第22話 がらんどうの船

「なんだこれは?」



 浜辺で寝て、一夜明けた。

 目を覚ますと浜辺には誰もいなくて、みんなに挨拶をしようと船のラウンジに来てみれば、船長が一匹でいた。どうしてか、剣を抜いている。



「せん__ぐぇっ!」



 船長に話しかけようとしたら誰かに首根っこを掴まれて、部屋の外まで連れて行かれた。

やっと床に下ろされたかと思えば、見知った顔が10匹ほど集まっていた。



「オマエ何してんだよ!?あんな状態の奴に話しかけんなって…!」

「うわっ、ちょ、近いよ…!」



 狼男が、お互いのおでこがぶつかるレベルで凄んできた。



「剣抜いてるヤツに話しかけるとかどうなってんだよ!?」

「いや、どうしたのかなって思って…!」

「まずは遠巻きに見守れよ!」

「あまり騒ぐな。船長に気付かれるぞ…」



 ティチュがジブンと狼男を落ち着かせるように言った。



「皆でなにしてるの?かくれんぼ?」

「そうとも言える。奴は今、興奮状態だ。刺激しない方がいい。ミナライ相手でも何をするかわからない」

「え?なんで?」

「もうちょいわかるように言ってやれよ…。いいかミナライ?俺たちは厳密にはかくれんぼなんざしてない。船長の手の届かないところに逃げてるんだ」



 ティチュの説明に狼男が割って入ったけれど、それでもよくわからなかった。



「なにかあったの?」

「もう、大ありさ。奴はブチ切れてる。次にまた何か起こったら…って緊張もしてる。だからいつでも対処できるように剣を抜いてるんだろう。」

「いや、だから何のせいでこうなってるの?」



 改めて聞いたら、みんな気まずそうな顔をして黙りこんだ。

 今ここにいるのは…狼男と、ティチュと、マジュツシ、マントマン、ドラーゴン、キャノヤー、ビーゾン、ドオル…だけだ。



「他のみんなは?」



 マズイことを聞かれたかのように目をそらされる。



「え…?船長がなにかやったの?」

「いや、今回ばかりは船員のせいだ。船長も順当にキレてるとは言い難いが…」

「というと?」

「船員がほぼ逃げだした」



 もう一度、確認のためにここに集まっている全員を見回した。さっき見た、清々しいほど誰もいない浜辺を思い出す。元は30匹はゆうに越えていたはずだった。



「これだけしか残ってないの?」

「これだけ残ったんなら良い方じゃないか?」



 狼男がやけっぱちに答えたのを聞いて、不安になってきた。コイツは船長の悪事について喋った時の、あの狼男なんだろうか?それを尋ねるのも怖かった。あいつがもうこの船にいないのかと思うと怖くて、怖くて…。


 そうだとしても、当たり前の結果なのかもしれない。

 あの船長のそばにいると決めたヤツがこれだけいるというのは、むしろ変なことなのかもしれないから。それよりも気になるのは、「なんで急に?」ってところだ。



「こんなに一気にいなくなることなんて無かったよね?」

「ああ。これまでは島や海に向かって決死の思いで逃げるしかなかっただろ?だが今回はどうだ?」



 海や島っていうと、危なかったりせまくて退屈だったり…モンスターが生きるには向いていない。「今回は」っていうと…。

 気づいた時、ハッとした。



「大陸だね…」

「そういうことだ。不真面目な船員がかなりの数、そこそこの期間居着いてたが…大陸に運ばれるのを今か今と待ってたのさ」

「僕も驚いたよ。食料のためだと思って諦めてるのかと思ってたら急にこれだもん」



 そうだそうだと皆がぼろぼろ喋りだす。

 この一カ所に集まってるのが今の全員なんだと思うと、途端に「大陸だ!」とはしゃいでいた昨日までがバカらしくなってくる。


 なるほど、それで船長は怒っていたのか…。


 仲間になったと思っていた船員に裏切られて、新たな旅の出鼻をくじかれたんならああもなるだろう。船長は怒り肩で剣を構えていたのに、どこかしょぼくれて見えた。

 ここにいる全員が集まったって、今のジブンたちにはあのラウンジは広すぎる。



「でもね、船長は昨日の夜から変だったよ」

「そうなのか?」



ドラーゴンを始め、みんなが意外そうにした。



「うん。海で死のうとしてた」

「は!?そこまで参ってたのか…?」



 もっと驚くかと思ったら、みんなの動揺が静まっていくようなのが不思議だった。船長はもともと凹んでたんだっけ?


