
テンカセから暖かい空気が流れ出ている。
スルスルと、音もなく病室の片引きドアが開いた。
全ての病室のドアは片引き戸だ。
「ドラマチックだね、イブの夜に盲腸炎だなんて。」
「お父さんに連絡付いたからお正月にはメデタく退院できますよ、庄屋三咲さん?」
ニコニコとした面持ちの丸い銀縁の眼鏡をかけた丸顔な頭ツルツルの小太りが白衣を着た主治医が低身長の男で後ろ手を組んで立っていた。腹は出ていたが、愛嬌があった。
そして主治医の背後からベテラン風の看護師がバイタル測定の器具を乗せたカートを押して佇んでいた。
「テレビつけてくれセンコー?」ティーンエイジャーなのに偉そうだった。
「は?」ニコニコ顔が消え言われている意味さえ判りかねる。
そういった表情でを三咲見ていた。
「あ、ハイハイ、テレビね庄屋さん?」そう言った看護師の彼女は、三咲の顔を見ないでテレビリモコンのスイッチを手際よくオンにしていた。
「ニュース速報をお伝えします。日本のGDP(国内総生産)が中国に抜かれ世界第3位になりました。一位のアメリカGDPは19兆4854億ドル、二位の中国GDPは12兆146億ドル、そして三位に甘んじた日本のGDPは4兆9732億ドル。」うーんと、皆が皆、微妙な感心の仕方をしていた。
「これと連動したかにみえる政府与党では入管移民難民法改正法案を提出し、野党が牛歩で抵抗する中、強行採決を実行し可決されました。これに反発した全野党は・・・。」ミッドナイトニュース11という深夜の報道番組が、日本の行く末をリアルタイムで報道していた。
「何だ国内総生産って?」主治医に聞く。
「グロス・ドメスティック・プロダクトと言って日本国家内で生産された財やサービスのことですよ庄屋さん?」看護師が直ぐ様答えた。
「そうか政府の公共工事発注が減少したから支出が数%低下した訳だネ!?それに中国経済は日中国交正常化の後だったから素晴らしく原価と売り上げが顕著に乖離した訳だろうよ?しかも中国で採掘されるレアアースが、継続的にアメリカが輸入しているから経済は安定しているんだなあ。」フムフムと頷く主治医を見た。
「でも単純に人口を増やしたところで人種ミックスの日本は犯罪の巣窟になってしまわないかなあセンコー?」
「センコーじゃない天野医師だ、GDPには輸出は関係ない!」と言いつつも、良く勉強しているネ?と、三咲の博学に舌を巻いていた。
「だけど、中共のやることには皆そればかりを視て、ナーバスだけどな!?」
「秘かに外国々籍の人がやっている闇の事、分かっているのかセン?イヤ、天野先生。」うんうんと首を振ってから「いーや、知らん。」相変わらず後ろ手を組んでいて、天井を向き吸音ボードの孔を見ながら吐露していた。
「日本の国土を次々と買収して行くんだ!全部で500ヘクタールにも及ぶという訳だ!」
「しかも対馬は東アジア諸国の資本によってリゾート開発されているんだぞ!?」
「このまま行くと日本は外国資本に蝕まれてアンチガバナンス状態の国になっちまうんだ、よね天野センセー?」ええッ!両手を万歳した! お手上げ状態だった。
病院敷地内にある「林檎と蜂蜜」のカリー公園も人手に渡ろうとしていたからだった。
