第10話 姪っ子の誕生日会にお呼ばれされる
あの後、市子とギャルこと
警察の事情聴取かよってくらいしつこかった。
しかも、市子に関しては俺の事を下の名前で『敏郎』と呼んでくる。
どんな教育を受けてきたんだよと聞きたくなった。
しかし、市子の場合はパッと見はどこかの令嬢のように気品があって、教養もありそうだ。
あの偉そうな振舞いはきっと両親が甘やかして育てたことが原因だろう。
俺はそう思うことにした。
「としちゃん、どうしたの?」
ソファーに座って考え事をしていた俺に姪っ子の晴香が俺の膝に手を置いて、顔を覗き込んできた。
俺は慌てて答えた。
「何でもないよ。最近、仕事が忙しかったから疲れちゃったのかなぁ」
俺はそう言って誤魔化した。
まさか昨日会ったばかりの女子高生との会話を思い出していただなんて、口が裂けても言えない。
晴香はふぅんと少し怪しんだ顔で見てきた。
「ごめんねぇ、忙しいところ呼んじゃって」
そう言って来たのは、キッチンで誕生日会の準備をしている姉の
俺は全然大丈夫と手を振った。
「そもそも中学生にもなって誕生日会なんてやりたいなんていう晴香が子供なのよね」
姉貴は晴香に不満そうな声で言った。
すると、晴香も姉貴に近付いてむきになって言い返した。
「いいじゃん。別に友達を呼んでるわけじゃないしさ、家族でやるだけだしぃ」
そう、今回は家族だけで行う誕生日会で、家族以外に呼ばれているのは俺ぐらいだった。
晴香は未だに甘えん坊だから、俺にべったりくっついてくる。
これが赤の他人の男だったら、義兄さんの
俺は義兄さんの事を思い出して、姉貴に質問した。
「義兄さんは誕生日会に参加できそうなのか? 今、仕事が佳境なんだろう?」
「そうなんだけど、今日ぐらいは定時で帰るって。最近ずっと残業が続いてて、子供たちとも会えてないから」
姉貴は相変わらず忙しそうに用事をしながら答えた。
隼彦さんは建設業で働いていて、繁忙期になるとほとんど家に戻って来られないらしい。
今もビルの建設中で竣工日が近い事もあって忙しいらしかった。
それでも娘の為に帰ってくるなんていい父親だと思った。
「でもまぁ、子供たちはそんなに寂しがってないのよね。勇志ももう高校生だし、晴香も中学生でしょ? 今は何かと勉強や部活動が忙しくて、家にいる時間も少ないから、学校の友達といる方が楽しいみたい。この間なんて、晴香の友達が中年の男に絡まれたらしくて、学校でも問題になったみたいよ。ほら、最近の中学生は発育もいいから、中には高校生みたいな大人びた子もいるでしょう? ほんと、怖い世の中になったわよね」
姉貴はそう言って大きなため息をついた。
娘を心配するのは当前だ。
しかし、その話を聞くと俺の心は痛む。
不可抗力だったとはいえ、こうして女子高生と絡んでいる俺がいる。
あちら側の親から見れば、その中学生がされたことと差ほど変わらないようにも見えるだろう。
やっぱり、中年が女子高生となんて関わっていい事はないのだ。
誤解だって生むし、悲しむ親もいる。
夢の中ではあんなことを言われたが、もう市子たちと会うのは今後一切やめて、やはり大村さんとの関係を深めようと思った。
すると、晴香がまた俺の隣に座ってきて、嬉しそうに話しかけた。
「としちゃん、私ねぇ、夢があるんだぁ。なんだと思う?」
前触れもなく質問されたので、俺はどう答えたらいいのか戸惑った。
最近の女子中学生がどんな夢を見るかなんて予想が出来なかった。
小学生まではアイドルとか、ユーチューバーとか非現実的な夢も抱いていただろうが、中学生になればそう言う世界の事もわかる年頃だろう。
晴香がアイドルになれないとは思わないが、目指しているならとっくにレッスンでも受けているはずだ。
「ええ、わかんないなぁ」
俺はとりあえずそう言って誤魔化しておいた。
全く見当違いの答えを言って引かれても嫌だしな。
すると、晴香はふふふと笑ってすごく恥ずかしそうに言った。
「大好きな人のお嫁さん」
我が姪っ子にして、何とも可愛らしい解答だろうか。
その夢、ぜひ叶えて欲しいと思う。
そして、将来の晴香の旦那は両親ともども、俺すらも納得するイイ男であって欲しいと心から願う。
そうか、晴香にもそんな未来があるのだなと感慨深くなった。
その時チラつく女神様の言葉。
俺の恋の成就によって世界の崩壊が免れる。
しかし、俺はその運命の相手、市子とはどうなるつもりもない。
つまり、このままでいけば未来などはないということだ。
俺はいい。
別にこれと言ってこの世に未練はないし、後は愛する大村さんと短い時間を大事に過ごしていけばいいのだから。
けれど、晴香や勇志たちはどうなのだろう?
