第1話 忘れられない想い 3/3

 マコちゃんはマコによく似ている。

 それは見た目の話だけじゃなくって。声もまた、よく似ている。


 だからマコちゃんが、その顔で、その笑顔で、私をそう呼んだなら。

 自分が一体どうなるのかなんて……。


「────ご、ごめんなさい」


 我を忘れそうになって、でもすんでのところで理性が働いた。

 今にも泣きつきそうになった気持ちをぐっと堪え、私は手を引っ込めようとした。

 けれど、そんな私の手をマコちゃんはぎゅっと握る。


「いいんだよ、それで」

「え……?」

「私のこと、その子だと思っていいんだよ。こうして会っている時は」

「でも、それは……」


 こうしてマコにそっくりな子と毎月のように会っている身で言えたことではないとわかっている。

 それでもやっぱり、人に他人を重ねることは良くないことだと思う。

 それを自分の中だけじゃなく、あからさまにするなんてことは、例え良いと言われたって……。


「もちろん、無理にとは言わないよ? アリサちゃんが良ければ、だけど。でも私たちってある意味、そのためみたいなところあるから。もし私に気を使ってるなら、別にいいんだよ」


 臆している私の背中を押すように、マコちゃんは優しい口調でそう言う。

 そうやってやんわりと私の気持ちを促してくるところまで、なんでそんなにそっくりなのか。

 私の思い込みが都合のいいように解釈しているだけなのかな。

 こうしてマコちゃんといると、マコと同じように甘えてしまいたくなる自分がいる。でも。


「ううん、ありがとう。でも、いいの」

「そう? アリサちゃんがいいならそれでいいけど」

「マコちゃんとは今までの感じがとっても居心地いいから。このままでお願い」

「うん、わかった」


 できる限りの平静を装ってそう伝えると、マコちゃんは穏やかに頷いた。

 きっと良かれと思って言ってくれたことで、多分そういうことを望む人は多いんだろう。

 でも私の場合、それだけでは済まなくなってしまうだろうから。

 現に今、動揺が隠せている自信がない。


 もしあれをデフォルトにしてしまったら私は。

 マコちゃんを通してマコを見ている、という前提を忘れてしまう。


「でも一応これだけ」


 私のことをまっすぐ見つめて、マコちゃんは言った。


「私、ホテルコースもOKだから。もしその気になったらそっちでもいいからね」

「!?」


 気持ちを落ち着かせるために口に含んでいたアイスティーを、まるで漫画のように吹き出しそうになった。

 もちろんそれはギリギリで堪えたけれど、変な飲み込み方をした私は下品に咳き込んでしまう。


「だ、大丈夫!?」

「だい、じょう……ぶ……ご、ごめんなさい……」


 慌てて身を乗り出すマコちゃんに、私はぜぇーぜぇー言いながら応えた。

 考えてもいなかったことが急に飛び込んできて、さっきとは違う意味で動揺が隠せない。


 私がマコちゃんと会うために利用しているお店では主に、デートコースとホテルコースの二種類がある。

 デートコースは駅などで待ち合わせをして、食事や遊びなど、女の子とのデートを楽しむ、いわばレンタル恋人サービスみたいなことができるもの。

 ただそれとは違って、キスや少し進んだスキンシップができる場合もあるみたいだけど、私はそこまでしたことはない。


 ホテルコースは、まぁある意味風俗としてはこっちがメインで、ホテルに女の子を呼んでえっちなサービスをしてもらうものだ。

 キャストの女の子によってこっちのコースに対応しているしていないがあるみたいで、マコちゃんはしているらしい。


 私は実のところ、マコに恋をしていたけれど、じゃあ性的嗜好が女性なのかと問われると自分でもよくわからない。

 もちろん高校生だった頃は思春期だったということもあって、そういうこと自体に興味はあったし、好きな人であるマコとの行為を妄想したことだってあるけれど。

 でも、私がこのお店を利用しているのは、マコちゃんと会っているのは、そういう目的ではないから……。


 それに当然といえば当然のこと、ホテルコースはデートコースよりも料金が高い。

 薄給の私が月に一度のペースで会おうと思うと、そっちはなかなか……。

 いや、デートコースは食事や交通費、その他デート中の費用はお客わたし持ちだから、トータルコストはこっちの方が上になるだろうし、これは言い訳にならないか。


