廃屋の静謐

 フワモから聞いたその場所は放棄された集落跡だった。アビサルから少し離れたそこは昔こそ人々がさかんに農業を行っていた場所だったが、今となってはただ広大な土地があるだけで耕されることもない。あとは何年も経ってこのまま朽ちていくのを見届けるばかり。建物の劣化は深刻で、もう100年もすればこんな土地最初から無かったように消えてしまうんじゃないかと思ってしまう。


「ここにヘイスがいるのか」


「同じような魔力をここに感じて、他に強い魔力を帯びている場所は無かったからっていうことらしいけど。十中八九ここにはいるみたいだね」


 人の気配のない家屋は既に崩壊が始まっていて、少なくともゾルドがこの世界に侵入するのとは関係なく放棄されたことが分かる。


 中央の広場らしき場所には噴水があり、既に水も通らなくなったそれはただの石造りに成り果てていて風で流れてきた落ち葉が積もっている。ここらあたりを見てもヘイスの姿は無くただ確信的になったのは彼の魔力を感じるということだけだ。少なくとも、彼らがここにいるのは間違いなさそう。


「今回も地下にいるなんてことはないよね?」


「さすがに無いんじゃないか。あそこまで地下が広がっているのは世界的に見ても珍しい。アビサル以上に地上と地下が繋がりを持っている地域はそうないはずだ」


 建物が崩れないことを確認しながらいくつかの家の中にも入ってみたが、それといった成果を得ることは出来ない。日は昇り始めても静寂は変わらないまま、三人の足音だけが響いている。


 一体彼らは何処に潜んでいるというのだろうか。ソフィーは二人と一緒にヘイスの行方を探していると、あるものをの見て立ち止まった。それは普段であれば見過ごすようなひどく当たり前で見向きもしないものだったけど、この世界の成り立ちを考えると立ち止まらざるを得ない。


「一つ、聞いても良いかな」


「どうしたの?」


 足を止めたライナが振り返る。


「この世界には、信仰という概念はあるの?」


「信仰……宗教という意味でなら、ないよ」


「そうだよね」


 神の使徒である天使が存在するこの世界において宗教という観念が存在するわけが無い。彼も彼女も天使の庇護下にある存在で、天使が柱となるこの世界にさらに上位の存在を崇める理由が無いから。


 神という絶対的存在から使命を授かっている天使の治める世界に宗教なんてものを組み込めば、それは世界の支配構造そのものを否定する。あくまで彼らにとって神は説話であって実話じゃない。


 私たちの世界で神がいるのと同じように、この世界では天使がいて彼らを尊ぶことが理なのだから。


 じゃあもしそうであるのならば、私の目の前に建つこの建物は一体なんなんだ。それはどこからどう見ても他の建物と見間違う道理が無い。十字が高く掲げられているそれを見て二人は疑問符を浮かべる。


「これは、何?」


「さあな。やけに縦長な建物だな」


 二人とも、とぼけているという様子では無い。だとするなら本当にこの世界にはこの建物は無いんだ。彼女は改めて目の前にある建物を見上げた。


 協会。


 知識として当たり前に存在するが故に気づかなかったその存在をソフィーは不気味に思った。むしろこんな小さな町になら一つあってもおかしくない。だから見逃すところだった。きっとこの中に彼らはいると、そう思うための材料としてはあまりにも大きくて確証的だ。


「ここにヘイスがいるよ」


「なんで分かるんだ」


 当然、ボートはそう思うがそれは何も知らないからこそ投げられる言葉。知っている人からすればそれは聞くまでもないことだ。


「二人がこの建物が何か分からないからだよ」


 異世界の建築物を彼らが知らないのは当たり前。なら彼らがそこにいるのは必定だ。見上げる建物はよく見ると嫌に綺麗に仕立て上げられていた。


「じゃあ私はいざと言う時のために陣を作っておくから、二人は思う存分やって大丈夫だから。安心して背中は預けて!」


「頼んだぞ、ライナ」


「お願いします」


「了解っ!」


 そう言って彼女は早速魔法陣を書き始める。とても大きな魔法陣だからこそ、書き終えるまでには相当の時間がかかるはずだ。最初の方は彼女の邪魔をさせないようにしながら彼らの相手をしないといけない。


 私とボートは協会の扉の前に立って武器を手に取る。扉の向こうの様子を伺うまでもない。これは私たちから仕掛けた戦いなのだから。


「いいか、ここからは一秒も油断出来ない。最悪の場合は見捨ててでもここから出ることだ。情報を失うのが一番の損失だからな」


「分かった。いざとなった時にはランテルさんから貰った魔石を使うよ」


「確かに。それがあれば問題ないな」


 安心した様子で彼が頬を綻ばせると直ぐに引き締まった顔になり扉に手をかける。


「じゃあ、行くぞ」


「うん」


 ギイイィッ!