外国人が日本の水源地に当たる山奥の山林や宅地を買い漁っていることをニュースで理解していた三咲はそれを憂いレディース紅生姜の部下と共に市役所の市長室へ訪れて「外国人の日本国土買収を阻止してくれ!」と、直談判したが、「それは国土交通省の仕事だよ?貴女の決意が強いなら衆議院に立候補して国交相にでもなるんだな!」と、けんもほろろに追い返されていた。
この経緯を三咲から全て聴き、三咲の主治医は「そうなのかー、まあ政治家は利用できる物は何でも食らい付き用が無くなれば容赦なくポイッ!だからねえ。」半笑いで三咲をマジマジと観た。
「義理人情に熱い極道とエライ違いだよ?」
「庄屋さんも強者に媚びへつらう極道の政治家になっちゃいかんよ?」両手を白衣のポケットに突っ込み出て行く前に
「極道の政治家たち。」二歩歩いて止まった。
「ごくせい・・・。」
「なんつってねー。」一人でプププッ!と口に指を当てて両肩を揺らしながら地味な笑いを繰り返した後、病室を出て行った。
ベテラン看護師も無表情で主治医に従い病室を出て行った・・・。
政治家と言えば国交相か、「そうだ!痛ッ!」ガバッ!と跳ね起きたが、盲腸を切除した箇所から劇痛が走り、下腹を押さえてベッドに横たわってしまった。
「まだ激しい運動をしちゃいかん痛いぞ?」天野がドアから顔だけ覗かせ言い忘れていたがお大事にと言い、行ってしまった。
「先に言えや!センコー先生!」仰向けで静かに文句を言った。
「センコーじゃないドクターだ、また来る。」強い総理大臣になりなはれ? 意味深な言葉を投げ捨て、主治医と看護師が病室を出ていったと同時に取り出したスマホで三咲は電話をかけていた。
「ナオッチか?」池長奈緒美とは、親友だった・・・。
「辺野古を埋め立てるよりもいい考えがある!尖閣諸島の米軍基地化だ。中国とイランが近くなるからUSAは願ったり叶ったりだ!?」
「外国資本の青田買いを阻止する為に新たに規制を設けなきゃあ!」矢継ぎ早に早口でまくし立てた。
「イテテテ、蹴り過ぎだぞ。少しは手加減してよねオ・マ・エ?」左腰を押さえて歪めた顔で苦情を告げた。
「・・・、力が入っちまったとか言うケド、本気だったろ?」
「オイ切るな待て待てまてまて!」
「外国資本だ!」
「青田買いだ! 基地だよ?」
スー、と音もなくスライドドアが開く! パパ?「ウガッ!い、息デキねえ…。」
三咲の白く細い首を羽交い締めにしていた!
「テメエふざけんな!」
池永奈緒美見参!声を圧し殺して低音で凄む、両目はギラギラと耀いていた。
力を緩めると奈緒美の胸へグターっと、力なく凭れ「パパが、朝月新聞を反日だ! と嫌ってさ? ハアー、フワフワだな、オマエのオッパイ・・・。」三咲の額を指で弾き「ルせえ!」ビアンかよと言いながら三咲の頭を優しく両手を添えて寝かせた拍子にチュッと唇にフレンチキスをした。
黒く長いストレートを指で解かし、毛先を伸ばして「ユックリ寝ていろ、政治家みたいな話しは明日聴くよ?」微笑みを残してツカツカと廊下へ出ていった。ニーハイブーツがコツコツと音を立てていた。
奈緒美が来てくれた事が安心したかのようにスースーと軽い寝息を立て微笑みながら熟睡していく庄屋三咲だった。
窓の外には粉雪から大粒のボタン雪へと変わり、ホワイトクリスマスとなった朝・・・。
赤い帽子を被りサンタの白髭を付けて現れた池永奈緒美だったが、悲しいかな黒髪のストレートにはお似合いではなかった。
