第8話 初対面
「私が貴女のクラスの担任の白川よ。これからよろしくね」
「東雲沙月です。体調は良くなっていますが、もしかするとご迷惑をお掛けするかもしれません。よろしくお願いします」
俺は前もって用意した受け応えをする。
病弱であることを公言して何か不具合があった場合にいつでもその場から離脱できる環境を作るためだ。
ちなみに名前を颯紀から沙月にしたけど、呼び方は同じ"さつき"だ。漢字をいじったのは颯紀より沙月の方が女の子っぽいと扇木さんの案が採用されたから。
俺としても漢字が違うことで心を切り替えることが出来た。役者や俳優が演じる役になりきるための起動スイッチのように、俺も沙月という役になりきるのだ。
「ええ、内容は履歴書からと理事長の話しから聞いています。できる限りフォローするつもりだけど、体調は本人が一番良く知っているから異変を感じたら近くの大人を頼って」
俺はありがとうございます。って返事をする。実際のところ体調はどこも悪くなく、すこぶる健康なわけで……先生すみません。
「貴女の復学についてクラスの生徒は全く知らないわ。それどころか貴女がいることも知らないでしょうから、転校生と同様に始めに挨拶をしてもらうつもりでいるから」
まぁ、当然ですね。一度も登校していない設定だから。そもそも俺は入学試験すらしていないわけだし。
しかしよくこんな訳がわからない設定が通るもんだ。うそも堂々としてれば立派に見えるもんなのか?
いや、扇木さんの会社の裏工作が完璧と考えるべきだな。理事長が味方といえ、架空である"沙月"を創り生徒としてねじ込む力に恐怖を感じる。
……はぁ、どっぷりと浸かった今じゃもう何をするにも遅しだわ。願わくば弟妹が幸せであってほしい。
「――という流れになるから、今日一日は気楽に過ごして問題ないわよ」
おっと、変なこと考えてたら白川先生の話が耳に入っていなかったわ。とりあえず、はい。って答えておく。
白川先生の足が止まった。入口の表札を見ると"1-C"となっている。どうやら目的の教室に着いたようだ。
「先生が先に教室に入って貴女の事を呼ぶからそのタイミングで教室に入ってきて」
俺は、はい。って言って扉の入口近くの壁に背を向ける。
俺の姿を見た先生はひとつ頷いてから教室に入っていった。
……ここから始まる俺、いや"私"のストーリー。華麗に舞い踊ってみせるわ!
「――沙月さん入ってきて」
教室の中から私を呼ぶ声が聞こえた。
扉に手をかける。小刻みに震える手を見てすこしだけ動揺が走る。
……わかっていたことじゃないか、今更だぞ。
私なら……出来る!
はぁぁと息を押し出す。
私は東雲沙月……よし!
震えが止まった手で教室の扉を開く。皆一斉に私を見てくる。
逃げ出したい気持ちを抑え、できるだけゆっくりと歩く。背筋を伸ばし歩幅を小さく、そして淑やかさを意識して。
「では皆さんに紹介します。まずは自己紹介から」
「はい、
簡単な自己紹介をした後にお辞儀をすると肩まである髪が周りの視界を遮った。そのおかげで皆の視線が少しの間だけ見えなくなった事がありがたかった。
ちなみに私の髪は扇木さん秘伝のひとつを使用しているため艶がある。
幸か不幸か貧乏生活の時は床屋に行くお金がなかったもんだからアルバイトを始める前の頃には後ろで縛れるくらい髪が伸びていた。今は肩のあたりで髪を調整できているのだから、今となっては幸なのだろう。
生徒達に私はどう写っているのだろうか。ちゃんと女の子に見えているか? 扇木さんは大丈夫って太鼓判押してくれたけど、同世代は違うかもしれない……。
「沙月さんは今まで体調不良で自宅療養していましたが、今日から復学します。みなさん仲良くしてあげる事。では沙月さんの席は後ろに空いてあるところね」
はい。って言って後ろの空いている席に移動する私。
……しかし誰も何もしないのね。こう自己紹介が終わった後は拍手とかノリのいい生徒がよろしく! とか言うのが定番だと思ってたけど……違うの?
すんなり席に着いた私はそんな疑問を抱く。が、斜め前の席の女の子がよろしくね。ホームルーム終わったらいろいろお話させて。って声をかけてきた。
どんな事を聞かれるのかに意識を持っていかれ戦々恐々となる私であった。
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お読みいただき感謝いたします。
女装がバレないように必死です。
次話も読んでいただけたら嬉しいです!
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