第5話 オールストレーム公爵

「……魔獣を操る?」


 執務机には、こげ茶の髪に、グリーンの鋭い目をした男性が座っていた。

 ルーカスの父、アンディシュ・オールストレーム公爵だ。

 机を挟んで、父と対面するように立っていたルーカスは、エヴァと話していた時とは違う、かしこまった口調で答えた。


「はい。フェンリルを操っていました。孤児で、9歳の少年です。虹色の瞳をしていました」

加護ギフト持ちか」


 父親からの問いに、ルーカスは頷いた。だから、保護してきました、と告げる。


 この土地は精霊の力が強い。虹色の瞳というのは聞いたことはないが、精霊の加護を持つ人間はまれにいた。

 ふむ、とアンディシュはあごでる。


「どんな魔獣でも操れるのか?」

「わかりませんが、私のマルガレーテとも話をしていたようです」


 アンディシュは机をトントンと指でたたく。何か考えているようだ。


「まぁ、手駒てごまは多い方がよいか…」


 ルーカスはアンディシュの言い様に眉をひそめたが何も言わなかった。

 父親が非情なのはいつものことだからである。しかし、幼い子に非道なことはすまいと思う。


「準備ができたらこちらに連れてくるがいい」

「はっ」



 ◆



 準備ができたエヴァはピンと伸びたダンの後姿を追いかける。広すぎて迷子になりそうだ。


 少し進んだところでダンが足を止める。


 サロンのようなところで、ルーカスがお茶を飲みながら待っていた。到着したエヴァに、さっぱりしたな、と笑顔を向けてくれる。


 そして、案内人がルーカスに変わり、連れてこられたのは執務室のようだった。


「アンディシュ・オールストレームだ。そなた、魔獣を操れるそうだな」


 茶色でまとめられた部屋の奥に、どんと置かれた執務机に座ったアンデシュは、厳めしい顔をして、エヴァに話しかけてくる。

 エヴァは思わず面食らったが、気を取り直して聞かれたことに答える。


「操れるわけじゃない。話をして、気が向けば手伝ってくれるだけ」


 エヴァの率直すぎる話し方に、ダンは目を見張り、ルーカスは苦笑する。

 アンディシュは気にした様子もなく話を続ける。


「それはどんな魔獣であってもか?」


 エヴァは少し考える。


「それほどたくさんの魔獣に会ったことがあるわけじゃないけど。…これまであったことのある魔獣で話せない子はいなかったよ。でも、ルーカスのマルガレーテはぼんやりしていてあんまり話にならなかった…」

「スレイプニルのような騎士団の魔獣は、騎獣にするために使役の魔道具を使用している。確か思考を鈍らせ、人間が上に乗っても嫌がらないようにするものだったはずだ」

「へぇ、それでか…」

「ふむ、魔獣と話せるというのは嘘ではないようだな」


 アンディシュはじろりとエヴァを見下ろして言う。


「お前は孤児だそうだな」


 エヴァはあいまいに頷く。


「お前をこのオールストレーム公爵家の養子としてぐうしてやる。代わりにその力を我が家のために使え」

「養子?」


 エヴァはきょとんとする。


「待ってください、父上!養子ですか?使用人ではなく?」

「そうだ。使用人では他家に奪われる可能性がある。ラーシュと一緒にして監視かんししておけ」


 ルーカスは唖然あぜんとした顔をしている。

 エヴァは、首をかしげてもう一度たずねる。


「養子って何?」

「我が家の子として遇するということだ。私のことは父と呼べ」

「父……ルーカスは?」

「兄と呼べ」

「意味…分かんない」

「あぁ。その話し方も早々に矯正きょうせいが必要だな。王都に帰ったら、ユーハンに教師をさせ貴族の常識を叩き込め」


 それだけ言うと、アンディシュは「もう行け」と、三人を部屋から追い出した。


 扉の前でエヴァは呆然ぼうぜんと呟く。


「ルーカス…意味わかんないんだけど…」

「大丈夫だ、俺にもわからん…とりあえず、王都に戻ったら、他の家族を紹介する」


 ルーカスは肩をすくめ、首を振る。


 ――――まぁ、家族が欲しくて出てきたし…いいか。


 自分には身内もいないのだ。

 エヴァはたいそう楽観的だった。

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