「サキが総理大臣かよ!?」眼球が飛び出さんばかりに驚いた池永奈緒美が三咲のベッドの傍らに佇んでいた。
「んで、アタシが暴走大臣か?」
「そんなもんあるかよ。防衛大臣だよ。アタシが総理になったらまず推薦はしないわな?」プッと吹き出しながら三咲の電話相手にリアクションしていた。
「ジョークさジョーク。」尻に両手を当てて弁解した。
「いやいや、主治医に薦められたんだナオッチ?」いつになく饒舌な直美を見詰めていた奈緒美に話し続ける。
「アタシは女だから誰にも何処からにも、マークされてない。」
「ツマリ、ササッと裏から手を回してササッと立候補してしまう訳だ!」
「女性総活躍時代だからな。」ベッドのフェンスに手を掛け、屈伸をしながらモノを言う・・・。
「緑のおばさんの都知事みたいに新党を作るんだろうが止めとけ、ロスチャイルド家がサキの敵になってサキの眼前に立ちはだかっても助けてやんないぞ?」屈伸を止めてベッドサイドに立ち腕組みしながら腰をベッドフェンスに預けた池永奈緒美が呟いたとき、ガバッ!と跳ね起き「痛て、ててて!」
「よく知っているな、ナオッチ?」三咲が奈緒美の顔を見上げた時、奈緒美の毛髪にキューティクルがツヤツヤと黒光りのストレートロングヘアーがガンメタ色に発光し、緑のオーラを形成していた。
スーパーなんとか人みたいだと、見詰めている三咲に、「勉強しろよなオマエ、常識ダゼ?」勉強アレルギーの三咲は政治・経済の書物を子守唄がわりにしていた。
「どうやって勉強するんだ?」端的に素朴な万人でも理解できる、よくある質問だったが、「じゃあな、また来る。」左手の肘折れで手を挙げて背中でアバヨと言っていた。
「雪が積もってるだろナオッチ?」病室の窓は北側の壁に採光を設けている。
気いつけて帰れ! と、いいかけたがもうニーハイブーツのヒール音を残して影も形もなかった・・・。スノータイヤだよー。と、歌う様に行ってしまった。
思えば一年半前、彼女とは敵対していたが腹心の友になるのも簡単だった。
天井を観ていたが三咲と奈緒美のレビューが映し出されていた・・・。
一年半前鈴蘭の丘、夏。
カーン! カーン!・・・
大型重機のパイルドライバーが鋼管杭を叩き地中深く打ち込んでいた。約20m深くに。
「オマエ、叩きのめしたるッ!」拳を前に構えて威嚇する三咲を物珍しそうに見詰め、「隙だらけだな。」奈緒美の直感だった。
戦闘モードでにじり寄る二人の背後では無音の中型バイクと、大型バイクが二人を静観していた。
「1分だ!」右人指し指をピン!と立て指を伸ばし風を読む・・・。
「ゴルファーかっ!?」
時折強烈に鋭利なナイフの様な西風が吹くときにだけ、笑みが溢れる。
「掛かって来いやチンピラ喧嘩屋!」ダッ、と三メートル先の池永奈緒美目掛け突っ込んだ!「オラッ!」三咲得意の右フック&肘打ちが外れた!それは長いリーチの池永奈緒美が三咲の頭をガシッと、鷲掴みに両手で挟み力づくで下に抑え込んで膝げりを何発も何発も三咲の顔面に容赦なく撃ち込んでいたからだ! ようやく手を離した奈緒美によって地面に叩きつけられた。
炎天下に蒸れた緑の匂いがした。
前歯が二本折れ、裂けた口内から夥しい血液が流れ出ていた。
三咲は微動だにしなかった。
いや、できなかった。
三咲の後頭部には、池永奈緒美のピンヒールが突き刺さっていたからだ!