 そうだった、風邪を引いている時に「船員に過去のことを質問されてかなり不機嫌になってる」ってスケルトンが言っていた。


 立て続けにイヤなことがあったから、船長の不機嫌はかなり根強いものになっているのかもしれない。



「…にしても、ミナライも気付いてなかったとはな。」



 ビーゾンがぽつりとこぼす。



「今回のこと?」

「そうだよ。船長と同じで妄信してたんだな。こりゃ驚いた」

「ちょっと、今は言わなくて良いじゃん…」



 キャノヤーが割って入るけど、「そんなことない」とは言ってくれなかった。



「なに、妄信って?」

「このメンバーでやっていけるっていう幻想さ。んな訳ないだろ。」

「やめなよ…僕だって気付かなかったよ」

「本当か?本当に一ミリもこの展開になるって疑ったこと無かったのか?」


「い、いや…そういう話じゃないでしょ!」

「ビーゾン、余計なことを言うな。これからは静かにやっていこうと…それで良かっただろう」



 船員がケンカし始めた。船員がっていうか、ジブンがケンカの原因なんだろうか。



「ミナライ、こんな話は気にするな」

「あ…うん」



 かばってはくれるけど「ビーゾンは間違ってる」とは誰も言ってくれない。みんな大人なんだと改めて気付いた。寂しくなってくる。



「なんだよしょぼくれやがって。心当たりあるのか?」

「必要以上に煽らなくてもいいじゃないですか…。ミナライだって落ち込んでいるんですよ」

「単純に疑問なんだよ。オマエ、本当に気づいてなかったのか?あいつらは前々から逃げ出そうとしてたのに」



 え、と顔を上げる。前々から?じゃあ皆は気づいてたの?

