第15話 エルフ姉妹

「さあ、オルガスに続けぇ! 愚か者どもは全員究極死罪だ!」


 エクスタが再び号令を放ち、火竜が、そしてダークエルフの黒騎士たちが一斉にヴァギヌアとアマクリに攻撃を仕掛ける。

 その傍らでは、


「ハアアアアアアッ! 覚悟しろ、タック! 帝国を覆いし暗雲を、今こそ断罪する!」

「オルガス姫……俺……俺ぇッ!」


 オルガスは、一度剣を抜いたならば容赦はしない。

 剣士として、軍人として、母国の姫として、敵と見定めたタックに鋭い剣閃を放つ。


「あぶっ、うぐ、つあ、とぉ!」


 だが、そんな力押しの剣技などでタックは捉えられない。

 慌てながらもタックは刃を全て見切ってフットワークで回避する。


(ッ……この子……やはり、さっきまでの戦いはまぐれではない……私の剣を『見て』回避している……演技を疑われぬよう多少のケガぐらいはさせようと思ったが……これは……)

(うわあ、どうしよう……けっこう速いッ……剣を受け止めてもいいんだけど掴みづらいし……っていうか、別に俺はこの非道な行いを止めようとしただけで、国と戦うとかそんなつもり全然―――ッ!?)


 攻撃は回避するものの、飛ばされた剣圧は港町の家々を切り裂き、そして海面を叩きつけて大きな飛沫まであげる。


(す、すごい威力! 銀河連邦のスペースウォーターカッター並?! でも……今の……)


 強力な剣。

 しかし、強力であるがゆえにモーションが大きく、タックの身体能力をもってすれば、回避をすることはそれほど難しいことではなかった。

 が、徐々にオルガスの放つ圧力でタックは逃げ道を後ろへ後ろへと追いやられ、気付けば背中に海を背負う形で、港町の船着き場の端へと追い詰められてしまった。


「もう逃げ道はないぞ! ちょこまかともう抗うな! 男が分不相応な野望を抱くな! 男は女に言われたことだけすればいい! さすれば、この刃を収めてくれよう!」


 剣を振るいながらも、「バカな考えはやめろ」とタックに訴え続けるオルガス。

 自分のために心を鬼にして剣を振るうも、それでも自分の考えを改めさせようと自分のために叫んでくれるオルガスに、タックは胸が痛くなる反面、少し不可解だった。


(なんだろう、剣の軌道が俺の急所を外してばかりだ……速いけど、大振りだから避けやすい……気の所為かな?)


 それは、オルガスは本気で自分を殺す気はないのではないかという疑惑。

 いずれにせよ、今は目の前のことに集中し、そして言われたことに対してタックは己の意志を示す。



「女に言われたことだけを……俺は……少し前までそんな男でした」


「なにっ?」


「でも、俺は誓ったんだ……お姉ちゃんたちにふさわしい男になるって……男として認められる男になるって! 俺……全然世界のことも分からないままこんなことになって……でも、でも! 俺、今、この街で起こってることが普通のことだなんて思えるはずがない!」


「それは……」


「確かに俺、オルガス姫から見たらふざけんなって思うような奴かもしんないですけど、だからって……この世界ではこんな光景が当たり前だからって見過ごすんじゃ、俺、なんのためにお姉ちゃんたちの下から旅立ったのか分かんなくなっちゃうんです!」



 だからこそ、自分は今、ここに居るのだとタックは叫ぶ。

 そして、ただ剣を回避するだけで逃げ回っていた姿勢から、拳を前に上げてファイティングポーズを見せる。

 タックの戦う意思を示す。


「タックくん……ぐっ……ッ……ならば……」


 オルガスはタックの目を見て分かった。


「分かった……ならばもう何も言わない……君を……斬ろう(急所をどうにか外して海に落とし……そしてどうにか皆の目を盗んで救助……これでいくしかない)」


 もう、剣を使っての脅しや言葉も最早無意味。タックは本気で自分たちに戦いを挑むのだと。


「確かに、帝国の支配により、苦しみ泣く民や男たちは多く居よう……不満があるのは受け入れる! しかし、それでも大規模な戦の無い世界を作り、管理しているのもまた帝国である! それを無くすわけにはいかない!」