グリグリと何時までも垂直に全体重を乗せられた三咲の後頭部は、皮が捲れ白い頭蓋が姿を現していた。
ヒールの動く度に後頭部から鮮血が噴出していた。
「ウーググ・・・。」力なく池永奈緒美の足首を掴んだ!そして両手を添えて上へ持ち上げ地面に食い込んだ顔面を浮かせて「負けました。」そして、堕ちた・・・。
何処か遠くからキリギリスの鳴く声が西風に乗って聴こえていた。
マサに一分だった。
「ヨッシャ!根性出したな。」右膝を突き三咲を仰向けに返し三咲の背中を優しく抱き上げ頭を右膝に乗せ、両手で顔を挟んで口許を見た刹那、「うまそうなブラッドじゃないか。」
ニヤリと笑みを浮かべ馬乗りになり、長い舌を伸ばして直美の口回りをしきりにペロペロと舐め回したかと思うと「いや、やめ!」止めろと言い掛けた三咲のリップを塞ぎ舌を入れた。
ヌメヌメと蛇の様に絡み付く池永奈緒美の舌を感じ、軈て眼を閉じた三咲の両頬が紅潮して行く。
ダラリと力なく両手は堕ちていた。
そしてリップを離し、「ごちそうさんアタシは池永奈緒美、アンタの名前は?」
「庄屋三咲・・・、です。」初めての敬語だった。
池永奈緒美に抱かれた膝上の三咲は「ドラキュラかよオマエ。」言った瞬間ハッ!とした顔で直ぐ様訂正をしたのは「あ、スイマセン奈緒美さん い、池永さ・・・。」敗者は勝者の下に就かなければならないレディース達のコンプライアンスがあったからだ。
「年齢は為だから無理しなくていいナオで、」優しい微笑みを直美にくれてやり、「三咲、今日からオマエが紅生姜の総長だ、アタシが副総長だからな。」
「日本の劣等生を改造する為だ!」こうして新生紅生姜は国内で大きな組織となり県下の小さなグループの隊長17人を従え総勢一万五千人を超える巨大組織に成り上がった。着実に議席を延ばしていた。
そしてプライベートな会話では度々鈴蘭の丘へ立ち寄る。
クリスマスイヴの日に盲腸炎で緊急入院し、一週間で退院した三咲は19歳になっていた。
晩夏。
メイン道路から一〇メートル高い鈴蘭の丘に居た池永奈緒美は、隣のバイク上の三咲に、
「暑いな、汗ベットリだよ。」ライダースーツのジッパーを臍上まで下ろし両手でパタパタと扇いだ。
裸の腰の括れが白くクッキリと見え隠れしていたそれを「ストイックなボディーよね・・・。」と、鑑の様な感想を持ち合わせていた。
ライダースーツの中の三咲はそうすべきか否か、躊躇していた。
ある意味池永奈緒美が羨ましかった。
普通に普通の行動をしている事が、見られているのに全く意に介さない。
破天荒ぶっていたけれど張子の虎・・・。
屏風の中から出られない虎・・・。
「裸の女王様だよ。」涼しげな眼差しを三咲にくれてやる。・・・。
口角が上がっていた。
「ガバナンス上等!」うんうんと頷き、三咲に言い聞かせる様に・・・。
「なあ、総長?」背筋を伸ばしフルフェイスを小脇に抱えた。
意識の旅から連れ戻された三咲は、「お・・・、」
「おう・・・。」
「でも、ナオッチがいるから・・・。」
言葉を溜めた三咲がうつろに言う。
「ナオッチが居るから締まっている?」眼がウロウロしてやがて建設中の単管を組んだ6階建ての新ホスピタルに眼が止まった。
「締まってると思うよ・・・。」ナナハンのエンジンを切った、ドルーン・・・。背中が西日に晒されてムンムンした空気が三咲を包んでいた。
赤い怪物が大人しくなり、代わりに一〇メートル下から車道のノイズが上がって来ていた。
金属の膨張がミシミシと収縮して行くノイズがそこかしこに発音していた。
赤と黒の燃料タンクを指で触ると火傷しそうな位に熱い。
真夏と言うのに秋の虫がそこら中で鳴いていた。
「自信持てや三咲?」宥めるように・・・、諭すように・・・。
「なんか拗ねてるのか?ヤキ入れるぞ、オマエ?」いつになく冗談ぽいし、お姉さんだ・・・テノールが早口だった。
