TS転生した元男が演奏系配信者として稼ぐ話

#9 「アレンジ」

　――――配信開始

「ども」

【ども】

【どもっす】

【おはよう】

【こんにちは】

【こんばんわ】

【朝だったり夜だったりしろ】

【昼かもしれん】

「ちなみに私の地域は13時です」

【俺も】

【私も】

【あっしも】

【朕も】

【腹減った】

　コメントを眺めながら、マウスを操作し、ある画像を配信画面に映した。

「今日の昼食です」

【飯テロ】

【またお腹空いてきた】

【美味そうなサンドイッチ】

【サンドしてるものがうちと全然違う】

【なんでそんな酷いことするんだい？】

【良い親御さんだね】

【ローストビーフは市販品？】

「作ったのは私です」

　証拠とばかりに調理中の動画を配信画面に流す。

　丁寧に編集までしている。

【シャッシャッシャッ……拭き拭き】

【ストトトトトッ！】

【手際良すぎて草】

【動画まで用意しとる】

【洗練されてますね……】

【しょう、がく、せい？】

【俺の知ってる小学生じゃない】

【うちの母ちゃん以上の速度で草】

「お褒めいただきありがとうございます。

　こんな感じに料理動画も上げておくので飯テロ用にご覧ください」

　カメラの範囲外で自慢げな顔をしつつ、"アレンジ演奏配信"というタイトルで配信しているため。

　スタンドからギターを持ち上げ、「よっこいしょ」と太ももの上に乗せる。

「ふう」

【やっと本体のお出ましか】

【飯テロで飯を用意させて演奏を肴にさせようとしている！？】

【策士か】

【正体現したね】

【リンカネstandby】

【ギターちゃん】

【※ここからはリンカネちゃんとギターちゃんがお送りします】

【ヘッドホンに切り替え完了！】

【正座待機】

【まるで2人いるかのようなコメントやめい】

　ギターによって身体が隠れる都合上、画面の向こう側にいる視聴者からはギターが喋っているように見える。

　在処も動画編集中、ギターが喋っているというツッコミがある度にくすりと笑ってしまうのもネタにされている一因ではあるが。

「前に投稿したMVの曲をもっとカッコよくアレンジしたいと思います。

　そのための練習です」

【聴いたよー】

【30万再生いってるじょん】

【あれのアレンジか】

【楽しみじゃのう】

　在処はチューニングを簡単に済ませ、まずはMV――――ミュージックビデオと同じ原曲を弾いてからアレンジに入ることにした。

　ギターを身体に密着させ、リラックスした姿勢をとる。

　そして一瞬の沈黙の後、演奏を開始した。

　細く繊細な指先が弦を撫でる。

　幼さが残る手からは想像できないほどの熟達された動きから紡がれる音に視聴者は視覚と聴覚を奪われた。

「――――♪」

　演奏者は無意識のうちに鼻歌を歌い始め、メロディと調和していく。

【いい……】

【鼻歌付きいいね】

【――――♪】

【――――☆】

【今のうめえ】

【運指が綺麗】

【スヤァ】

　曲も佳境に差し掛かり、雫が頬を伝う。

　指の動きがより激しく、複雑に。

【うっま】

【うますんぎ】

【かっこいい】

【初っぱなから飛ばしていくう！】

【指がイケメン】

「フゥ――――」

　小さく細く息を吐いていき、呼吸を整える。

（思ったより体力の消耗が激しいな）

　額ににじむ汗を感じながら、ゆっくりと演奏を終え、ピックを隣の台に置いた。

　用意していたタオルで汗を拭き、マイクに向かう。

「おもっっっったより疲れますねっ！　この曲。

　誰ですかこんな体力ゲージを大量に消費する曲を作ったのは。

　本当に許せませんね」

【つ鏡】

【鏡用意しといた】

【洗面台に立つと分かるかもしれん】

【俺らは知っとる】

【画面に映ってるのはギターだけだけどな】

【ギターに付属しているらしいな】

【取り敢えずそこの水筒を開けようか】

【茶でも飲んで、な？】

「あ、これ麦茶です」

　蓋をコップ代わりにし、飲料を注ぐ。

「ほら、麦茶でしょう？」

【麦茶かな】

【麦茶だね】

【つけ麺様のつゆかも】

【そりゃ出汁でしょ】

【麦茶orつゆ】

【審議中……いや審議いる？】

「なるほど……なるほど？　うん？

　ごくごくそんなもの飲んだら塩分過多で内蔵やられちゃいますって……あ、なんかちょっとしょっぱく感じるような」

【麦茶、だよな？】

【ややこしくなってるな】

【戸惑いもまた経験さ】

【いやこれは不要な戸惑いでは】

【ノリの良い小学生】

【こやつ、分かっとるな】

【いいね、好きだよそういうとこ】

【思い込みで麦茶変わっちゃったかな】

　注いだ麦茶を胃に流し込み、小さく「けふっ」と息をつく。

