第13話「Human Being」

「改めましてこんにちは!! アタシは西湖ニシコレン18歳!! こっちに来る前は花の元女子高生!! あだ名はニッシー、たまにナシゴレン! 元気が取り柄の葬送者歴1年です、よろしく!!」

「日嗣晃28歳。っていうか18歳って10も違うじゃん、女子高生からしたらおっさんでしょおっさん、おっさんと話すこととかないよね帰りますさようなら元気でね」

「なんでそんな冷たいんすかせっかく会えた日本人同士仲良くしましょうよー!!」


 レンと言う名らしい女子高生とアキラは、何故か屋台の店主が出してくれたテーブルを挟んで向き合っていた。

 卓上には店主のドワーフがサービスで出してくれた温かな食事が置いてある。


「そうだぞアキラ、せっかく出会えたんだ、もう少し親交を深めても良いじゃないか。何、10歳差なんて誤差みたいなものだ」

「エルフの時間間隔で言われてもなぁ」


 隣に座っているリタリエは何故か妙にニコニコとしている。

 一方アキラは気もそぞろだった。帰りたい。


「っていうか……西湖さんって言ったっけ」

「レンぴょんって呼んでください!」

「……西湖さ」

「レンぴょんっす!」

「…………レンさ」

「レンぴょん!!!!!」

「………………レンぴょんさん」

「……まぁ良しとしましょう!」


 押し負けた。

 女子高生こえー。


「レンぴょんさんはさぁ、俺が怖くないわけ?」

「怖い? なんで?」

「いや……俺のこと知らない?」


 言ってから、しまった、と自分の迂闊な発言に気付く。

 少なくとも今までのやり取りを考えると、目の前の相手はアキラがニュースで散々騒がれた殺人鬼だと気付いてはいないのだろう。

 それを自分から思い出すように促すなんて……迂闊にも程がある。

 レンほどではないが、自分も多少浮ついているらしい。


 問いかけられたレンはアキラの顔をじいっ……と見つめる。


「日嗣晃さん……言われてみれば……確かに何処かで……」

「あ、いや、やっぱりいい、何でもない、忘れて頼む」


 咄嗟に顔を手で覆い隠すが、どうやら手遅れだった。


「あーーーーーー!! そういやその顔、テレビで見たことあるっす!!」

「……!」


 まずい。

 気付かれた? どうする。こいつは性格的に大声で叫ぶだろう……絶対叫ぶ。ここで殺人鬼だと弾劾されたら――隣のリタリエはどんな反応をする?


 まだまだ短い付き合いでも、リタリエが正義感に溢れた気高い性格なことは十分に知っている。彼女が自分のような殺人鬼を許すことはないだろう。

 だがしかし、だからと言ってどうすればいい? 眼の前の女を殺すわけにもいかない。殺すこと自体は余りにも容易いが、実行した時点でそれこそ終わりだ。

 打つ手なし。もはや沙汰を待つ気持ちでアキラは目を固く瞑った。リタリエの手にかかるというのなら、それも悪くはない。


「アキラさんって――」


 快活な声がアキラの破滅を告げ――。


「――何年か前にM-1グランプリ出てませんでした!?」

「出てねえよ!!!??」


 なかった。


「あれ? おっかしいなー、なんかアキラ何パーセントとか言う芸人さんが居たような……」

「そいつが出てたのはR-1だろ!!!」


 裸芸をしたことはない。


「っていうか顔全然違うじゃねーか!! 名前だけで当てに来ただろ!!」

「……あ! もしかして……アイドルかなんかですか? けっこーイケメンですし……」

「全然違うしアイドルになれるほどの顔じゃねーよ」

「でも農業とかしてそうじゃないですか?」

「アイドル観が偏りすぎだろ」

「すみませんアタシTV番組は『ザ!鉄腕!DASH!!』と『奇跡体験!アンビリバボー』しか見てなくて……」

「その二つだけ見てる女子高生なんて居るか!?」

「いいツッコミですね、やっぱりM-1出てませんでした?」

「出てねーっつってんだろ!!」

「なら今から目指しましょうよ!! 28歳、夢を諦めるにはまだ早いっすよ!!」

「そもそも芸人になりたいとか思ってないし、ここ異世界なんだけど!?」

「一緒に異世界M-1初代チャンピオンを掴みましょう! コンビ名は『レンぴょんと愉快な仲間たち』でいいっすか?」

「一人なのに愉快な仲間たちにされんの俺!?」


 くすくすくす、と隣でリタリエが笑う。鈴のように透き通った声だった。


「アキラが楽しそうで良かった。二人、相性いいんじゃないか?」

「ばっちりっす!」「全然だよ!」


 二人のやり取りに何故か慈愛の眼差しを向けてくるリタリエ。「弟に良い友達が出来て良かった」とでも言い出しそうで、勘弁してくれとアキラは思った。


「……で、結局アキラさん……アキぴょんは」

「アキぴょん!? アラサー男性に!?」

「アキぴょんは」


 ガン無視。


「何の人なんすか? 有名人?」

「……いや、分かんないならいいよ。思い出すほど価値のある人間じゃないし」


 有名人と言えば有名人ではあるが。


 ともあれ、はー、と溜息を一つ。どうやら破滅は避けられた。


 考えてみれば、いくら日本中を震撼させた事件とはいってもうら若き乙女が殺人鬼の顔と名前を覚えるのに記憶容量を割くはずはなかった。女子高生にはもっと他に覚えるべきことがある、流行歌とか。

