第10話 学級委員長

 あっという間に本日の授業が終わり、ひとり安堵した。夏休み明け初日は午前のみのスケジュールだったようだ。


 私が男と疑われていないかビクビクしていたが、今のところなんとなく大丈夫そう。ただ使用するトイレが女子トイレなので抵抗というか、うしろめたいというか……全く慣れない。


 さて帰ろうかなと席を立ち上がったと同時に声がかかる。


「東雲さん。授業も終わったことだし約束通り校内を案内するわ」 


 あっ、そうだった。学級委員長の長瀬さんが案内してくれるって言ってた事すっかり忘れていたよ。


「……もしかして忘れてた?」


 ゔっ、見抜かれてる!? 


「冗談よ。さ、いきましょ」


 うふふと笑う長瀬さん。……意外にお茶目なのかな?


 はい。って返事をして手に持ったバックをもう一度戻そうとすると、そのまま帰れるルートで案内するから帰り支度でお願いされた。初日の今日の持ち物はバックしかないのでそのまま手に持って帰り支度は完了。


 長瀬さんも当然帰り支度を済ませてあるらしく、ふたりで教室を出た。


「沙月さんは身体が弱いのよね? この学校の敷地広いから全部見て回るには体力必要だから、今日は主要な所を案内するわね。もし具合が悪くなりそうだったらすぐに言って。あと見たい場所や気になる所があったら言ってくれたら案内するわ」


 廊下に出て歩き出してすぐに眼鏡をきらりと光らせる長瀬さん。


「あと呼び方は東雲さんでいい? それとも沙月さん?」


「えっと、長瀬さんの呼びやすい方でいいです」


「んーじゃあ沙月さんって呼ぶわね。私も下の名前で呼んで」


 長瀬さんの下の名はたしか美里だったな。ここで嫌だって言えないし、しょうがないか。


「はい、では美里さんと呼びますね」


 にこりと微笑んで応えてみた。


 ……


 ん? なぜそっぽを向くの? えっ? この応え方はだめだったのか?


「ん、ごほん、あ、歩く速度は早くない? もう少し遅くする?」


 美里さんが病弱設定な私を気遣う。


「気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。はじめはどこに向かっているのですか?」


「今向かっている場所は講堂よ、この学校は外部講師の方が多いからよく利用するの。今日は使用しなかったけどほとんど毎日のように足を運ぶことになるの。大きさが違う講堂が二つあって講師の内容によって講堂が変わるから注意が必要よ」


 じゃぁ教室はいらないのでは? って聞いたら先生の授業は教室なんだって。一応外の人間の立ち入れるエリアを制限しているらしい。


 ……普通に理事長室まで行った扇木さんは何者なんだろね。


 美里さん曰く、外部講師の授業はとても面白いらしい。社会の中で揉まれた講師は会話が上手な人が多いようで教科書では伝わりづらい内容も経験に基づいて説明してくれるのでとても良いとの事。美里さんは文系らしく理系科目に苦手意識があったのだけれど、克服は出来ないまでも苦手意識は前より無くなったって。


「でも、苦手な講師がひとりいて、その人の話は頭に入ってこないの。いけないと分かっているのだけど、どうしてもだめなの。私の周りもあまり好きじゃないって声も多いし」


 へぇ、意外。今日初めて会った私のお世話が出来る美里さんは精神的に大人だと思ってた。


「その講師の方は美里さんや他の生徒も嫌がるような授業をするのですね」


「授業内容はそうではないの。その、雰囲気というか独特のオーラというか、人格というか……特に不潔ってわけでもないのよ、特別な理由は無いようで有るような……とにかく受け入れられないの」


 これはあれか。生理的に無理ってやつか。人の好き嫌いは誰にでもあるにしても本能的に拒否反応が出るとは。なかなかの講師のようだ。


「まぁいろんな大人がいますから。中には受け入れられない人もいてもおかしくはありませんよ」


 俺だって夜の仕事をしていた時にいろんな大人を見てきたからね。頭がぶっ飛んだ大人、例えると扇木さんかな。あと扇木さんもいたな。あーそうそう扇木さんもいたっけ。そんな人の理念は普通の私では理解できない。ちょっと話しただけでその異常性が垣間見えて怖い。扇木さんと初めて合ったときに口にしたベルベット様が未だに解明されていない。


 聞けばいいと思うでしょ? 嫌だよ。だって聞いたら後戻りできなそうだし。


 でも私はそんな扇木さんが嫌いじゃない。……本当だって!


「そうなんだけど、私の周りにはあのような大人の方はいなくて……講師が出来るんだから優秀なのは間違いないはずなのに」


 美里さんは真面目だなぁ。生理的に無理な人でも懸命になって受け入れようとしてる。今もあーでもない、こーでもないって肯定しようと必死だし。


「うふふ」


 その姿を見てたらなんだか可笑しくなって笑っちゃった。


「美里さんは真面目なんですね」


「よく言われるわ。自分じゃわからないけどね。それよりなんで笑ったの?」


 少し目を吊り上げる美里さん。


「えーと、美里さんが考えてる姿が可笑しくて、あっ、馬鹿にしてるんじゃなくて、その、嫌いな事もちゃんと向き合って考えてるから可笑しく、ってじゃなくて、真面目な人が逃げずに挑戦してる姿が可愛くて微笑ましいみたいな? ってそんな上目線な考えじゃなくて――」


 話せば話すほどあさっての方向になってしまう。


「ふふっ、沙月さんって意外にユーモアがある人なのね。別に怒ってたわけじゃないから心配しないで。ちゃんと伝わってるから」


 知的な目を笑顔に変える美里さんはクールビューティーだけど優しさが溢れた目を向けてきた。なんとなく恥ずかしくなって目を背け、小さな声ではい。って返事をしてしまった。


 少しの間二人の歩く音だけが響き、ゆっくりとした時間が流れる。


「もう少しで講堂に着くわ。講堂のエリアは床が絨毯になるの。ほら、あそこからね」


 伏せていた目を前に向けると今歩いている床がきれいな絨毯に変わっている。


「あのダマスク柄の絨毯が敷かれている所がすべて講堂エリアになるの。この絨毯が敷かれている所は外部の人もいるって言いかえることもできるわ」


 なるほど、床の種類でエリア分けしているのか。外の人間の立ち入り制限にも利用していると。他のエリアもそうなのかな? まぁそのうちわかるか。


 講堂エリアに近づくにつれて冷たい空気が肌を撫でる。すごく冷房が効いてそうだ。


 講堂と校舎をつなぐ渡り廊下は二階にあり大きな窓によって外の景色がよく見える。


 雑多な建物の隙間から覗く空は晴天で今日も暑そうだ。


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お読みいただきありがとうございます^ ^

委員長は真面目な人しかなれません!

次話も是非お読みいただければ幸いです!


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