第23話 女帝

 美しい街並の中にある、目を覆いたくなるエルフたちの醜い所業を尻目に、タックたちは帝都の宮殿へと辿りついた。

 遠目からは、大きな宮殿の中心にある巨大な柱が山のような高さまで伸びている、異常なまでデカイ城というのがタックの印象であった。

 しかし、城の真下まで来て、また別の異常に気づいた。

 ミルフィ国の城は、四角い石をいくつも積み上げて出来た城。

 それに対して、今目の前に聳え立つ宮殿は、一切の継ぎ目もない真っ白な建物。


「これ……ど、どうやって作ったんだろう……」


 素朴なタックの疑問に、オルガスが答える。


「母上の魔法の一つだ」


 サラッと答えるオルガスに、タックは首を傾げた。

 魔法。それは、この世界の科学とは違って進化した力。


「母上は数多くの魔法を使え、そのうちの一つ。物質の融合だ。母上は物質を融合させることができる」

「そ、そんなこと、で、できるんですか?」

「この宮殿も、大量の砂や砂利、水等を融合させた物質。母上は、『コンクリートリス』と呼んでいる」

「『コンクリートリス』……すごい、こんな技術があるんだ……」


 こんな力があれば、たとえ戦争で街などが破壊されても、すぐに直す事が出来るだろうと、素直にタックは感心した。


「ほんとヴァカスゴイよね~。こんなの私の故郷じゃ誰もできないよ」

「確かに……これもまた、女帝の力だよね……」


 タックの感心は、ヴァギヌアたちにとっても同じようであった。

 しかし、どこか複雑な気持ちもあるようで、その表情は少し浮かなかった。


「ふっ、のん気なものだな……まあ、これだけを見れば、そう思うか」

「え、どういうことですか?」

「ダーリンは……それに貴様らは、母上の恐ろしさをまるで知らん」


 そのとき、エクスタが溜息を吐きながら呟いた。


「物質を融合させることができる。人同士は無理だが……しかし、切り離された人間の肉体の一部ならば、可能」

「?」

「やろうと思えば母上は……切断した他人の手足等を他の者にくっつけたり、切断した相手の体の一部を自分に付けて自由に使うこともできる……」

 

 エクスタはどこか顔を引きつらせながら語るが、その言葉の意味をタックたちは理解できなかった。

 唯一、オルガスだけは理解しているのか、エクスタと同様に顔を青ざめさせていた。

 そして……


「ダーリンは絶対に守るぞ」

「……はい?」


 エクスタは昨日のような残虐な瞳ではなく、愛する男を心配する乙女の表情でタックを見る。


「頼む。母上に……ダーリンのアレがデカくて強力で最高なのは……決して母上に知られぬように」

「……はい?」


 まるで意味の分からない予想外の言葉に思わず声に出してしまったタック。

 だが、そうしているうちに、宮殿内へ足を踏み入れたタックたちの眼前に、甲冑に身を包んだエルフの女たちがズラリと並んで、肩膝をついた。


「おかえりなさいませ、エクスタ姫。オルガス姫」

「うむ」


 国を守る兵士たち。兵士全員が容姿の美しい女たちでありながら、皆が鋭い眼光をしており、タックは少し気圧されて後ずさりしてしまった。


「後ろの連中だが……」

「はっ、プッシーたちから聞いております。女帝様は、『王寝の間』でお待ちです」

「分かった」


 その時、エルフの兵士から聞き慣れない言葉が出た。

 それは、たちも同じだったようだ。


「あの、エクスタ姫……王寝の間って何ですか? 王座の間……じゃないんですか?」


 王座の間。それはタックにも分かる。王の椅子がある場所であるようなところだとタックも容易に想像できた。

 しかし、王寝の間とは?


「ふっ、そのままだ。この国に王の椅子……すなわち王座の間は無い。その部屋には……椅子ではなく、ベッドがあるのだ」

「「「はいっ?」」」

「母上は、椅子に座って誰かと謁見することはない。たとえ、相手が誰であろうとベッドの上で寝そべりながら応対する」


 王が寝ながら人と会う。椅子ではなくベッド。ゆえに、王寝の間。


「ちょ、いくら何でもそれは、ヴァカ失礼でしょうが! いくら女帝だからって……」

「仕方あるまい。この大陸に、母上を超える地位の者など存在しないのだからな」

 