「いいの、いいの、ありがとう……。でも本当に、今まで通りで、これからも……」

「うん、そうだね」


 自分でも今何が心を乱しているのかわからなくなりながら、私はモゴモゴと答える。

 そんな私を心配そうに微笑みながら、マコちゃんは素直に頷いてくれた。


「ごめんね、私今日変なことばっかり言っちゃって」


 その後しばらくはいつも通りの楽しいおしゃべりに戻り、お店を出た帰りがけの道中。

 マコちゃんは私の腕に自分の腕を絡めながら、少し申し訳なさそうに眉を下げた。


「もう会いたくなくなっちゃった?」

「そんなまさか。いつだってマコちゃんと会うのは楽しいよ。私の人生の唯一の癒しなんだから」

「ホント!? やった!」


 パァッとした笑顔へとすぐに戻って、マコちゃんは小さく飛び上がった。

 こうやってコロコロ表情が変わるところなんかも、またよく似ている。

 いろんなことに一喜一憂して笑ったり泣いたり怒ったり。マコは私にいろんな顔を見せてくれた。

 私しか知らない顔がいっぱいあったんだ。


「マコちゃんは甘え上手だね。末っ子みたい」

「あ、あったりー! 私末っ子なんだぁ。お姉ちゃんがね、一人いるの〜」

「へぇー」


 なんだ、そこはマコとは違うんだ……。いやいやこれは失礼でしょ。

 マコはお姉ちゃんだった。反対に妹が一人いた。

 それなのに私にはベッタリの甘えちゃんで、そんなんでちゃんとお姉ちゃんできてんのってよく言ってたっけ。

 妹ちゃんとは少し歳が離れてたから、なんだかんだと会ったことはなかったなぁ。


 色々なところがマコとそっくりなマコちゃんだけれど、実はもう一つマコとは違うところがある。

 それは年齢。お店のサイトのプロフィールだと、マコちゃんは私たち、つまりマコより三つ年下の二十四歳となっていた。

 確かにマコちゃんは私よりも少し年下感のある女の子だ。甘え上手な性格だからそう見えるのかもしれないけれど。


「アリサちゃんは? 兄弟いるの?」

「ううん、私は一人っ子なの。でも、甘えん坊の相手は慣れたもんだよ」

「そうなんだ。じゃあこれからもいっぱい甘やかしてもらおーっと」


 そう言ってぎゅっと私の腕を抱きしめるマコちゃん。

 そんなあどけない仕草に私は素直に心揺さぶられて、デレっと表情を崩してしまっていることに自分でも気づいた。

 まぁ抱きついてきているマコちゃんには見えてないだろうからセーフ。あぁかわいい。


「あーん、もう駅着いちゃった。あっという間だね」

「うん。本当はもっと長く一緒にいたいんだけど、私の稼ぎじゃなかなかね……」

「無理しないで。こうやって定期的に呼んでくれるだけでも、私すっごく嬉しいんだから」


 当然のことながらデート時間が長くなればなるほど料金は高くなる。

 デート中の費用のことも考えるとどうしても二時間のコースが限度で、これ以上になると毎月は苦しくなってしまう。

 しょんぼりとする私の頭を、マコちゃんはちょこっと背伸びをしながらポンポンと撫でてくれた。うれしい。


「今日もありがとう。すっごく楽しかったよ」


 ぎゅっと抱きついてきながらそう言うマコちゃん。

 駅に着いてハグをしたら、それはもう終了の合図だ。

 でも、いやだからこそ、愛おしくて私も強く抱き返す。


 そしていつも通り、最後はちょっぴり事務的なやり取り。

 お金を渡して、マコちゃんはお店に終了の電話をかける。

 それが終わればまたねとバイバイする。

 寂しいけれど、でも仕方のないこと。


「アリサちゃんっ!」


 スマホをしまうと、マコちゃんは唐突にもう一度私に抱きついてきた。

 お別れのハグはもうしたのに、と思いながらもそのサービスをありがたく抱き留めると、マコちゃんは私の腕におさまりながらちょこっとつま先を伸ばして。

 そして、私の頬にそっとキスをした。


「へ……?」

「じゃあまたね! バイバイ!」


 完全な不意打ちに硬直する私からシュルッと抜け出して、マコちゃんは照れくさそうに微笑んだ。

 それから私がリアクションをとる前にニコッと明るい笑顔に切り替えて、元気よく手を振って歩き始めてしまう。

 そんな彼女に私は何も言うことができなくて、ただその小柄な背中を呆然と見送った。


 頬に押し付けられた唇の柔らかな熱が、ジリジリと私を焦がす。

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