第7話 新しい家族2

 エヴァに与えられた部屋は、男の子の部屋らしくブルーとグリーンの色が基調で整えられていた。二間続きで、寝室が別にあるらしく、エヴァはわき目も降らず寝室の扉を開ける。ブルーのシーツがかかったベッドに倒れ込む。


「……つ、疲れた」


 船上の慣れない環境では、いくら眠っても疲れがとれていなかったようだ。加えて、公爵家のベッドはふわふわだった。あっという間に睡魔に引きずり込まれそうだ。


 これまでズボンのポケットに隠れていたラタが出てきて笑う。


『面倒くさそうな家族だね』

「……ラーシュと仲良くなれるかな?」

『えぇ、仲良くなりたいの?』


 辛うじて、こくり、と頷いて、エヴァはそのまま目を閉じた。

 ラタはチチチと笑って、エヴァの顔の横で丸くなる。


『おやすみ、エヴァ』



「なんなんだあいつは…」


 自室のソファの上で、ラーシュは呟いた。

 手に付けた腕輪の一つにひびが入っている。それを擦りながらため息を吐く。


 先程から気持ちを落ち着けるために本を開いていたが、一向にページは進んでいなかった。


 もうずっと、オールストレーム公爵家でラーシュはいないもののように扱われていた。決して傷つけられる訳ではないが、子どもが当たり前に受ける愛情とは無縁だった。

 さみしい、悲しい。訴えていたのは、一体、いつのことだっただろうか。どうやっても、この状況は変わるはず無いと諦めてしまったのは。


 馬鹿にするでもなく、あんな風に真っ直ぐ話しかけてくる存在は、どう扱っていいのか分からない。

 人と正面から付き合ったことの無いラーシュには、自分の心が傷つかないように、相手を威嚇いかくすることしかできない。遠ざけたいのに、明日からは毎日側にいるという。

 見ないようにしていたものを、気づかないようにしていたことを明らかにされる気がする。

 明日が来るのが今から憂鬱ゆううつで仕方なかった。



 ◆



 結局エヴァは朝まで寝こけていたらしい。

 窓から入る光の明るさで目が覚めた。


「…晩御飯、食べ損ねた」

『エヴァの食いしん坊』


 起き上がって開口一番呟いた言葉に、ラタが鼻で笑う。

 その様子を、エヴァがじとっとした目で見ていると、軽くドアがノックされた。


「どうぞ」

「失礼します」


 入ってきたのは細身で長身の男性だった。どこかダンと面差おもざしが似ている。

 ぬるま湯の入ったたらいを持っている。


「ダンの息子さん?」

「はい。こちらで執事をしております、アルフと申します。昨日、夕食前にご挨拶差し上げようと思っていたのですが、お休みだったようですので」

「そっか、ごめんね。よろしくお願いします」


 エヴァは、ペコリと頭を下げた。


「ご朝食は皆様、別々にとられます。こちらにご用意してもよろしいですか?」

「うん、お願いします」


 たらいをベッドサイドに置いて、寝室から出ていこうとした、アルフを呼び止める。


「あ、ねぇ着替えはどこかな?」

「そちらのクローゼットに。…お手伝いが?」

「いい。必要ないよ」


 アルフに断って、エヴァはクローゼットを開けた。ぎっしりと詰まった服の量に軽く驚く。


「すごいね、こんなに…」

「申し訳ございません。こちらはラーシュ様がご使用になられたものでして。何分急なことでしたので、新しいお洋服は追々仕立てさせていただければと…」

「いいよ。すぐ大きくなって着れなくなるし。こんなに立派な服がたくさんあるんだ」


 エヴァの言葉にアルフは苦笑して、丁寧にお辞儀をする。


「では、お支度したくが済まれましたら、外の部屋にお食事をご準備しておりますので…」


 そう言って寝室を出て行った。

 エヴァはシンプルな白いシャツと緑色のズボンを身に着け、顔を洗って、寝室を出る。


 豪華な朝食に目を輝かせた。

 アルフに椅子を引いてもらって席に着き、朝からお腹いっぱい食べた。

 食べ終わると、アルフに髪をいてもらう。

 食後はユーハンのお勉強だった。

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