第14話 支援者(サポーター)

 登校二日目。


 初日は扇木さんと一緒だったけれど、今日からはひとりで登校だ。


 駅の改札口を抜け、歩きながらふと思う。


 碌に電車も乗ったことがない私が毎日通学で使うことになるなんて一年前の俺じゃ想像もつかない。しかも女装付きだよ。何してるんだよ! って過去の自分が知ったら怒鳴られること間違いない。


 でも、やりたくなくてもやらなきゃいけない事があるんだ。過去の俺よ。それが女装さ。


 女装しただけで大金が転がり込んでくるんだぜ。しかも高校に通えるときたもんだ! どうだ過去の俺よ。もうすぐお前にもその選択が迫られるんだぜ? 一年後待ってるぜ!


 ……ううっ。何やってんのよ。


 過去の自分にドヤった所で今の状況は変わらないのにぃ!


 はぁぁ、涙出てくるわぁ。あっ、電車来た。


 全くもって一向に気分が晴れない。昨日はバレなかったけど、今日はバレるかもと思うと不安になる。


 だってさぁ、今もなんかこっち見る人多いんだよ。昨日も見られてたけど、昨日は扇木さんと一緒だったから扇木さんを見てるんだと思ってたんだよ。


 今日も見てる人がいるって事は私の何かがおかしいからでしょ? そう考えると女装してるってバレてんじゃないの? カツラを被った人にカツラですか? って聞けないみたいな感じで遠巻きに見てるんだわ、きっと。


 あーもう、どうすればいいのよ!


 朝から不安に陥る私であった。


 余談であるが見られているのは単純に沙月が美人だからなのだが、本人は知るよしもない。



 改札を抜け、不安な気持ちを引きずりながらも大和黎明高校の正門を潜る。


 思考がぐちゃぐちゃになっているが、修練の成果により歩く姿勢は淑女そのもの。やっててよかった特訓である。


 まだ起こりもしない事にぐちぐちと考えを巡らせていると、ぽんっと肩を叩かれた。


 意識外からの肩ぽんに身体がビクッと反応する。


 振り向いた先にはクラスメイトの斜め前の席の桃原あいかさんがいた。


「おはよ〜、って、だ、大丈夫? 顔色が悪いよ?」


「おはようございます。大丈夫ですけど、そんなに顔色良くないですか?」


 ネガティブ思考が顔に出ちゃってたかぁ、これはまずい。意識を変えなくちゃ。


「もとが色白なのにさらに白くなってるよ! 私が保健室に連れてってあげる!」


「あっ、いえ。保健室に行くほどではないですから大丈夫ですよ」


 断ったけど、沙月ちゃん身体弱いんだから無理しないでいいから。って言って半ば強制的に保健室へ向かうことになった。


 ……まいったなぁ。


 善意からくる行動がチクリと胸に刺さる。本当はすこぶる健康なんですよ私。


 ……病弱設定ぇぇぇ!



「せんせ〜いる〜??」


 保健室に着くと、あいかさんはとても大きな声で呼びかける。昨日の追いかけっこもそうだけど、元気いっぱいの女の子なのかな?


 あいかさんの呼びかけに応えるようにパーテーションで仕切られている奥の方から声が聞こえた。


「はーい、今行くわ」


 少し待っていると白衣を着た女性が出てきた。


「おはよう、朝からどうしたの? って沙月ちゃん!?」


 私を見つけた先生がすこし驚いた声を上げた。


「あれ? 先生は沙月ちゃんの事知ってるの?」


「えっ、えぇ、昨日会ってるのよ。ほら、沙月ちゃん病弱でしょ? その関係でね」


 ……あー、この人平気でうそついてるわー。


「なるほど、そうなんですね。じゃあ話が早いです! 具合悪そうなので診てもらっていいですか?」


「わかったわ。沙月ちゃんは先生が診るから、あなたは戻っていいわよ」


 あいかさんが、このことは白川先生に言っておくね。って言って保健室から出ていった。


 そして私と保健室の先生の二人きりとなる。


「……井草さん、さっきぶりですね」


「そうね、約一時間前ってところかしら。学校では井草先生って呼ばなきゃだめよ? それより一緒にいた女の子の話だと具合が悪いって言っていたけど本当? 問題ないと判断して送り出したつもりだったのだけれど」


 ゔっ、井草さんが心配してる。


「あー、えっとですね。具合はどこも悪くありません」


 真意を確かめてるのだろう、私のことをじっと見つめる井草さん。


「……とりあえず問診するからこっち来て座りなさい」


私は、はい。って応えて井草さんが腰掛けた前にある丸椅子に座る。


 井草さんは扇木さんの会社に勤めている人で、私達と同じマンションに住んでいる。医療分野に造詣が深く私の主治医でもある人。


 医師免許を持ってるらしく医者にもなれるというのに、どうしてか扇木さんの会社にいるのだ。


 頭がいい人の考えは一般的思考しか持ち合わせていない私ではどうにも理解できない領域の人が多い。特に扇木さんはマジでわからん。


 井草さんから今朝も日課である健診を受けて問題なしと判断してもらっている。


「……で、どうして保健室に来る事態になったの?」


 この人に虚言を言ったらどうなるかわかる私は素直に話す。


「周りに女装がバレているのでないかと不安になってしまっていて、気付いたら顔に出ていたようです」


「まぁ、そうだったのね。その姿で外に出たのはまだ数回しかないから不安になる気持ちは理解できるわ。でもね、私達が育てた沙月ちゃんはどこに出しても問題ないレベルなの。私の言葉、信用できない?」


「いえ、そんなことないです!」


 井草さんは私のメンタルな部分も担当していて、女の子になる過程でかなりお世話になったのだ。


「自信を持ちなさい。あなたは立派なレディよ」


 両肩をガシッと掴まれ激が飛ぶ。井草さんの力強い目力に心が引き締まる。


 そうだ! 私はあの地獄のような特訓を乗り越えてきたじゃないか! それに井草さんが大丈夫って言ってるんだから大丈夫だ!


 そうだよ、そう簡単にバレるわけがないんだ! 何を恐れていたんだ! 私は沙月よ!!


 みるみるうちに不安な気持ちが自信へと変化していく。


 私は、はい! って返事をすると、井草さんはひとつ頷き、もう大丈夫だね。って微笑んだ。


 自信を取り戻した私は意気揚々と保健室を後にした。




「……はぁ。二日目でこれじゃあ、先が思いやられるわね。もっと強くコントロールしなきゃ。……それと監視を増やしたほうがいいわね」


 保健室にひとりになった先生がぼそりと呟いた。



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お読みいただきありがとうございます。

数少ない支援者のひとりですが、当然この人も曲者です。

次話もお読みいただけると喜びます。

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