第4話 船長への疑い

船長、今日もうるさいな。船員が増えたぶん、ジブンにあまり話しかけてこなくなったのは良いことだけど。


船長のことも信じきれてないっていうのに、モンスターがもっと増えるなんて思ってもみなかった。でも船長とふたり旅の時とどっちがいいかと言えば、今の方だ。


ふたり旅の時は船長の話し相手をして、疑わしいところを考えて…ってほんとうに忙しかったから。こんな船に乗るんじゃなかったって泣いた日のことを、思い出してしまう。


・ ・ ・


「おはよう、船長。」

「ああ、ミナライ。おはよう!」




朝になったら、ジブンから挨拶をする。何日過ごしても、コイツへの疑いは晴れない。



まずはこの船のことだ。コイツは「港町のニンゲンに船を貸してもらった」って言ってた。そこがおかしい。大切な船をモンスターに貸すなんてありえない。


手に入れてるってことは相当な理由があったんだろうけど、なんなんだろう。そもそも、モンスターの話なんか誰も聞かないはずなのに。


コイツ、無視されても話しかけまくりそうだから港町の人は話を聞かざるを得なかったのかな。



コイツは船を借りるのに「港町のニンゲンに頼んだ」なんて言ってた。貸してもらったっていうか借りパクしてるけど…。


モンスターの感覚での「貸してもらった」は人間にとっての「うばい取った」になりそうな気もする。でも、うばい取ったんなら港町はもっとピリピリしてたはずだ。

この船で出港する時はそうは見えなかったから、貸してもらったってことで良いのかな。



ほんとうにそうだとしたら、コイツは港町の人に言うことを聞かせたんだ。

船を貰う代わりに港町の誰かを助けてあげたり、漁を手伝ったりしたのかな?見ず知らずのジブンを助けたくらいだから、それくらいはこなしそうな気がする。



だからって、こんな上から目線のヤツに貸したくはないと思うけど。でもジブンだってコイツの話に乗せられちゃったし、ゴリ押しするのが得意なのかも。



船についての考えはこれくらいかな?それ以前にも疑がわしいことがあるから、今度はそっちだ。


港町にこんなモンスターがいたんなら、ジブンの村にもウワサくらいは伝わってないと可笑しい。

そもそもお城の後ろにある山を越えなきゃモンスターは出ないはずだから、モンスターが出たってだけで大さわぎになるのに。なんで兵隊さんに連れて行かれてないんだろう?



岸に一番近いのが港町で、港町から北西の山陰にジブンの村があって、更に北に行くとお城があるって教えられてきた。


ジブンの村と港町は関わりが短いから、船長の話が伝わらなかったのはまだわかる。でもお城には伝わってないと変だ。



ジブンは行ったことはないけど、世界的に見ても大きなお城なんだそうだ。名前はフェガリ城だったかな?


ジブンが生まれるよりずっと前から、モンスターの取り締まりを厳しくしたみたいで…それでお城の辺りからモンスターがいなくなったって聞いた。


そんななのに、なんでコイツは港町に来られたんだ?どうしても船で旅がしたくて山を越えてきたのか?運良くお城の人の目をかいくぐれただけ?


だからって、港町の人が「モンスターの管理はどうなってるんだ!」ってお城の人に文句を言えば終わる話だと思うけど…?



港町の人の目線で考えてみたら違うかも。

コイツのことが「危なくないモンスター」っていう風に見えたのかもしれない。だってお城の兵隊さんに捕まってないんだから。つまり兵隊さんに認められた、良いモンスターかもしれないって訳だ。