彼らの未来はこれからなのではないか?
青春は今まさに始まったばかりで、勇志や晴香にも、そして大村さんの息子の将君にも夢ぐらいあるはずだ。
それを俺の怠慢で壊していいのだろうかと思った。
どうしてこの中年男の俺が、そんな重たい運命など背負ってしまったのだろう。
そう思うと気が滅入ってしまう。
「としちゃん、大丈夫?」
晴香がまた心配そうに俺の顔を覗く。
俺はそんな晴香の頭を撫でた。
ほんと晴香は中学生と思えないほど従順だ。
このまま、何の穢れも受けずに清らかに育って欲しいと思う。
晴香は俺の手を掴んで、手のひらを合わせた。
やっぱりとしちゃんの手は大きいねと笑う。
「私ね、もし大好きな人と結ばれたら、たくさん赤ちゃん産むんだぁ。それに、もしその人と結ばれることが許されなくても、私は駆け落ちしてでも一緒にいたいと思うよ?」
そう言って晴香は俺を上目遣いで見つめてくる。
それはダメだろうと俺は晴香の手を取った。
「だめだよ、晴香。それがどんなに好きな相手でも許されない相手となんて結ばれたら、お母さんもお父さんも悲しむんだぞ。俺だって悲しい」
「としちゃんも?」
「ああ」
晴香はしゅんとした顔をした。
晴香の理想は可愛いし、中学生らしいロマンチックな発想なのかもしれないがこういうことはハッキリ言っておいた方がいい。
恋愛は素敵だ。
晴香にも素敵な恋愛をたくさんしてほしいし、青春を謳歌して欲しと思う。
ただ、ろくでもない男に捕まって最悪な人生を送る事など誰も願っていないのだ。
若い頃はただ好きという気持ちだけでどうにでもなると思っていた。
しかし、大人になって気が付くのだ。
愛だけでは生きていけないのだと。
中学生にしてはあまりに無慈悲な現実だけどな。
そう考えると俺の恋愛だってそうだ。
運命の相手がどうだかこうだか言われても悲しむ人がいればそれは望まれない関係だ。
晴香同様、市子や里奈にだって未来がある。
俺より倍以上の未来が待っている。
そんな未来を俺みたいなおっさんで汚して欲しくないと思った。
世界の崩壊と家庭の崩壊、天秤にかけるのは難しい。
もしかしたら、俺の恋の成就が叶わなくても世界を救える方法があるのかもしれない。
そう信じることにして、今度また夢の中で女神様に会ったら話をしてみようと思った。
きっと神様ならわかってくれる。
そんなことを考えていると、晴香は俺に嬉しそうに笑顔を向けてきた。
そして、手のひらを上に向けて俺に突き出してくる。
これは、誕生日プレゼントの催促だ。
俺は持ってきた荷物の中からそれを取り出して晴香に渡した。
ブランドの財布なんて少し早い気がしたが、晴香が喜ぶなら後3日昼飯がプロテインバーでも我慢しようと思えた。
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