第6話 ビッチな男

「あたし、この男を買った~!」

「ねえねえ、私と一緒に回さない?」

「あの、僕……複数の方を相手にする技術はまだ……でも、どうしてもと仰るなら、人数分戴きますけど……」


 いやらしい顔を浮かべた女騎士たちが、弱々しく上目遣いをした線の細い男たちを買っている。

 男たちは、足のふとももまで露出された短い下穿きと、腹と肩を出した布切れの服だけという、露出が多い……というよりは、男のいやらしさを魅せようとする衣服に身を包み、夜営キャンプを行っている海岸線で、女たちに指を見せて値段交渉をしている。


「これは……」


 性に興味津々な女たちが男の手を引いて天幕の中へ。

 通常であれば異質な光景である異世界の文化ではあるのだが、タックの特殊な女性関係から、どこかデジャブを感じていた。


「その……なんだ……、品の無い場面を見せて済まない、タックくん。いかに我が隊が、男に対して非道な行いをしないとはいえ……流石にここまでは禁止できなくてな……隊の士気にも関わる」


 オルガスはタックをこれまでつらい思いをしてきた奴隷だと思いこんでいる。

 そんな心に傷を負ったか弱い男に、自分の仲間たちが男娼を買い漁っている光景を見せるのは心苦しいのだが、こういった息抜きを兼ねた機会を与えないと、部下たちの労働意欲の低下に繋がることにもなり、禁ずることが出来ないと釈明。

 オルガス自身は男を買わないが、こういうものは例え禁止にしたところで、裏でコソコソと男を買いあさろうとする部下は絶対に出てくる。それは、オルガスにとっては悩みの種の一つでもあった。


「あっ、姫様! そちらのボーヤは目を覚まされたでありますなワン」

「良かったですにゃ~」


 溜息を吐いているオルガスと苦笑しているタックの元に、その存在に気づいた二人の女騎士が駆け寄って来た。


「あっ、どうも、こんにちは。俺、タックっていいます。今回、助けていただきありがとうございます」


 駆け寄って来た騎士にもお礼で頭を下げると、二人の騎士も宴会の場とはいえ、一度姿勢を正して、拳を胸元に叩いて敬礼しながらタックに頷いた。


「礼には及ばない。それが私たちの任務でありますわん」


 先ほどの酔っ払いのオルガスの部下同様の鎧を身に纏い、少しお堅い雰囲気を感じさせるも、ニッコリと笑うと少し少女のような幼さも感じさせる。

 耳の形はオルガス同様に尖っている。だが、その耳の周りには獣のような体毛がフサフサに覆われて、何よりも獣の尻尾が臀部より伸びている。


「あまり品のいい場面ではにゃいけど、安心して一緒に喉とお腹を満たされてはいかがかにゃ?」


 それは、もう一人の騎士も同じ。体毛の生えた尖った耳。そして臀部からは細長い尻尾が生えている。



「私は旧ハーフエルフのドッグエルフ種。スケヴェルフ帝国のオルガス姫騎士隊のバター・チワワだわん」


「同じく、旧ハーフエルフのキャットエルフ種。スケヴェルフ帝国のオルガス姫騎士隊のプッシー・ペルシャだにゃぁ」



 正直、ただでさえエルフという種に対して大した知見の無いタックにとって、ハーフエルフも混血のエルフも何が何だか分からないものではあった。


「バター、プッシー。あまり顔を近づけるな。タック君が困っているだろう?」

「おや? 姫様、随分とお優しい様子だわん」

「そうですにゃぁ。いつもはこわ~い鬼姫様が、まるで御伽噺の王子様を守る優しいお姫様のようですにゃぁ」

「やめろ、そういうものではない! からかうんじゃない!」


 姫という身分を相手に敬語は使うものの、どこか無礼講というか、接し方が和気藹々としており、何だかタックも見ていて気持ちよかった。

 周りで宴会を続けているエルフの騎士たちも、男を侍らせて酒を飲んでいるものも、天幕に男を連れ込んでいるエルフも、多種多様ではあるが、誰もが嫌な感じはせず、むしろヘタに取り繕ったりしないで、清々しいぐらいであった。

 そうやって、気の合う仲間たちと無礼講に笑い合う。それはどこか懐かしさを感じた。


(楽しそうだな……俺、警備隊の皆とはこういうキャンプとか飲み会とか全然できなくて……たまに打ち上げとかに誘われても、お姉ちゃんたちにダメって言われてたからな……)


 銀河の平和を守る銀河警備隊の銀河戦士として生きてきたタック。任務はそれなりに大変だったが、不満はなかった。

 衣食住もあり、自由な時間もあり、友も居た、仲間も居た。

 だが、過保護すぎる姉たちが、タックとイチャイチャする時間が減ることと、自分たちの目の届かないところで親睦会とか危ないと言われて、タックはそういう親睦を深める催しなどにあまり参加できなかった。