ジブンの村ではモンスターと生活するのは「変わってる」って見方だけど、世界には人間のそばで暮らすモンスターもいるらしいし、特別に認めたってことも有り得なくはない。


でも実際はどうなのかがわからなくて、追い払おうったってモンスターが怖くて行動出来なくて…ってグズグズしてたら、コイツは港町に居座るようになっちゃったのかな。



気になることをずるずる後回しにしちゃったら、「今言っても遅いかも…」ってなるのはジブンにもわかる。


今、予想したくらいに港町の人から疑われてたとしたら過ごしにくいと思うけど…コイツはそういうの気にしなさそうだもんな。


それもこれも、ぜんぶ想像でしかないけど。ほんとうのところは、どんな毎日を送ってたんだろう。




「船長はさ、港町ではどうやって過ごしてたの?」

「一匹で船を造っていたぞ。」

「え?船はもらったんだよね?」

「その通りだ。だがところどころ脆くなっていてな。それを修理していたんだ。」




造る、っていうか造り直してたのか。




「修理のやり方なんてわかったの?」

「全く知らん。魔法で接着してどうにかした。」

「町の人は手伝ってくれなかったの?」

「ああ。向こうからしたら手伝う義理もないしな、当然だ。」




あ、ほんとうに港町にいきなり押しかけて「貸してくれ」って頼んだんだ…。これだとジブンの想像はだいぶ当たってたっぽいぞ。


町の人も、ていよくボロ船を押しつけたのか。モンスターも船も厄介払いできると思ったら本格的な船にしようと修理し始めて、長らく居着いちゃったって感じ?


っていうかコイツ、普通に悪いことしてるじゃん!ボロ船だってどうにかすれば、また町の物として使えたかもしれないのに。


奪い取ったわけじゃないけど、港町の人もモンスターが怖くて思わず譲っちゃったんだろう。港町の人からしたらコイツはかなりジャマだったはずだ。



なんで港町の人はフェガリ城の兵隊さんに話さなかったんだろう。いくらモンスターが怖くたって、町の物を取られたなら勇気を出した方が良いに決まってる。ジブンの村なら絶対そうするのに。



うーん…港町がそんなに大きくないからかな?


昼間の騒がしさにまぎれてお城に行こうったって、コイツに気づかれそうで怖くてできなかったのかも。モンスターは寝なくても平気らしいし、夜に行こうとしても危ないことに変わりないもんな。



お城に行こうとしてるってバレたからには「なんでそんなことするんだ?」って質問攻めにして…町の人が自分の身を売ろうとしていたなんてわかったらコイツ、怒るかもしれないし。



コイツは一日のうち、いつだろうと「何をしてるんだ?」「今日はどこに行く?」とか話しかけてくるタイプだ。

会って数日のジブンにこうなら、港町の人にもこんな感じだったんだろう。変わってるというかウザったい。気も抜けないし。



変なとこだらけだな。モンスターが人間に頼みごとをするのも、世界一周の旅に出たがるのも。


それに、この辺のモンスターにしては人間にべたべたしすぎだ。取り締まりが厳しくなってからは、どんなモンスターもあの辺りから逃げるように住む場所を変えたらしいのに。




「港町の人には船を借りた理由を聞かれなかったの?」

「聞かれなかったな。どうしてだ?」

「船長ってモンスターにしては変わってるからさ。」

「ははは!俺もそう思うよ。」

「ほんとう…?」

「本当さ。俺はこれで良かったと思うがな。」


「どういうこと?」

「船を持てて、ミナライにも会えた。オマエのおかげで旅に出る決心がついたんだ。夢への第一歩が踏み出せたのだ!」

「船がなくても旅には出られるでしょ?」

「いいや、世界は意外と広いのだぞ。船がなくては冒険し尽くせない。」




確かに、そんなヨロイの体じゃ泳げないもんな。船ありきの旅になるのは当たり前かもしれない。




「あの時、なんで船をほっぽり出して村の方に来たの?大事なものなんでしょ?」

「あれだけの揺れと音がしたんだ、そっちの方が気になるさ。船はもう俺のものだから、町のニンゲンも盗りはしないとわかっていたしな。」




人に頼んでおいて「自分のもの」か。モンスターらしい考え方だ。




「かなり揺れたからな…ミナライは本当に大丈夫だったのか?」

「転んじゃったけど、そのあとじっとしてたから何ともなかったよ。」

「それは良かった。故郷はどんな風に消えていったんだ?」

「え…村とは逆の向きに倒れたから見られてない。」

「そうか。捜索の手がかりはないようだな。」




ひどいこと聞かないでよね…。よし、こっちも聞かれたらイヤなこと言っちゃえ!




「ねえ、船長はなんでそんなにキズだらけなの?」

「これか?ちょっとやられてしまってな!」




ちょっとやられて、ってキズには見えないけれど。ヨロイが目に見えてキズだらけになるなんて、よほどのことがあったに違いないのに。

昔、何かあったんじゃないかな。聞いてみようか…。




「港町に来る前はどうしてたの?」

「仲間たちと過ごしていたな。行きつけの洋館に集まることもあった。」




洋館って行きつけになるものなの…?