 それに六年も前の事件である。当事者でなければ忘れていても不思議ではない。そもそも自分のような人間か物好きでもなければ、普通は殺人事件とその犯人について詳しく知ろうとはしないものだ。

 意図せず自意識過剰を突き付けられたようで微妙に恥ずかしい思いだった。

 別に有名になりたくて殺人を繰り返したわけではないのに。


「とにかく俺は構う意味があるような人間じゃないからここでさよならしよう元気でね幸運を祈っています」

「だからなんでそんな冷たいんすか!? 逃げようとしないでください!!」

「手を掴まないでくださいセクハラですよ!!」

「立場が逆じゃないっすかねぇ!?」

「まあまあアキラ、まあまあまあまあ」

「まあまあ坊主、まあまあまあまあ」

「二人して肩を掴んで無理やり座らすな!」


 ドワーフの店主とリタリエはやたらと二人を会話させようとしていた。これはなんなんだ。お見合いか何かか。

 仕方なく、適当に会話を継続することにする。


「西湖さ」

「レンぴょん」

「……レンぴょんさんも、葬送者なんだっけ」

「はいっす! こう見えて黄金級ゴールドランクっすよ!」

「嬢ちゃんは凄いぜ。黒鉄級アイアンランクをすっ飛ばしていきなり赤銅級ブロンズランクに登録、そっから一年でここまで上り詰めたんだ!」


 何故かドワーフの店主の方が誇らしげにしていた。さながら孫自慢である。


「いやー、こっちに来る時に貰った固有スキルのおかげっすよ! チートスキルで楽々異世界、って感じっすね!」

「……その、魔獣の正体については」

「ああ、元人間ってことっすか?」


 あっけらかんとレンは言う。


「そりゃあまあ最初は気にしたっすけど……でもあんまり人間の形してないし、言葉も通じないじゃないっすか。ふつーにモンスターハントの気分っすね、今は」

「……あ、そう」


 やはり合わないな、とアキラは思う。

 アキラにとっては魔獣も眼前のレンも変わらない。

 同じ人間で、同じように自分の殺人衝動を刺激して、そしてどちらも……。

 ……違うのは、殺すことが社会的に認められているかどうかでしかない。


 長居は無用だ。出された食事を手早く(しかし丁寧に)平らげてアキラは立ち上がった。


「ごちそうさまでした。それじゃ野伏レンジャー組合アライアンスに向かうよ」

「アキラ、そんなに急がなくても良いじゃないか。せっかくの出会いだ」

「いやこれ以上若い子と喋ると捕まりそうで怖い。セクハラって言われそう」

「警戒しすぎじゃないっすか!?」

「そっちが無防備すぎるんだよ」


 そう、余りに無防備過ぎる。


 


 捕まりそうで怖いというのは本音だ。ただし、殺人の罪でだが。

 こうして向き合っている僅かな時間だけで、既に脳内では30回ほど殺してしまっている。それほどまでに西湖蓮という女は隙だらけだった。

 大っぴらに殺人を行える環境に身を置いてしまった今、理性の箍は前世よりもかなり緩んでいる。腰の双剣に伸びる手を抑えるのに必死だ。これ以上はあまり保たない。

 数日前に小鬼ゴブリン単眼巨人サイクロプスの群れを殺しまくって殺人欲求を発散していなければ、既に手が出ていておかしくないほどだった。


 別れを切り出されたレンは不服そうにしていたが、すぐに切り替えたらしい。


「まあ同じ街に居るんだしまた会うこともあるっすよね! その時はよろしくお願いします、アキぴょん先輩!」

「……いや、そっちの方が先輩だろ、異世界的には」

「でもアキぴょん先輩の方が年上じゃないすか! 色々教えてくださいよ!」

「俺に教えられることなんて何もないけど……」


 在学中に捕まった死刑囚に教えられることなどあるわけがなかった。


「何にせよ、お会いできて良かったです!」

「俺は出会わないほうが良かったと思っているよ」


 そんなことを言いながら、アキラは席を立った。リタリエも着いてくる。


「いいのか? 時間はそんなに気にしなくていいんだぞ?」

「そんなお節介焼かなくてもいいよ。別に話が合うとも思わないし……」

「そうか? 二人は結構似ているように見えたけどな」

「似ている?」


 アキラはどこか嘲るように笑う。



「俺に似ているやつなんてどこにも居ないよ」


 居てたまるか、とアキラは思う。

 

 

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