 だから目の前の光景に、少しだけ羨ましいとも感じた。


「姫様! 少々よろしいでしょうか? 明日のことで少し確認させて戴きたいことが」

「ん? ああ……分かった。えっと、でもタックくんが……」


 その時、また騎士の一人がオルガスを呼びに現れた。すぐに向かおうとしたオルガスだが、タックを放置するわけにはいかないと少し迷った顔を浮かべるが、すぐにバターとプッシーがタックの両脇を固めた。


「安心してくださいわん、姫様」

「飢えた獣たちからこの王子様は、我々がお守りするにゃぁ」


 他の女たちにタックが教われないように自分たちがガードすると二人が告げた。


「ん、むう、ん~……お、お前たちも襲うんじゃないぞ? あと、タックくんを困らせないように」

「無論ですわん」


 そう告げられて、少し微妙な顔をしながらオルガスは「なるべく早く戻る」とだけ告げて場を離れる。

 宴会の場でも仕事を優先して割り切るマジメな姿に、タックはかつての姉と頭の中で比べて……



――タック、お姉ちゃんは今から大事なリモート会議をする。タックはデスクの下に潜って、お姉ちゃんのスカートの中の―――――


――タッくん、昼休みだよ~。女子トイレにいこ~。え? いいからいいから、トイレの個室でお姉ちゃんにお昼ごはん食べさせて♥


(エローナお姉ちゃんもミルクお姉ちゃんも……仕事中でも……二人ともアレで仕事の成果は銀河最強にすごいからな……チートだよ……)



 ちょっと、遠い目になってしまったタックであった。

 だが、同時に、それもまたつい数日前のことなのに、懐かしく感じた。


(怒ってるかな……エローナお姉ちゃんとミルクお姉ちゃん……そういえば二十四時間以上どっちかとキスもしてないなんて久しぶり……いつも朝も昼休みも夜も関係なく――――)


 すると、その時だった。


「うっ!」

「ん? どかしたにゃ?」


 急にタックが少し中腰になった。首を傾げて覗き込むバターとプッシー。すると、


(いけない……つい、お姉ちゃんのことを考えて……恥ずかしい……)


 つい数日前まで、からっからになるまで毎日色々と搾り出されていたタック。

 だが、それゆえに姉たちとの淫らな日々を思い出して、下腹部に血液が溜まってしまったのであった。

 何とかバレないようにとするタックであったが、その時、バターとプッシーはハッとした。


(……この匂い……いやらしい匂いだわん……)

(……ひょっとして、スッケベな空気に興奮したかにゃ? ……誘ってるのかにゃ?)

(……この子……ひょっとして、天然スッケベ?)

(か弱いエッチな男の子……最高だにゃぁ……)


 その時、バターとプッシーが同時に互いの顔を見合って、少し口元に笑みを浮かべた。同時に驚愕もした。

 

「ほらほら、君も俯いていないで楽しんだほうがいいわん」

「背筋を伸ばして、胸を張るにゃぁ」

「あっ、ちょっ!?」


 バターとプッシーが中腰になっているタックの体に触れて無理やり背筋を伸ばさせようとした。

 そうすることにより、タックの身体の異変を確認するためである。

 だが、次の瞬間、二人は見てしまった。


「「ん、なっあ!?」」

「ひうっ、ご、ごめんなさい!」


 タックの体の一部の変化に。

 バターとプッシーは驚愕していた。



(で、でか!? な、なんだわん! こ、ここここ、これ、う、うそ! こんな大きな……なんという……すさまじいわん!)


(どういうことにゃ! 服の上からでも分かるにゃ! 普通男の子のアレって、小指ぐらいの……なのにこの子、どんだけあるにゃ! 間違いないにゃ! この子……相当のスッケベでビッチな男の子にゃ!)



 そして、バターとプッシーは葛藤していた。


「うぐっ、ご、ごめんなさい。あの、ち、違うんです。俺、その……俺……」

「「~~~ッッ!!」」


 涙目で顔を赤らめてフルフル震えるタックの姿に、二人の精神は……



(くっ、じ、自分たちは誇り高い姫様の騎士だわん……ビッチなアバズレ男に等に心を奪われるのは……いや、しかし……ぐっ! )


(なんでそんな純情な男の子みたいな顔するにゃ! ビッチなアバズレ男はもっと品がないはずにゃ! なのにこの子……本当に恥ずかしそうに……)


(スッケベな可愛い男の子……じゅるり……ダメだ、涎が!)


(ビッチのくせに、反則にゃ……)



 そして、二人はガクガクブルブル震えて己の中で必死に戦っているのに対し、タックは本当に怒られると思ったため、慌てて……



「あの、俺、ご、ごめんなさい。……俺……天幕に戻ってますから!」


「「ッッ!!??(天幕で待っているということ!? やはり、誘っている!!)」」



 駆け出して元居た天幕へと戻っていくタック。

 対して二人は、天幕に誘われていると理解した。


「据え膳喰わぬは女の恥だわん」

「そうにゃ。というか、あんな……ゴクリ」

「その……どっちが最初に?」

「ビッチだから二人同時にも出来るかもしれないにゃ」

「……とにかく……」

「うん、いくにゃ」


 色々と勘違いが互いに発生しているも、バターとプッシーはタックの天幕へと向かう。


 そしてそれが、タックの異世界での最初の戦いになるのであった。


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