「そのあと色々あって、ここに来た。なあに、俺の過去など気にするな。これからは良い船長になれるよう、精一杯努めるさ。」

「ああ、そう。」




船長になってからの話はどうでもいいけど、コイツにも思い出したくないことがあるようだった。それも、はぐらかすほどのことが。


表立って隠し事をされると気分が悪い。「おまえには話したくない」って言われたのと同じようなものだ。

それでも、無理に聞き出すのは怖いな。力でねじ伏せられたら勝てっこないし。



…そうだ、コイツは戦えるじゃないか。自分のお付きの「ミナライ」にする人間なんて、いくらでも作れたはずなのに。どうしてジブンを?


もしかして、ジブンが子どもだから「ミナライ」にしたのか?子どもは暴れても簡単に取り押さえられるから。ジブンは「ミナライ」としてちょうど良くて、そのためにジブンの村を?


いやいや、ヨロイノボウレイはそんなに頭が良くないモンスターだからそんなことはできないか。



それに、わざわざジブンだけを狙ってそこまでする理由がない。港町にもジブンと同じくらいの歳の子はいたし。その子たちを「ミナライ」にすれば良かったのに。


ああそっか、その子たちのそばには家族がいるんだ。船長に会ったときのジブンにのそばには家族がいなかった。モンスターの誘いを止めてくれる人がいないんだ。


お母さんなら、船長からの誘いを断ったにちがいない。酔っぱらいの大人たちからも守ってくれたくらいだもの。



やっぱりジブンは、モンスターに言いくるめられたのか?頭ごなしに「ダメだ」って言ってくれる人が近くにいなかったから。お父さんもお母さんも、友達もみんないないから。


ぞっとして、涙が出てくる。くそ、だめだ。こんなところで泣いてたら。



「ミナライ!?どうした!」



ほら、こうやって船長が来るから。


・・・


「仕事は順調か?頑張れよ!」

「ああ、はいはい…。」




船長の大きな声と、船員の面倒くさそうな声が聞こえてくる。横目で見ていたら、船長はジブンとは別の方に歩いて行ったのがわかった。

ふう、ひと安心だ。



ジブンはずっと船長とふたりきりの時間を耐えてきた。この船にモンスターが増えたときは、新しい船員の教育でアイツがジブンに構う時間が短くなるって期待した。


確かにその通りにはなったけど、船員までジブンに絡んでくるとは思ってなかったからびっくりした。

「また間違えた、船長に乗せられた」って、今も凹んでる。



船員が増えて、一人きりになれる時間がかなり減ったから泣こうにも泣けなくなった。船のどこに行っても誰か一匹は絶対にいる。泣いてるところなんか見られたくない。それも、モンスターになんて。



しかも船員には揚げ足を取ったり悪口を言ってきたり、性格の悪いヤツが多いから泣きたくなることが増えた。そのくせ泣けないっていうイヤな一日が繰り返されている。


泣いてるところを見られるだけならまだしも、アイツらはそれに加えてバカにしてくるからイヤなんだ。



ここにいると、次から次にイヤなことが起こる。

船員たちも船長ほど不気味じゃない。船長には「言い返したら何かされるかも」っていう怖さがあった。


船員も怖くはあるけど、アイツらは口が悪いだけの面倒くさがりだ。こっちも平気で言い返せる。仕事どころかおしゃべりも面倒くさがるくらいだし、やり返して来ないでしょ。



さっきも思った通り、船長の怖さに耐えるのと、数が増えてからのイライラに耐えるのとどっちがマシかって言われたら今の方を取る。

今も十分ヤな毎日だけど、一人で船長の不気味さに耐えるなんてたまらなかったから。



ほんとうに、よく耐えた。船長がすぐに「船員を増やそう」って言ってくれて良かったって今は思う。


「ミナライと旅に出かけるぞ!」みたいなことを言っておきながら、すぐにふたりきりの旅に飽きたテキトーさはモンスターらしいけど、話がコロコロ変わるヤツがこの船の一番だと思うと怖くなる。



船長からとにかく離れたかったのに、一人きりにさせてくれない船長が怖かった。今は放っておいてくれる時間が増えて良かった。


だけど、安心したのも少しの間だけだ。今度は船員との生活に困り始めている。アイツらはなんというか…船長から逃げるための風よけとして使うには、性格が悪すぎる。



今度は船員との過ごし方を考えないと、船長とふたり旅の時と同じくらい苦しくなってしまうかもしれない。

やっぱり、着いていくんじゃなかったな。全部自分でやらなきゃいけなくて、疲れちゃう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る