第14話 トイレは5分以内に。野菜を食べて運動をしよう。
私は狭いトイレの個室で、太ももの奥にしのばせていた、
S &W M &P 9シールド、小型拳銃を取り出した。
拳銃からカートリッジを抜き取り、
中に七発の弾丸が入っていることを確かめて、
自分のこめかみに銃口を当ててみる。
ひんやりと冷たい銃口の感触が脳を覚醒させる。
ようやく眠気から解放された、
あとはレッドブル飲むしかないと思っていたよ。
S &W M &P 9シールドは、母の遺品整理をしていたとき、タンスの奥で見つけた。
カートリッジには、弾丸が一発だけ装着されていた。
本来カートリッジには、あと六発の弾丸が装着可能だ。
母は、一発だけ弾丸をこめたのか?
それとも六発をどこかで使ったのか?
いつも割烹着を着て、朝早くから台所でおみおつけを作り、
運動会には、きちんとした関西風の俵形おにぎりを、バスケットいっぱいに
詰めてくれるような、平凡な日本の女性そのものみたいな母だったのにな。
平凡がなんだかわからなくなるよ。
いやいやいやいや、そう、私は今から最後のお仕事なんだ。
母の思い出に浸っている場合ではない。
♡ ♡ ♡
私は深呼吸して、心を凍結させる儀式を始めた。
今ならうまく心を凍結できるかもしれない。
目を閉じると、私の意識は、どんどん心の井戸の奥に降りていき、
やがて温度のない漆黒の闇に包まれていった。
上も下も重力も、悲しみも暖かさも無い、絶対0度の心の闇。
今度は完全に心を凍結することができた。
ほっとしたら今度はまた、睡魔が襲ってきた。
厄介なやつだ、睡魔、いったいどんな妖怪だろう。
やはりあの世にいったら水木しげる先生に聞かなければならないな。
そう考える間もなく目の前に煙が立ちこめてきて、思考力が低下していく。
瞼の裏に優しかった母の顔が浮かんで、それが夜叉のように怒りに満ちた
顔に変化していく妄想が頭に浮かんできた。
「母さん」
まるで、アニメ、トムとジェリーのディフオルメのように
瞼が分厚い鉄の扉のように重いよ。
涙が嘘みたいに流れてくる。
母さん、ごめん心が開いてしまうよ。
「こらあああ!!!!ねるなあああああ!!!!」
私は、声に驚いて、ハッと目を覚ました。
このこえは、さっきのサンタちゃんだ!!
どこから怒鳴ってるんだ!?
隣の個室から怒鳴り声がした。
聞き覚えのある声。
サンタちゃんか!?
「仕事前なのに、大声出さないでよ!
集中できないよ!」
「こっちは一週間がかりの便秘と格闘中なんだよ!!
さっさと仕事行けよ!」
ほんとにトイレにいたのはサンタちゃんみたいだ。
「まだ待ち合わせまで時間があるの!」
「だったら、個室の外で待てよ!あんたが個室占拠したるがために
お腹ゴロゴロで今にも死にそうな可哀想な子がどこかにいるかもしれないでしよ!!
あんたに”お腹弱い民”の気持ちがわかるか!!」
私の完敗だ。
ここはトイレ。感傷に浸る場所じゃない。
その通り。
私はなんとなく気まずくなり、トイレを出た。
サンタちゃん、それ長いトイレだな。
私は、店の外に出た。
バナナチップスの出口を出ると外は凍えるような寒さで、
それからわずかに雪がちらちら降っている。
店の前に立ちながら、私はあたりを見渡してみた。
クリスマスの夜だけど、裏道は人通りも少ない。
やはり外は寒くて、ワンピースの上から厚手のコートを羽織り、
客が来るのを待った。寒いな、
そして私は実にいつも一人ぼっちだ。
クリスマスの夜が命日なんて冴えないな。
とてもとてもさみしい最後だよ。
すると後ろから誰かが私の肩を叩いた。
「もし、お嬢さん」
聞き覚えのある声、
しかも今さっき聞いた高いトーンでやや掠れた声。
間違いない、私は人の顔は覚えられないが、声いろだけはなぜかよく記憶できるのだ。
でも、その声は不安な私の心の隙間をうまく抜けてスッと心の入ってきた。
振り返ると、さっき隣にテーブルにいた、DV男だった。
続く
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