第12話 ワンアウト

「ちょっと、なになに~、あいつらヴァカイカしてんじゃん?」


 このとき、タックは知らなかった。

 エクスタも、率いる騎士たちも気づいていない。

 オルガスも、同じく率いる騎士たちも気づいていない。

 今、この瞬間はこの大陸内での日常の中で唐突に起こった事件。

 人間の男が、女に、エルフに反逆するという、この大陸に住まう者たちからすれば耳を疑いたくなるような事件。

 予見されて起こった事件ではない。

 この事件はたまたま起こった事件である。



「あうるるる……す、すごいです、あの人……男の子なのに、あんなにお強いです、食べたいですぅ」


「ほんと。私ら以外にエルフに反抗する人間が居るってだけでもヴァカ嬉しいのに、それが男の子なんてさ。も~、これってさ、守ってあげるしかないじゃん!」


「あう~、『ヴァギヌア』ちゃん……それじゃあ、い、行っちゃうんですか? 私たち、行っちゃうんですか? 相手は、エクスタ姫です。オルガス姫もいるんですよ?」


「とーぜんもちろんあたりまえ! 『アマクリ』も、覚悟決めなさいよ! ビビッてんじゃないっつーの」


「はわあぶぶぶぶ、ビビッ、ビビッてないよ~、ヴァギヌアちゃんそんなこと言うと、私プンプンしてぶっ殺しちゃうよ?」



 そんなたまたま起こった港町での事件。しかし、それは偶然であるが、後に運命と呼ばれることになる。

 何故ならば、この事件がきっかけで、世界の流れ、人々の心が、大きく影響を及ぼされるからである。






「さてと……あの、オルガス姫! これ、どうにかならないんでしょうか? その、俺、事情が分からないのに本当にごめんなさいなんですけど、どう見てもこれ、この港町の人たちにされてることは、あまりにもヒドイと思うんです!」


 驚愕の力を見せつけた直後、少しおどおどした様子でオルガスに訴えるタック。

 そんなタックに、エルフも港町の住人たちも、未だ言葉を失ったままであった。

 エクスタを除いて……


「……ッ、我を誰と心得るか! 男のクセに女に逆らう等、身の程を知れ! 死罪だ……小僧……貴様は女を百人孕ませるまで嬲り、そのまま裸で引き釣りまわして殺してくれる!」


 タックの力を目の当たりにして、頬に汗をかくものの、恐れを振り払うかのように叫び、そして杖を掲げる。


「ッ、まっ、待て、エクスタ! ここはひとまず、話し合いを!」

「黙れ、オルガス! この我は偉大なるスケヴェルフの姫だ! この我に逆らうもの、ましてや男の分際で! 大死罪だ!」


 次の瞬間、エクスタの号令で黒騎士たちが一斉に武器を構えてタックに襲い掛かる。


「ちっ、男に多勢に無勢ってのも情けねーが……」

「油断できない! こいつ、ただの男じゃない!」

「スケヴェルフの平穏を守るためにも、今この場で摘み取る!」


 誰もその目は油断をしていない。


「あぁ~、やっぱダメか……もう、仕方ない。女の子はエッチなことしてもいいけど暴力は極力ダメってお姉ちゃんにも言われてるから、せめてそれだけでも……武器破壊で通す!」


 タックも踏み出した。次の瞬間、突風と閃光が港町に走った。


「ッ、なっ、投石……は、速い!?」

「と……捕らえきれない! 何だこの人間は!」

「剣が!?」

「うそ、私の槍が……」


 どこから取り出したのか、その手に次々と鉄球を持ち、間髪入れずに投げ続けるタック。

その投球速度は、誰にも見切れない。

 文明の遅れた世界の鉄などでできた剣や槍などの武器は容易く粉砕する。 

 

