第八話 告白は食事の後で(その二)

 幾日か過ぎるウチに門井も馴れてきて、質問の仕方や分らない箇所の聞き方もそつが無くなってきた。

 最初は質問している本人が何を言いたいのか理解していない節があったが、今は要点を押さえて訊いて来るようになったので教える方も教えやすい。勉強は暗記も必要だが一番大事なのは理解することで、理解出来ないうちに詰め込んでも、直ぐに行き詰まってしまうのである。

 自分なりの理解の仕方がその本人の勉強のやり方と、そう言い換えてもいいかもしれない。

「まぁその辺りは少し分ってきたような気がする」

 それは何より。

「ソレよりも俺とこうして居ることで、妙な噂になってたりはしないか」

「え、どーゆーコト?」

「デキてるだの何だのとか、その手のヤツ」

「あー、確かに山倉と此処でこうして居ることを知って、チラホラ言う連中は居るけれど、それどころじゃないって感じ?誰だって自分のコトが一番大事だもんね」

「やっぱ噂にはなっているのか」

「あ、迷惑、だった?」

「いや全然。言いたいヤツには言わせておけばイイ」

「そっか。でも何かあったら言って。アタシが話つけるからさ」

「暴力沙汰はカンベンな」

「アタシを何だと思って居るのよ。純粋なお話し合いです」

「ならいいけど」

 しかし何なんだろうなこの状況、と思わなくもない。俺はただ一人で受験の為の追い込みをやっているダケなのに、何故挨拶程度しか交わさない女子と二人で、放課後の教室に居残っているのだろう。

 そして窓の外が暗くなり始める頃には、やはり何時ものように見回りの教師がやって来て学校を追い出され、俺は途中まで門井と歩いた後に家に戻る事になる。この流れもまた最近になって追加変更されたルーチンワークだった。

「随分寒くなったね」

「そうだな」

「共通テストは目の前だね」

「そうだな」

「大学に行ってナニするつもり?」

「全然考えてない」

「アタシもそうだ。あ、でも、合格したらやりたいコトはあるな」

「なんだい」

「合格するまで内緒」

「そうか」

 山倉は教え方が上手だ学校の先生になればいい、などと無責任なことを言う。

 残念ながら俺はそんなつもりはさらさらない。自由気ままで奔放で、収まりの付かない生徒たちを四苦八苦して取りまとめる仕事だなんて、どう考えたって柄じゃないし面倒だし御免被る。

 そもそも将来のことなどと言われても、小学校から高校までほぼ一二年間、学校生活に浸りきっていた俺などにピンと来るはずもなかった。

「自分の趣味が仕事に出来たら、ソレが一番だとは思わない?」

「門井の趣味はなんだ?」

「映画鑑賞」

「評論家頑張ってくれ」

「投げやりだね。全然心がこもってない」

「具体策があるなら聞こう」

「無いね」

「ダメじゃないか」

「目標を持つのは大事だと思うんだよ」

「ずっと死ぬまで高校生を続けられれば楽かもな」

「駄目人間の台詞だよ、それ。だいたい冗談じゃない。社会人になれば鬱陶しいテストだの授業だのから開放されるんだ。受験勉強も無ければアホみたいな校則に縛られることもない。自由バンザイって感じじゃないかな。そう思わない?」

「そうかな。ニュースとかドラマとかでサラリーマンの悲哀みたいなもの見聞きすると、そこまでお気楽に構えるのはどうだろう」

「盛ってるダケだって。『ツライ~ツライ~』って喚くのも喉元過ぎれば、ってヤツじゃないかな。今いる自分の生活が一番辛いって思い込んでいるだけなんだって、きっと。

 だって仕事してれば、今とは比べものにならないくらいに自由にお金使えるんだよ。親元から離れられるんだよ。仕事が終わって夜遅くまで遊んでも誰にも文句言われないんだよ。アタシらが学校に縛られてる時間がどれだけ長いと思っているの。がんじがらめぢゃん。

 教師に怒鳴られてテス勉でひいひい言ってさ。親に監視されて課題だの偏差値だのに右往左往してさ。二言目には勉強しろー、勉強しろーだよ。どーゆー呪いの言葉だよ。成績良くならなきゃお前の人生はモウダメダーみたいなコト言われてさ。破滅の呪文かよ。コレが苦行でなくてなんだというのよ」

「言ワレテミレバソウカモナー」

「棒読みだね。全然心がこもってない」

「そんなに学校が苦痛なら、大学受験止めて就職組に乗り換えればいい。まだ間に合うんじゃないかな」

「ぐ・・・・だ、だから、映画評論家を目指すにしても学歴は必要かなぁーって。知識はあって邪魔になるもんじゃないし」

 ソウカモナーと返したら、また「心がこもってない」と不機嫌に返された。そして大学に入ったら腰据えて映画見まくって、SNSとかで評論バシバシ書きまくって、バズって出版社とかからオファーもらって、後は飛ぶ鳥を落とす勢いで駆け上がってやる、と息巻いた。

 まぁ夢があるのは悪くないと思う。

「一発当たるまでは冷や飯食いかもね。その辺りは覚悟してるんだ。でもがっつんがっつんお金が稼げるようになったら、山倉にも食事奢ってやるよ。有名なステーキハウスで一番高いお肉。勉強みてくれているお礼だよ。期待してて待ってて」

 そう言って俺の背中をばしばし叩くのだ。何気に痛かった。しかし世の中には実現可能なコトとそうでないコトがある。期待値ゼロというのも失礼だろうから、小数点以下程度の低いパーセンテージ程度に止めておこう。俺もクラスメイトとしての義理くらいは弁えているつもりだ。

 将来に高い願いを掲げるのも悪くはないが、ソレよりも俺は平和で可もなく不可もない日々が送れればそれで充分。のんべんだらりと生活くらした方がストレスなくていい。

 それもまた、無い物ねだりなんだろうか?

 いつもの曲がり角が来て門井と別れた。辺りはもうすっかり暗い。見送る後ろ姿は、いつも通りのポニーテールがまさに尻尾のように揺れていた。街灯のLEDがやけに白々しくて随分と嘘くさく見えた。

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