緋星で生ける者 ナザビア戦記

dub侍

一話



『Va ♪2**el me$ fill?』


寝起きのような状態であった。

意識が覚醒できず、不明瞭な視界で目の前を眺めることしかできない。おれは籠の中で柔らかい布に包められていた。


眼前には全く見たことのない男女が話している。何を言っているか全く理解ができない。聞きなれない外国語に戸惑う。


目の前の男女は容姿は整い、染めた色とは違い自然な焦茶の髪と薄暗い金色の髪。

鼻立ちは高く堀が深い。日本人ではない、違う国の顔だ。



女の服装はウールか何かで青く染め上げられたワンピースに近い。

男は革製のパンツ、おそらく綿のシャツを着ている。元日本人のおれからするとそのシャツは粗雑でほつれた糸が数ヶ所ある。


彼らはこちらを向いて慈しむような眼差しを向ける。よく見るとおれより何倍も大きな美しい女はおれの身体を抱きしめた。


周りを見渡すと自分がいる場所が見慣れない少し古びた建築模様の室内であるとわかる。

古めかしいが風情があり、異国情緒に溢れていた。



いつまでおれはこの綺麗な女に抱きしめられているんだろう。


夢でも見ているのだろうか。


でも、なんだか落ち着くな。



ふと視線を下げると、近くの水桶の静かな水面から自分の姿が映し出された。おれはそれを見て叫び声のような産声をあげた。


「オギャアアアア」


「emm× △ ×d¥△×fill×€×€?」


自分の面じゃない。どうなっているんだ。


おれの目はこんな綺麗な飴色の瞳をしていない。それどころか明らかに産まれたてのしわくちゃの顔だ。身体も全く違う。



一頻り思考すると、おれは唐突に睡魔に襲われる。


心地よい日差し差し込み、瞼がさらに重くなる。おれを抱く女は頭を優しく撫でる。

嗅ぎ慣れない異国の匂いが緩やかな微風と共にやってくる。



ああ、なんて気持ちいいんだ。



*************



ーーーおれが生まれてから1年半が経過した。


頭には両親譲りの暗い金の毛髪が少しずつと増えてきた。


足越しに力が入らず、頭と身体のバランスのせいか上手に歩くことが難しい。

いつも母がよちよちと二足で歩く俺を助けようと手を引いてくれる。


おれはこの1年半長時間意識を保てずにいた。


赤子のため、すぐ眠くなり食欲が湧いて、稀に無意識に排便をしてしまっていた。前世の年齢を考えると、恥ずかしくもあるが仕方のない事だ。



ここ1年半で両親や周りの様子を窺い、把握できた事は少なからずあった。


今のおれの名はフィルらしい。苗字はないと思う。母譲りの暗めの金色の髪であり、立派な1歳児だ。


母の名はエラ。


年齢は22。肩までかかる暗めの金髪に大きな山吹色の瞳に綺麗な鼻立ち、胸は控えめだがスタイルは良かった。

おれから見たらもの凄い美人さんだ。仕草が丁寧で見ていると癒される。



父の名はロベル。


年齢はおそらく20代前半。

焦茶の髪をセンターで分けて、切長だが奥行きのある瞳、角ばった顎。顔の造形は整っているが表情の変化に乏しい。

屈強な戦士と思わせるくらいに肉体は引き締まっており、身体のあちこちに数ヶ所大きな傷跡があった。



祖父の名はダンケル。


父方で祖父である。

中年と初老の狭間くらいの年齢。焦茶の短い髪、奥行きのある強い瞳。右目には縦に切り裂かれた傷跡、角ばった顎。ロベルをそのま老けさせた顔をしている。

身体つきも筋肉質でありロベルと似ているが、大きな違いは左腕が肘から先が無い事だ。左肘の先は痛々しい傷の跡が見える。



家の二階からエラに抱かれて見た景色にはやはり自動車のような機械製品は見当たらず、馬や牛が凸凹な砂利の地面で荷車を引いていた。



我が家近くには何十軒程の古めかしい家々が立ち並び、村の周囲には大麦と小麦の畑が広がっている。



太陽が昇り朝になり、夜になると月が夜空を照らす。


ここは地球では無い。遠い銀河の惑星かも知れない。


だが、異世界だと考えた方が楽な出来事が目の前で起きた。


母エラが水を組むのが面倒だと言って、両手からを綺麗な水を生み出していたのだ。


この世界には魔術がある。


どのような仕組みなのか気になるな。


空気には水が含まれている。


前世でも空気から水を生み出す仕組みはあった。除湿機なんてそうだろう。


まあ、ここは異世界。そして、おれは転生したんだろう。そう考えた方が辻褄が合う気がするし、理解が楽になる。




トトト


足音が聴こえる。

家の一階から母エラが階段を上がる大きなが聞こえる。もうこんな時間なのか。


「はーい、おっぱいのじかんですよ」


母エラがおれが寝ている揺籠まで来て、綺麗な胸を曝け出す。

最初はこれに躊躇していたが、今の俺に抵抗はできない。


"それ"を飲まないと、心配性な母エラはいつも不安そうな表情をする。


おれにとって本当の母親ではないのたが、全く興奮しない。不思議な事に身体は彼女を母親と認識しているためのか、違うのか。


名前以外の言語も少しずつだがわかってきた。

だが、まだ話せはしない。


喉や顎の問題なのか上手く発音ができない。



この一年半、この世界に驚くばかりで元の世界を考えれていなかった。


少しずつだが意識と精神が安定すると元の世界の想い出や後悔が溢れ出して、郷愁の念に駆られる。


きっと前世の家族は何もせず、言い訳ばかりで逃げ続けて突然死んだおれにがっかりしていただろう。


だが、もう2度と会えないって考えると辛いな。

会って謝って、育ててくれた感謝だけは伝えたいな。 



この世界は生活しているだけでも面倒や理不尽がある。

さすがに、前の世界が恋しくなる時もある。



悪臭漂う樋箱、川屋でトイレをするのは元日本人にとって耐えられない。

柔らかいトイレットペーパーやレバーで流せる水洗便所が懐かしい。


どうにかして前世のような生活を送りたいと考えるが、この世界で前世の知識を活用することは土台が無いから難しい。


まあ、おれが覚えている程度の知識は役に立たないかもしれない。


それ以前に生きることに努力しないと生きていけない。

村の子供達は幼い頃から貴重な労働力となっている。


きっとと前世の常識は通じない。


この世界は前世より過酷で厳しい現実がある。



おれは何事も逃げてきた。


逃げてばかりだと生きていけないのに、おれに染みついた逃げ癖が呪いようにおれにへばり付いている。


面倒なこと全てに逃げ、何一つ成し得なかった自分。


そしとおれという人格が彼らの子供になってしまったことに申し訳なさを感じる。



おれはこの世界でどう生きて良いのだろう。


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