「な、なん……なんなんだあの男!?」

「速くて強くて……とにかく、速くて強い!?」

「くそ、全員離れろ! 弓で射殺すッ!」

「一斉に放てッ!」


 そしてタックの力は投球術だけではない。

 百万馬力のパワーや、単純な物理攻撃なら見切る身体能力、そして耐久力。


「百万馬力連続キャッチング!」


「なっ!? ぜ、全部……矢を受け止めた!?」



 速くて強いというあまりにも単純な形容。

 しかし、単純であるが故に、もっとも脅威。

 何故ならば、攻略方法がなにもないからである。


「ばかな……な、なんだ、この人間は……ば、バケモノか?」


 最早、エクスタも恐怖を感じずにはいられない。

 バケモノ。正に超人。

 それが、改造人間タックである。


「ならば……ならば……ならばッ!」


 唇を噛み締めながら、エクスタが杖を掲げて吠える。


「我が召喚魔法により、この街ごと消し去ってくれるわ!」


 エクスタの立つ頭上に怪しく輝く紋章が浮かび上がる。

 次の瞬間には、街全体が揺れ、空も一瞬で雲がかかり暗くなった。


「ッ?! おい、エクスタ、何をッ!? まさか……アレは!?」


 顔を青ざめさせたオルガスが慌ててエクスタをとめようとするも、間に合わない。

 そして、ソレは姿を現す。



「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」



 それは、誰もが思わず腰を抜かしてしまうほどの超巨体。

 四速歩行の胴体。

 巨大な尾。

 巨大な手足の先には鋭く尖った黒い爪。

 全てを飲み込むかのような巨大な口には、巨大な牙。

 背には、大空を翔るための巨大な両翼。


「ト……トカゲ? 違う、たしかダイナソー……ううん、翼があるから……ドラゴン……だっけ? 図鑑で見たことはあるけど、初めて見るや……」


 これには流石のタックも「ほぉ~」と唸った。

 そして次の瞬間、その巨大なトカゲの姿を見た者たちは一斉に叫んだ。


「ど……ドラゴンだアアアアアアアアアアアアア!」

「ぜんっいん、逃げろおぉぉぉ!」

「姫様、ちょ、私たちも居るんですよ!」

「姫様の飼い竜の一つ……火竜……ッ!」


 ドラゴン。まさに人知を超えた怪物であった。。

 その場にいた者たちが敵も味方も関係なく悲鳴を上げる。

 だが、それでもタックは揺るがない。


「……あの巨体と肉付きから、パワーははかりしれないな……俺に受け止められるかな?」


 冷静にドラゴンの戦力を分析する。


「何をやっている、タッくん! 逃げるぞ!」


 オルガスが慌ててタックの手を掴んで逃げるように叫ぶ。

 だが……


「俺は逃げないよ、オルガス姫」

「は!? 何を……」

「お姉ちゃんたちに甘やかされ、されるがままで、そんな情けない俺が二人に認められるぐらい強く逞しい男になるってことは……女の子たちが悲鳴を上げるここで逃げちゃダメってことだから!」

「ッ!?」


 逃げない。

 自分の抱いた野望のためにも、ここは逃げないとタックは揺るがない。



(な、何だこの子は……こんなに小さくてか弱そうな男の子が……どうしてこんなに自信に満ちた笑みを浮かべられる? 男は女に守られる存在ではないのか? なぜ……こんな……)


 そんな、この世界の一般的な男からはかけ離れたタックの姿に、オルガスは戸惑いと同時に胸が高鳴り、その笑顔が心に焼き付いてしまった。

 そして……


「グギャガアアアアッ!!」


 次の瞬間、エクスタが召喚したドラゴンがその巨大な腕でタックを薙ぎ払おうとする。

 広場に居るものたち、住民も黒騎士もまとめてだ。

 巨大な影が迫り、誰もが腰を抜かして震えて動けない中、


「俺はァ!!」


 タックが一人、雄々しくその腕に立ち向かい。 



「ふんぐああああああああああああああああああああああああっ!!??」


「「「「「は、ハアアああああああああ!!!!????」」」」」



 両足が足首まで地面に埋まり、圧倒的な体重差で地面に押しつぶされそうになるタック。

 だが……


「ちょ、ちょ、ん、な、バカなアア!!??」

「あ、あんな、あんな小さなお、男が!」

「ドドドドド、ドラゴンの腕を、う、ううううう、受け止めたア!?」

「バカな! いや、さっきも戦斧を素手で受け止めていたけど……で、でもこれは!」

「あ、あのかわいこくん……な、何者!?」


 決して余裕ではない。体はボロボロになっている。

 しかし、タックは人智を越えたドラゴンの超絶の力を、両腕を伸ばして受け止めた。

 

「……な、……に?」

「……タックくん……君は……一体……」


 懸命に歯を食いしばりながら、自分の後ろに居る者たちを全員守るため、ドラゴンの力に耐え抜くタック。

 逃げちゃダメだと、一歩も退かない。

 そしてついに、受け止めるだけではなく……


「百万馬力ぃイイい!!」

「ガルッ!?」


 押しつぶそうとするドラゴンの腕を逆に押し返したのだった。

 これにはドラゴン自身も目が固まる。


「グルガアアアッ!!」


 そして、驚いたのか、ドラゴンはタックから一度距離を取る。

 そう、単純な力比べで、ドラゴンが引いたのだ。

 そこから距離を取り、もっと勢いをつけてタックに襲い掛かろうとした様子のドラゴン。

 だが、距離を取ったのが失敗だった。

 既にタックの手には鉄球。


「あんまりやりすぎるとモンスター愛護協会に怒られるんだけど、これは正当防衛ということで……大きく振りかぶって~~!」


 そして、ワインドアップから始まり、大地に足がめり込むほど力強く踏み込んで、体中の力を乗せて一気に解き放つ。



「ファストボール!」


「ゴブルアアアアッッ!!??」



 唸りを上げて突き進む剛速球は、ドラゴンの胴体に強烈な音と共にめり込んでいく。

 まさに悶絶の一撃。


「ガル……グル……ガァァァ!!!!」


 それを受けドラゴンは更なる怒りの形相で睨みつける。

 だが、それほどの怒気を受けながらもタックは……



「えへへへ、流石に一発じゃダメだけど……ワンアウト!」


「「「「「か、かわいっ!!??」」」」」



 その屈託ない微笑に、その場にいた全ての女が心を奪われた。



――――あの男の子……欲しいッ!!!!



 女たちの胸が高鳴った。

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