 もう逃げ場はない。後ろに下がれば海しかない。

 オルガスはタックを吹き飛ばそうとするかのように刃を振ろそうとする。

 だが、


「うおおおおおおおおッ!」

「な、にぃッ!?」


 何も持っていなかったはずのその手に、タックはいつの間にか何かを持っていた。

 いや、出現させたのだ。


「超金属バット!」

「な、なんだ、その武器は!? 一体、どこから出した!?」

「俺は投げるだけじゃなくて、打つ方もできる二刀流だから」


 それはタックの鉄球以外の武器。

 普段、必要のないときはサイズを変えて「体内」に隠し持っている武器の一つ。

 そしてその硬度は……


「ば、バカな、鉄すら容易く刻む私の剣が……通らぬ?! なんだ、この武器は!?」

「気にしないでください。ただの文明の違いですから」 


 オルガスはタックを甘く見ていたわけではなかった。

 それでも、自分が実際に戦うまでは半信半疑だった。


(なんという硬い武器! いや、それだけではない……武器の硬度とは無関係に……強い! この武器から伝わるタッくんの力……これは!?)


 エクスタの攻撃や、アマゾネスの戦斧、そしてドラゴンの攻撃すらも受け止めたタックの力には、何かカラクリがあるのではないか? 何か魔法の力でも使っているのではないかと疑った。

 しかし、今実際にタックに剣を受け止められたことで、その剣を通して伝わるタックの百万馬力の力に、オルガスは戦慄した。

  そして、タックの力も受け止めるだけではない。投げるだけではない。


(殺すわけにはいかない。怪我だってそんなにひどいのはダメだ……ここは、フルスイングじゃなくコンパクトに打つ)


 オルガス同様、タックもまた「相手を殺すわけにはいかない」と心に決めて立ち合う。

 その上で、自分の身を守りながら、相手の戦力を削ぐための「力をコントロール」した反撃をする。


「シングルヒット!」

「ッ、はやっ、い!?」


 コンパクトに、しかし鋭いスイングでオルガスの剣を打つタック。

 剣に衝撃を受けたオルガスは後方に飛ばされた。


(っ、な、なんという膂力……う、う、腕が痺れた……あんな小さな男の細腕で!?)


 オルガスの手に残る衝撃は、痺れてうまく力が入らない。

 タックの体躯からは想像もできないパワーに、オルガスは顔を青ざめて驚愕する。

 そして、オルガスがふっ飛ばされたことに、周囲も驚愕。


「うはぁ、ヴァカイカしてるぅぅう! 可愛くて度胸あってティンポデカそうで、オマケにパワフルとかほんとヤヴァイじゃない! ムラムラがヴァカヤヴァイ……どーしてくれんのよぉ! あんたら、少し発散させてもらうわぁ!」


 群がるエクスタの配下の騎士たちを、次々と蹴散らしていくヴァギヌアは、もはや興奮と発情で股を激しく濡らして暴れまわる。


「絶対に食べよう、あの男の子……えへへへ……だから、邪魔しないでね、火竜ちゃん!」

「ガル?! ガルアアアアアッ!!」


 アマクリもその幼女のような容姿からはありえないほど煽情的な笑みを浮かべ、唸る火竜に対してたった一人で飛び掛かる。

 そして、興奮したのは二人だけではない。

 誰もが思った。

 既に何度も思ったことを、今、改めて思った。

 この男は何者なのかと。


「す……すごい……あの、男の子……」

「僕と同じ男なのに……なんであんなに……」


 二人の戦いを見ている者たちは、男も女も関係なく、背けるどころか、目を離せず、そしてどんどん胸が熱く高鳴っていた。



「風の精霊の息吹よ我が剣に宿り、無慈悲の風で全てを切り裂け!」


「こ、これは?!」


「えっ!?」



 だが、中にはそれでも変わらない者もいる。

 それがエクスタだった。


「姉上!?」

「オルガスよ、我が魔法との連携、魔法剣で存分にこ奴を刻め! 共にこの男を始末するぞ」

「な、いや、姉上、手を出されるな! 男相手に女が二人がかりなど、王族として―――」

「関係あるか! こ奴は確実にここで始末せねばならぬ危険人物! ドラゴンを葬った人間だ。万一があってはならぬ!」


 オルガスの想いを無視して、二人がかりでタックを仕留めようと乱入した。

 オルガスはそんな助太刀を「まずい」と思った。

 なぜならば、オルガスはこれは演技のつもりであったため、ここで姉の助太刀はそれを難しくするものだからだ。

 だが……



「へへ、年上の強いお姉さん二人がかり……いい予行演習になるかも」


「「ッッ!?」」



 タックはむしろ笑った。

 いつか認めてもらいたい銀河最強の姉二人。

 今のタックには、オルガスとエクスタが二人並んで自分と向き合っている場面が、どうしても姉を思い出させて、思わず笑ってしまったのだ。

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