27 エルフ、道具を作る
日照時間が短くなってきた秋の昼。焼きレンガの家の中、ひとりで乳鉢を持って薬草をすりつぶしている。
シロガネは外で哨戒ついでに狩りをしている。なんせこの作業で俺はポーションやアンチドートに使う薬草だけではなく臭い玉に使うためのニンニクもすりつぶす予定だからだ。俺がホワイトウルフの群れの襲撃に備えるための道具作りを始めると分かるや否やシロガネはそそくさと外に逃げ出していった。
画面の向こうの視聴者に向かって、けれど手元から目は離さずに話していく。
「予定していたけれど延び延びになっていた道具作りをしていくよ。今回は主に回復剤――丸薬だね。あと解毒薬、あとは栄養剤と状態異常予防の耐性剤を予備分も含めて作っていくつもり。あとはホワイトウルフ対策としてニンニクを使った煙玉を作製しておくよ」
『だからシロガネがサッと逃げたんだ』
「そういうこと。あいつ、やけに勘が良いよね」
『ツーカーの仲なんだね』
「まあ、最近はあいつの言いたいこともなんとなく分かってきた。なんとなくだけどね」
〈精神感応言語〉とやらのおかげかどうかは分からないが、あいつの快不快くらいはおおよそ分かるようになってきた。メシをくれ、これが好き、これが嫌い、風呂に入らせろ、今はイヤだ、などなど……。たまにだが人の言葉で聞こえることもある。そういうときは例外なく妙に冴えている。
「で、あいつの知らせによるとホワイトウルフたちが徐々に拠点付近に現れるようになってきた。時間的余裕もなさそうなので戦の備えをしようってワケ」
『でもなんで〈錬金術〉の工程を再現しているの?』
『それをすっ飛ばせるのが〈クラフト〉の強みじゃない?』
「うん。出来るんだけれど、こうしてある程度手作りでやることで製作に必要な魔力を削っているんだ。以前、レンガの家を建てた時は魔力欠乏で倒れたでしょ? 今回それが起こったら間違いなくホワイトウルフの胃の中だからね」
あとは作製の手順を忘れないためにもやっている。〈クラフト〉は作成法が鮮明であればあるほど消耗が少ないし、質も高くなる。能力を錆び付かせないための定期的なメンテナンスと言ったところである。
乳鉢に入れた薬草を乳棒ですりつぶ終えると、中身をボウルの中に入れて蜂蜜と混ぜ合わせる。そうして繋いだあとに製剤――カットしたものが丸薬となる。このカッティングの工程は時間がかかる割に魔力消費は少ないので〈クラフト〉で終わらせておく。
『回復アンプルは作らないの?』
「作れない。針と容器が地上じゃないと手に入らないからね。でも
『自信なさげ~』
「アンプルは刺せば摂取できるけれど、丸薬は飲まないとダメだからね。即効性が気になるかな」
かみ砕けば即座に回復が始まるが、どちらにせよ経口摂取なのは変わらない。針で刺して即座に回復できるという手軽さが失われたのは個人的にはとても大きかった。やっぱプスッと刺してサクッと治るのがいいんだってー。
あと必要なのは煙玉だ。
コイツは
簡単なものではプラスチックで作れたりするのだが、今回は燻すと煙がよく立ち上る草を乾燥させておいたので、そいつにニンニクなどを織り交ぜながらピンポン球くらいのサイズにして作製していく。
試しに着火をして窓から森に投げ込むと良く周囲に煙が充満していった。実験は成功である。
ちょうどシロガネが用事を終わらせたのか拠点に戻って焚き火の前に座ったところだったが、ニンニク混じりの煙玉がシロガネの向こうに投げ込まれたのを見て勢いよく立ち上がっていた。彼は渋い顔でこちらを見遣り、またニンニクを扱ったのかとでも言いたげにしている。
そんなシロガネに対して、俺は井戸水と石鹸で手からニンニクの臭いを落とすことで対話をしようと試みる。
「今日はシロガネにプレゼントがあるんだ。なんだと思う?」
「……ワウ」
興味ないね……と低テンションである。落ち着いているところを邪魔されたからね、ごめんよ。
〈ストレージ〉からボトルタイプのスプレーを取り出す。ゆっくりとシロガネに近づけて、説明をする。
「こいつは虫除けスプレー。これを振りかけるだけでしばらくは虫が寄ってこなくなる。ちゃんとお前に優しい素材でできているから、匂いも心配ない……はず!」
一吹きだけ俺の手首に吹きかけシロガネに嗅がせて見ると、彼は納得したのかぐるぐると俺の周りを回って「吹きかけろ!」と全身で主張しはじめる。
「こらこら、もう一つプレゼントがあるよ。今度は薬用ソープ、同じく虫除けの効能を持つやつだけど、なんとこっちはお前の好きな香りを調合しておいたんだ」
「バウバウ!」
「おいおい、顔を舐めるなって」
喜びのあまり興奮したのかじゃれかかってこちらの顔を舐めるシロガネ。それをなんとか制しながら全身を撫でてやる。
その後、俺は風呂ついでにシロガネを洗ってやることにした。新しいアロマ石鹸の香りはお気に召したようで、今日一日、彼はずっとべったりと甘えてきたのであった。
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