 ヴァギヌアが憤慨するが、エクスタもオルガスも「仕方が無い」と開き直る。

 そして、それが許される存在でもあるということに、タックも一層緊張した。


「とにかく、貴様らはくれぐれも失礼のないようにな」


 言いようのない不安を抱えるタックたちを引き連れ、エクスタは広々とした芝生や花壇が並ぶ中庭の中央へ。

 するとそこには、不思議な形をした石がサークルを作り、中央には魔法陣が刻み込まれていた。


「母上は宮殿の最上部に居る。謁見が許された者や、我ら王族は転移魔法で直接行くことができる」


 転移魔法という、またもや聞き慣れない言葉を耳にしたタックだが、もう覚悟を決めて行く事にする。

 一応、絶対に失礼をしないようにしようと、心の中に刻みながら、皆と共にサークルに入る。


「では、行くぞ」


 すると、足元の魔法陣が反応して、タックたちを眩い光が包み込んだ。


「ま、まぶしっ!」


 その眩い光に目が眩み、しばらく目が開けられなかったタックが、ようやく目を開けた時には……






「も、もう、や、やめてくださいぃぃ!」


「お、御願いします、女帝様! わ、私は、ど、どうなっても構いません! だ、だから、しゅ、主人だけはァァァァ!」



 目を開けたら、そこは既に中庭ではなく、広々とした建物の中。

 仰々しいカーペットを敷き、左右に筋肉質で屈強そうな女エルフが立ち構えている。

 だが、目を奪われるのはもっと別のもの。

 部屋の奥に位置する仰々しい巨大なベッド。

 そして、そのベッドの上では……


「うほぉほおおぉ! これは中々に楽しい趣向じゃァ! 久々にワシも滾っておるわい!」


 タックたちは目を疑った。

 ベッドの上には、泣き叫ぶ童顔の男と、同じく泣き叫ぶ女。

 そしてもう一人……


「んなっ!? ちょ、なんという、こ……いや、そ、それ以前に!」

「ねえ、ヴァギヌアちゃん! あ、アレって、男の子のアレだよね!?」

「ヴぁヴぁヴぁ、どういうこと? あ、あの人、女の人なのに……」

「てぃ、ティン……!?」


 失礼の無いようにと言われていたが、それでもヴァギヌアとアマクリは思わず声を出して驚愕した。

 目の前で繰り広げられている、悍ましい光景に……ではない。


「くくくく、ぐわははははは! ワシの穴も棒も同時に達するぞ!」


 豪快に笑う一人の女。真っ赤な髪は短髪で、前髪を全て後ろに流す。

 若い容姿だが、その口調は豪快で、どこか年寄り臭いものである。

 また、女でありながら、室内で警護をしている衛兵たちよりも背が高い。

 タックがこれまで出会った全ての者たちの中で一番デカイ。

 身体も引き締まっており、腹筋が硬く割れ、しかし乳房に女特有の柔らかさを持ったたわわさを残している。

 野性味溢れる眼光と形相は、明らかに戦士の風格を漂わせている。

 だが、問題なのはそのことよりも……


「ち、ちっちゃいけど……確かにアレ……生え……ほんもの?」


 この異常な空間の中で、タックは思わず呟いた。が、それを顔を青ざめさせているオルガスとエクスタは首を横に振る。


「いや、母上はそういう体質ではない」

「なに?」

「アレは……どこかの侵略した国に居た男たちの中で、……一番大きいアレを持っていた男のものを……」

「ッ!?」


 それ以上は言わなくても、誰もが理解した。

 そして……


「うおほおおおおじゃあああああああああああ!!」


 恍惚な笑みを浮かべながら達する女。

 その下と懐には、心が壊れて人形のようにグッタリとしている男と女。


「くくくく……あ~、スッキリじゃ。なかなか面白い趣向であったな。これまで、父息子、母娘、色々と試したが……中睦まじい夫婦を同時にというものは……新しい発見じゃァ」


 夫婦を一人で両方同時に穢す。

 そんなこと、やろうと思ってできるものではない。


「おい、さっさとこの夫婦を連れて行け。また気が向いたら遊んでくれるわい。くくくく、ぐわはははははははは!」


 それを嬉々としながら実行した女は……


「で…………」

 

 途端に静かになり、次の瞬間には――――


「さっき……ワシの十三代目を小さいなどとヌカしおったか? コゾ~ウ」

「ッッッ!!??」


 全身が金縛りにあったかのように凍りつくタック。

 一睨み、そして一言で、タックは震え上がった。


「あっ……う、あっ……」


 それは恐怖。

 これほど心が怯えてしまったのは、タックも初めてだった。

 あらゆる銀河の犯罪者たちと戦い蹴散らしてきたタック。

 しかし、そのタックの全身が、戦うことを全力で拒否したくなるほどの感覚に襲われていた。

 だが、同時に……


(え? ちょっと待って……この人の吐く息……俺の『ドラッグセンサー』が感知してる……え? これは……え!? 『銀河マリファナ』!? ……)


 タックに備わる機能の一つ。

 それは、至近距離で吐かれた息から、銀河法で禁止されている違法薬物などを検知できる機能。


(ちょっと待って……アレはかなりの品種改良を重ねて生成されるもので、仮に未開の星だろうと、偶然で生成されるようなものでは絶対に……なのに……なぜ……ッ!? まさかこの人――――)

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