「ふうっ……まあそんな冗談は置いといて、

　さっき弾いた曲のアレンジやっていきますよー。

　ところどころ掻い摘んじゃいます」

　うっすらと脳内でイメージしていたアレンジをいくつかアウトプットする。

「ここはこんな感じで」

　原曲から弦を抑える指の位置を少しだけ変えつつ弾く。

「さっき激しめだったところは若干緩めて……」

　実際に出力される音とイメージにズレのあるところは修正しながら、コメントの反応を見る。

【こっちのが好きかも】

【そんな風にもなるのか】

【個人的には原曲のほうがここはいいかな】

【サビのところはアレンジ派】

【サビはアレンジがいいね】

【つうかズレの修正早すぎ】

【すげえ音感だな】

【年齢を忘れる】

「そういえばそろそろ誕生日ですねえ。

　お、最後は少しテンポ上げたほうがいい味出ますなあ

　皆さんはどう思います？」

　一瞬、自分の誕生日を思い出したものの、すぐに作業に戻る在処。

【さらっと流さんで】

【自然に流すな】

【おま、誕生日大事じゃろうが】

【おいおいおい誕生日は祝うべきだろ】

【誕生日当日は身内で盛大に祝ってもらってもろて】

【お祝い配信やるべ】

「へ……？

　祝いたいんですか？　祝ってくれるんです？」

　きょとんとした表情でコメントに反応する。

　そんな時、"WWTube（ワールドワイドチューブ）"サイト上部から通知音とともに"重要なお知らせ"と書かれたバナーが表示される。

「あ、ちょっと待って下さいねーっと。

　ほう、ほうほう……うん？」

【なんじゃこれ】

【えーっと】

【広告、収益？】

【つまりはなんだ】

【収益化ってなに、金貰えんの？】

　数分の間、視聴者含めて通知の内容を確認する。

　要約するとこうだ。

「お知らせの内容はですね。

　投稿された動画に各企業の広告が表示され、その広告再生数分だけ投稿者に収益が入ります。

　ただし、一定以上のチャンネル登録者数が必要と。

　更に審査を通過しないと収益受け取ることはできないようです」

【ほーん】

【単なる趣味じゃなくなるってことね】

【時代が変わるぞ】

【新時代到来か？】

【こりゃ大動画投稿時代の幕開けになるなあ】

【規約読んだけど全部問題ないじゃーん】

【配信にも"スペシャルチャット"っつう投げ銭機能追加かあ】

【投げ銭とな？】

【でもプラットフォームに何割か持ってかれるぞ】

【ちゃんと確認してから慎重にな】

「これはまあ、後で申請だけしておきます。

　基本的にしばらくの間は"スペシャルチャット"機能オフにしときますね。

　しっかり皆さんに質の良い配信を提供できるようになった段階で解禁ということで」

　と、いうのは方便である。

　実際は義母への説明。税金関係の手続きについてよくよく確認、相談をしながら慎重に事を運ばなければいけない。

　こういうのはじめが肝心なのだ。

「ヨシッ！

　難しい話は今度にしてアレンジやりましょうよアレンジ。

　頭空っぽにして私の曲詰め込んじゃってください」

【ぽいっ！】

【ぽーん】

【小難しい話はこうじゃ】

【戻るべ】

【大将いい感じのアレンジ頼むぜ】

【あいよ】

【お前じゃないｗ】

【誕生日の話もポイされてて草】

【おうまた今度な】

　オリジナル曲のアレンジを再開する。

　視聴者と取り留めのないやりとりを繰り返し、コミュニケーションを取る。

「それでは続きはまた明日やりましょうか。

　今日のところはこれでお開きでーす。汗も流したいですし」

【結構やったな】

【お疲れー】

【ゆっくり休んでなー】

【おうお疲れさん】

【また楽しみにしてるぞ】

【おつー】

【おつおつ】

【お疲れちゃんよー】

「では皆さんまた。

　本日もたくさんのコメント、ご視聴ありがとうございました。

　また見にきてくださいねー」

　そう言い、配信終了のボタンをクリック。

　しっかりと終了したことを確認し、「ふぅー」と息をつく。

「……収益化か」

　ふと、義母の言葉が脳裏によぎる。

　――――ああでも、だからってミュージシャンで稼ごうとかは考えなくていいよ。

　――――趣味で、自由気ままでいいの。ありかのやりたいように、使いたいように、好きにしていいの。

（今生は楽しくやった果てにそういったものが付いてくる。

　それでいいか。きっと、それがいいんだろうな）

「ま、いっか。

　取り敢えず申請だけ飛ばしておいて、また通知が来たら考えよう。

　今日はもう疲れたし汗でべとべと」

　タオルを首に巻き、洗面所へ向かう。

　その足取りは疲れているにも関わらず、いつもより軽やかであった。

　視聴者数：2246人

　登録者数：44,920人