「自信か・・・、自信なんかないよ。」歯が立たない、と言いかけて下を向いた。
燃料タンクの赤からユラユラと陽炎が立ち上がっていた。
「アタシは・・・、ナオッチに負けたんだょ?」真横を向く、完敗をリフレインしていた。
「な、なんとかの虎じゃないか。」喉がつかえた風に上胸を叩いていた。
「張子の?」奈緒美がフォローすると、「は、ハリハリ?」
赤と黒のタンクが並行して停車していた。
長々とシートから伸ばした両脚が地面に着地して踵も着地していた。
「アホ、だろナオッチ?」言葉を濁したのが奈緒美への忖度なのか・・・。
両手は左右のハンドルに突き、上体を預けて、これがバイク上の休息だった。
西側を向く三咲の顔面に沈みかけの西日が射さる。
防音防塵シートを取り払い足場も撤去、竣工した県立鈴蘭医科大北医療センターを見詰め・・・。
「分からないよ。」意外だなと顔をして三咲を見詰めた・・・。
「なんか三咲、オマエ激しく乱高下しているよな?」パーラメントを1本、火を点けずに三咲へと差し出した。
いらないと右手を振ったが、「なんだ、いらないのか、パーラメントだぞ国会議員だぞ?」取り出した1本を器用に紙箱に納めるのを見届けた三咲は、「それを言うならメンバーオブパーラメントだ。
あそこ、看護師を募集してるんだ。」と、呟き天を仰いで腹式呼吸を二回繰り返した。
頭上をクルクルと回るアカトンボが見えた。
「お父さんが保守だったからな・・・、女のタバコは。」
三咲の父親は田中角栄元総理のフォロワーで、バリバリの保守だったから「角さん」つまり田中角栄が総理に収まっていた頃は、毎朝に朝刊を隅からすみまで一字一句欠かさず読み時々、「うーん。」三面記事を睨み。
「なるほどな。」朝刊を拡げめくって縦に半分に折った。
「マダマダやなあ・・・。」と、感嘆していたから三咲の直ぐ傍に政治は有り、三咲は父親の影響を受け日本の政府や政治に関心を示していた。
「へえ、キャッチャーをやってるのか、プロ野球?」
ププッ!と吹き出した三咲は、「アーッホ、やろナオッチ?」右横の池永奈緒美を一瞥してからセルを回す。
ギュルルン! ドッドッドッ!
お互いサマ・・・と、左耳から抜けていった。
気持ちよかったんだ・・・スベスベして・・いて、力が抜けて・・・、ママのような、もう死んじゃったケド・・・。
「何考えてる三咲?」再び旅から連れ戻された三咲はそそくさとフルフェイスを被る。
「オッと、何でもないよナオちゃん・・・。・」少女の微笑みに為っていた。
ドルルン!アクセルを空で回して赤い怪物を覚醒させ、「ロッコウ!」右手を振り短く強く叫んだ!滑るように大地を這う三咲のナナハンの背中を見ながら続いて赤の怪物を操り滑り出した。が、両脚を着地し、停車した。
「何やってるんだ、お父さんなんて、あいつ・・・三咲はとてつもなく自己を研鑽して勉強を積んだんだろう、果敢に独学で看護師資格まで取ろうとしている。
彼女を駆り立てるモノは一体何なんだ? お互いに勉強嫌いだった筈、毎日ケンカに明け暮れ男に勝るパワーを着けたいと願う心がそうさせたに違いない筈だ。
もしや紅生姜のリーダーを務めたあの頃から三咲が考え込む姿が見受けられた様に思う。
その頃からガバナンスに興味を持ち始めたんだろう・・・。
もう大人だし、いつまでも走っていられないわな・・・。」
一人、大人への旅立ちの準備を始めた庄屋三咲はアゲンストをなぎ倒して行く・・・。
三咲の道程を寂しげに見詰める池永奈緒美はその場で三咲に決別をした・・・。
「グッバイ三咲、そしてバリーガール!」力一杯決別を叫んだ。
そして、奈緒美自身のバリーガールにも・・・。
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