タイトルはまだ考え中で()

家庭菜園きゅうり。

青色プロローグ

 ここは小さな小さな集落。監視砦という名前の高台を中心に、木の柵で囲われた小さな集落。

 控えめに立ち並んでいるいくつかの家は、近くの森からとられた木材でできている。その温かな雰囲気が、私は大好きだった。

 外に出れば挨拶をしてくれるあのお婆さんも、畑でにこにこしながら作業をするあのお爺さんも。目に見える全てが温かい。

 いつも通りの日々。幾度も繰り返される季節。

 その平凡な全てが私の幸せで、これ以上ないくらいの楽しさで。

 学舎に通っては何人かの友達と知識を増やす。少しでも嬉しかったことがあれば家族へ報告する。

 そんな小さな幸せが、ずっと続いてほしかった。


 本当に、それだけだった。


 いつも通りの日常を過ごし、寝床に入る。うとうとと微睡んで、そのまま夢へと直行する。

 二時間ほど眠っただろうか。

 ガンガンと鳴り響く警鐘の音と大人たちの怒号で叩き起こされた。

 「起きてセレネ…!!」

 「なに、なにが起きてるの…?」

 母親に揺すぶられて意識が覚醒するとともに、外の音も少しずつ聞き取れるようになった。

 逃げろ。危ない。死にたくない。そんな必死の言葉に紛れる銃声。

 バチバチと炎が燃える音。野太く叫ぶ低い声。

 「落ち着いて聞いて、」


 「山賊が出たわ。」


 山賊。そう聞いて、言葉を失った。

 じゃあこの集落はどうなるんだ。こんなに幸せだった日々は、あんなに楽しかった日常はどこに…?

 慌てて外を見ると、そこには惨状を残して炎が全てを蝕んでいた。

 走って逃げ回るよく知った顔。転がった顔もわからなくなった血まみれの痛々しい死体。

 もう戻らないのだと、二度とあの生活は送れないと、悟ってしまった。

 玄関から聞こえた、男性にしては高めの声。怒鳴るような、諭すような、悲痛な叫び声だった。

 やめてくれ、そんな風に聞こえた後に、何度か銃声がなった。

 「お父さんっ…」

 声にならない声を上げた目の前の母は、膝からとさりと崩れ落ちた。嗚咽をこぼしては飲み込もうとし、それでも抑えられなくて溢れ出す。

 私はもう、どうすればいいかわからなくて、怖くて、震えて声も出なかった。

 そんな時、母はどうにか嗚咽を抑えて言った。

 「逃げなさい、セレネ。」

 普段の気の強い母からは想像ができないくらい弱々しく震えた声だった。

 「お母さん…?できないよ、置いてくってことでしょ…!?」

 「いいの、私は…」

 言葉に詰まる母に、私は俯いた。そして気づいた。

 母の血だらけの脚に。

 切り裂かれた母のズボンから見える皮膚は赤く焼け、そのうえの傷から染み出した血液が滲み出る。

 「わかった?逃げるのよ。」

 「っでも…!」

 ドンドンと扉が叩かれる音。もう、時間がない。

 「早く行きなさい…!!」

 私は、踵を返して窓から飛び出した。

 最後に見た母の顔は、少し寂しそうな、でも微笑む優しい顔だった。

 苦しいくらいずっと走って、走って、走って…

 気づいたら日が昇ってあたりは明るくなっていた。

 足の痛みが酷くて、目が乾燥して視界がぼやけて。

 焼き払われた集落で学んだここはきっと城下町だ。

 路地裏と呼ばれるそこに背中を預けるようにして座った。

 私は、見捨てた。見殺しにしたのだ。

 母も、あの家も、他の住民も、あの集落そのものも。

 全て、全て、全て、全て、全て。

 あの小さな幸せのかたまりとは、永遠に巡り会えなくなってしまった。

 罪悪感と、悲しみと、怒りと。

 たくさんの感情が交錯して、混ざって、ぐるぐると回って、私は泣くことしかできなくなってしまった。

 そのまま暗くなっていく視界に抵抗する術もなく、身を委ねた。


 このまま死んでしまうとしても、それでもいいや、なんて。

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