 見た目以上に建付けが悪い。中にいた人物は直ぐにこちらの存在に気がついた。中ではランタンで照らされており、振り返った彼は準備万端といった様子で椅子に座って私たちが来るのを待っていた。


「やっぱり来たね、ソフィー。僕の最高傑作がそんなに見たかったのかい?」


「そんなわけない。ただ、貴方がこの世界に害を与えるから倒しに来たの」


「言うなれば勇者様に立ちはだかる魔王というところですか。それなら気分も少しは良くなりますね」


「何言ってんだ?」


「はい?」


「お前は、勇者が最初に街を出て倒す怪物に過ぎないだろ」


 自己解釈に正論を叩きつけたボートに対し怒りを露わにしたヘイス。彼はわなわなと手を震わせていたがそれは直ぐに止まる。代わりに貼り付けられたような笑顔ともに指を鳴らして“最高傑作”の名を呼んだ。


「ならその怪物に負けるあなた方は勇者ではなかった。ただそれだけですね。出ておいで、クステネ」


 奥の扉から出てきたのは、性別の分からない中性的な見た目をした子供だった。

 あのアビサルの地下の時点で分かっていたことだが、やはり最高傑作と言うその作品ですら子供だったなんて。フードを被った子供の顔はよく見ることができず、裸足で歩くその音がペタペタと地面を歩くたびに響く。


「はい、お父様」


 彼は怯えた様子でお父様と呼んだヘイスの背後に隠れる。私たちに彼は怯えていた。後ろに隠れた彼の頭を優しく撫でるヘイスにはまるで慈愛の心が籠ったような面持ちあり、奇妙で気味が悪い。


 撫でられて嬉しそうにする子供は、子供にしては細すぎる手足に、魔法のための杖を持った姿はあまりにも不釣り合いだった。フードに隠れた目と一瞬目が合うと、強くこちらを否定するように睨みつけたかと思うとその小さな口が動いた。


「堕ちろ、氷槍」


 大きな杖を持った少年は短い詠唱を唱える。空気中に突然氷でできた槍がいくつも出現し、こちらに矛先が向ける。


「届け」


 勢いを持ってこちらに飛んでくる槍の猛襲を、私とボートではじく。ソフィー達に届かなかった槍はそのまま協会のあちこちに突き刺さり、街で唯一綺麗だったその建物の内部を破壊し始めた。それでもヘイスは表情ひとつ変えることなく、子供が放つ魔法の結果を見届けた。


「さすが私の最高傑作だ。このまま二人を犠牲にしても余りがあるくらいの結果があるね」


 初撃として飛んできた数発はしのぐことができた。しかし二人は内心これは良くないと思い始めていた。このままここでの膠着状態が続いた戦いになると建物だけが破損していき、それは最終的に崩落につながる。そうなればそれまでにヘイスたちを倒せたとしても道ずれになってしまう。


 現状を打破する手としてヘイスには少なくとも空間を隔てる、もしくは歪ませる魔術を所持していることが先刻の戦闘で判明していた。この魔術を使えばこの氷の槍の雨を躱して近づくことはできるはず。


 だけど、そう簡単に近づくことができないくらいには子供扱う魔術の射程が長い。彼らは一歩としてその場から動いていないのにも関わらず、さっきの攻撃はほとんど全方位からの攻撃だった。


「堕ちろ、氷槍」


 また同じ手だ。だけどさっきとは比べ物にならないほどに槍の数が増えていた。あの子の魔力量は一体どうなってるの?