 確かめるように皆を見ると、なんとも苦々しい顔をしていた。



「なんで止めなかったの…?」

「違います、止めても無駄だってわかってたんですよ。あいつらはハナからそのつもりで船に乗っていたんです」



 縋るようにマジュツシの袖口を引っ張ると、すぐにでも振り払いたそうに、少しの早口でそう言われた。



「奴らは大陸に渡るための足としてこの船を使った。それだけです。止めるも何も、船に乗る前からそれを願っていたんだから無駄ですよ」



 どうしようもなくなって、宙を掴みかけていた手を握りしめてうつむく。



「じゃあなんで黙ってたの…?」

「だって、そんなに落ち込むとは…」

「え、落ち込んでないよ?」



 きょとんとすると、とたんにマジュツシはぎょっとした顔つきになった。

 だって、きょとんとするだろう。今までのことから考えると当たり前に…。



「ジブン、船員が逃げ出してるの知ってたよ。船員が船長のことキラいなのも、ピッシュが突き落とされたのも知ってるよ。そうだし、それを皆に話したことあるじゃん」



ひとりでに逃げていきそうなマジュツシの裾を捕まえるように掴む。



「ほんとうにそんな理由で黙ってたの?」



 マジュツシはいや、ともええと、とも言わずにいた。ずっと気まずそうに固まっているだけ。



「もうやめようぜ。困ってるじゃねえか」



 助け舟を出すような顔でビーゾンが割り込んできた。どこか焦ったような笑い顔なのが気持ち悪かった。



「別に困ってないけど」

「無理すんなよ。オマエは全員から騙されてたんだ」

「隠してただけだろ…騙してなんかない」

「へえ?じゃあなんで黙ってた?教えてやれよ」

「ミナライから船長に伝わったら不味いからだ」

「おお、信用されてない訳じゃなかったみたいだな。良かった良かった」



 ビーゾンはわざとらしく手を叩いて喜んでいた。なんとも腹が立つ。



「君はなんなの?ジブンをバカにしたいの?」

「いや?そんなことはない」

「じゃあなんでイヤなこと言うの?」

「いやあ、気づいてないのが可哀想だと思ってな」



 ビーゾンがこんな話をし始めなくても、船員たちはジブンに隠し事を教えてくれただろうか?それはわからないけど、こんな空気にはならなかったはずだ。



「なんだよ、苛ついてんのか?」

「うん。君も船を降りたら良かったのにね」



 周りがさっと顔色を変えて、何も気にしていなかったビーゾンもぎょっとしていた。

 なんで皆がそんな反応をしたのかわからないけど、とにかくその場を離れくて逃げた。


• • •


「ミナライ」



足早にあの場を離れていったところで、ティチュが追いかけてきた。



「なに?」

「あいつを許せとは言わないが、きつく言っておくからあまり気に病むな。風邪が明けてまだ少ししか経ってないだろう。それと、引き続き船長には近づかない方が良い。食事の準備は俺たちがするから、部屋か甲板で好きに過ごせ」



 いつもより早口で、口数が多い。心配してくれてるのがわかる。でも、テイチュだって庇ってくれなかった。



「うん、わかった」

「とにかく、あいつのことはちゃんと叱るから…」

「大丈夫。皆まで船長みたいなことしないで」



 皆のことをちょっと嫌いになったけど、だからって船長みたいに裏で船員に何かするようなことはやめてほしい。

 いや、ムチ打ちほどひどいことはしないだろうけど…。



「あ、ああ。ゆっくり過ごしてくれ」



 ティチュがなんだか動揺したように去っていった。

 なんなんだろう、さっきからジブンを変な目で見て。ジブンがビーゾンに対して怒りすぎたのか?いや、怒鳴りつけたりなんてしていない。


 もう、良いや。なにも考えたくない。


 村を探す旅がここでやっと始まったようなものなのに、ロクな始まりにならなかった。この旅自体の始まりも村が無くなってからだったし、どちらにせよロクなことになっていない。


 勢いよく木箱に腰かける。イライラが体からあふれるように体中を駆けめぐっていた。


 良いじゃん、船長は。船があるんだから。

 ジブンはぜんぶ無くなったんだから。あんなに、ジブンや船員を放り出すほど怒んなくたっていいくらいのことじゃん。


 なんであんなに怒るんだろう。おかげで変なことを知る羽目になった。


 ビーゾンのヤツも良いな。あいつには友達なんかいないだろうから、大勢がいなくなっても何にも傷つかないみたいだ。羨ましいったらありゃしない!


 木箱を思いきり蹴りつける。スカッとするかと思いったのに、思ったより痛くてもっとイライラした。 


 イヤな気分だ。

 何かイライラしてるとき、大人から「自分にも悪いところがあるって思わないか?」なんてうるさく言われたけど、ジブンはなんにも悪いことしてないのにこんなイヤな目に遭ってる。


 大人の言うことなんか、全部うそっぱちだ。

 「勝手に外に出たら危ないでしょ、いざってときに助けに行けなかったらどうするの」とか、「ずっとそばにいるよ」とか、「いつかは大人になれるよ」とか。全部、全部そうだ。


 全部船長のせいだ。この旅が始まったのも船長が誘ったせいだし、今日こんなことになったのも船長のワガママのせいだ。



「うわっ…!?」



 やたら大きな音がして、思わず声が出る。驚いて、ごちゃごちゃした考えが吹き飛んだ。


 なんだったんだ?船員たちがいる方から聞こえてきたけど、離れた手前、確認しに近寄るのも気まずい。


 音の正体は気になるけど、おかげで考え事から抜け出せた。いつもやってしまう、よくない方向にどんどんはまっていく系の考え事だったから危なかった。良いタイミングで音が鳴ったな。


 ラッキーって思っておこう。どんな時も考えようによっては辛くなくなる。バカみたいに明るく考えなきゃいけないなんて悔しかった。


 でも、そうしなきゃやってられない。船長も早く立ち直ってくれたらと良いけど。

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