 そんなことを考える間も与えないくらいの早さで氷槍は完成し、二人に向かって飛んでいく。なんとか初撃と同じようにしのいでいくけれどもこれじゃあまるで爆撃だ。すでに次の氷槍が生み出されていて、このままだと子供の魔力切れを待つまでこうしていないといけないことになる。


「ここで使える手があるとすれば俺の魔術を使うってやつだが、そうなるとどっちかがあの子供の相手をしなくちゃならない」


「分かってる。私がヘイスの相手をするよ。相手もそれをきっと望んでいるだろうから」


「それはダメだ」


「え?」


 さっきまで私が彼と戦う手筈になってた気がするのに。驚いて隣を見るとどうやら何か考えがあるみたい。耳を寄せると小さな声で作戦が伝えられる。


「いいか、氷の子の方をどうにか足止めしといてくれ。俺は前回の借りがある。せめてあいつが本気を出せるくらいには戦ってやる。だからそれまで力は温存しておけ。お前も、まだ本気じゃないだろ?」


 そう言うと彼は瓦礫の欠片を持ったかと思うと少年に向かってそれを投げつける。


「分かった!気をつけて!」


 ソフィーの声は届いたのか届かなかったのか。それは分からない。少年に向かって投げられた瓦礫は氷の槍で防がれるが、その隙に彼は一気に距離を詰めてヘイスのところまで向かっていた。


 ボートが動いたのを見て警戒していた少年とヘイスはもちろん彼の行動を見逃さない。ヘイスは武器を手にし、同時に少年は魔術を続けざまに使う。


「貫け、氷槍」


 形状が変化した氷の槍が空中に展開されていき、先ほどのとは違ってさらに貫通力を高めたような鋭利さを誇る槍が二人に向かって放たれた。ソフィーに彼へ放たれる攻撃を防げないように先んじて氷の槍が放たれたことで両手が塞がる。


 さっきよりも透明度が高くなった氷の槍は氷柱のように細く長い。放たれたそれを弾いてしまえば、勢いで建物が今度こそ崩れそうだ。


 やるしかない。


 彼女は意を決して剣の構えを変えた。


 幸い、二人の立ち位置的に槍が向かう先は分かっている。そこに向けてソフィーは槍を受け止める体制を取った。あわよくば相殺できないかと思ったがそこまで甘い話は無かった。


「耐えて、私の剣!」


 ソフィーは氷の槍を受け止める。その瞬間に氷が砕ける音と同時に氷の粉が舞い、彼女はそれをなんとか踏ん張りながら後ろにじりじりと押されてしまう。


 このままだとどうにもならない。けどどうしよう。こちらに放たれたものとは比べものにならないほどの魔力が籠もった槍がボートに向かって放たれる。なんとか踏ん張りながらソフィーは懸命に彼の名前を叫んだ。


「ボート、後ろ!」


 もうあと数秒も耐えられる気がしない。振り絞った声に返答を期待したけれど彼の意識は全て目の前のヘイスに向けられていた。


「あっ」


 他人の心配もよそに、自分の体が槍に耐えきれなくなり体が宙に浮いて終わりを悟った時だった。


「ロックロック」


 床の木目を突き破ってせりあがった地面が氷の槍を挟み込む。そのまま両側からの圧力で氷の槍は粉砕した。見るとボートの方に放たれた槍も完全に御し切れていたわけでは無いが、半壊までもっていったことでボートまでその攻撃は届いていない。


「よかった、間に合って」


 さっきからずっと魔方陣を作っていたライナが建物の外から姿を現す。扉が開きっぱなしだったことで中の状況を把握できていたらしかった。


「ありがとうライナ!」


 ソフィーは思わずライナとハイタッチをする。正直、本当に危なかったから自分でもとても安心しているのが胸に手を当てるとよく分かった。そして彼は後ろを気にすることなく進むことができたことで、今はヘイスと剣を交わしている。


「こないだは始末し損ねたからな。今回はきっちり仕留めさせてもらうぞ」


「相変わらず怖いですね。でも、今回もそれは叶わないですよ」


 剣の向こうから見える彼は笑ったまま余裕な表情を崩さない。そこには勝ちが見えているのか、はたまたそれ以前に自分は負ける気が無いということなのか。どちらにせよボートからすればそれは慢心以外の何物でも無く、大口を叩く奴を盛大に打ち負かせる良い機会に他ならない。


「言ってろ」


 ボートはそう言って魔術回路を迸らせた。

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