自分をイジメていたクラスメイトが異世界召喚されて「ざまあ」と思ってたら遅れて召喚された。ペンギンになってしまったが美少女に可愛がられているので復讐とかどうでもいい。

レオナールD

第1話 クラス召喚ざまあ……え、僕もいくの?


(それって、異世界召喚されたんじゃね?)


 自分を除いたクラスメイト三十九人と担任教師が同時に行方不明になったと聞いて、その少年……水島琥珀こはくはそんな感想を抱いた。


 刑事を名乗る男女がわざわざ自宅にきて説明してくれたのだが……昨日の朝、琥珀のクラスメイトと担任教師がまとめて失踪したらしい。

 原因は不明。教室でホームルームをしていたところ、突如として教室を光が満たし、次の瞬間には彼らは姿を消していたとのこと。

 廊下を歩いていた別のクラスの教員が、廊下側の窓から彼らが消失する場面を見ていたそうだ。


 教室での失踪。事件直前の謎の光。

 これが示すものはつまり『異世界召喚』。ネット小説やマンガ、アニメの世界でもおなじみとなっている現象である。

 中でも、今回のパターンはクラス転移だ。

 一つの教室にいる生徒が全員まとめて異世界に召喚されて、多くの場合、全員が加護なりスキルなりを授かることになる。

 このパターンの場合では多くの場合、最初は無能とされていた主人公が最終的には最強となって、自分を馬鹿にしたクラスメイトを圧倒することになるのだ。


(うっわ……僕だけ置いてかれてんじゃん。それとも、助かったと思った方がいいのか?)


 事情聴取を終えた刑事を玄関で見送って、琥珀は心中で首をひねった。


 少年の名前は水島琥珀。

 とある地方の私立高校に通っていた2年生であり、絶賛、引きこもり中のニートである。

 一応、高校に籍を置いているのだが……もう半年も学校に行っていない。

 間違いなく本年度は留年になるだろうし、担任と学年主任の教師からは遠回しに退学した方が良いのではないかとほのめかされている。


 琥珀が高校に行かなくなり、引きこもりニートになってしまった原因はシンプル。クラスメイトからのイジメだった。

 よくある理由だという人間もいるかもしれないが……当事者である琥珀にとっては人生と尊厳を左右するような重大な問題だ。

 もしも引きこもることなく学校に通い続けていたら、場合によっては自らの手で命を断っていた可能性すらある。


(まさかアイツらが異世界に召喚されるとはな……ざまあ)


 刑事を送り出し、自室に戻ってきた琥珀はほくそ笑んだ。


 彼らが異世界召喚されたと決まったわけではない。

 しかし、一瞬で教室から四十人の人間が消えてしまい、校門前や学校周辺にある監視カメラにも不審な映像がなかったとすれば、もはや決まったようなもの。

 琥珀の中では、クラスメイトと担任教師が異世界に行ってしまったことは確定となっていた。


 正直、異世界に行けたかもしれないチャンスに乗り遅れたことに不満はある。

 だが……それ以上に、大嫌いなクラスメイトともう顔を合わせずに済むということが嬉しかった。


(きっと、アイツら困ってるんだろうな。ホームシックにかかったり、中世ヨーロッパの不味い飯に落ち込んだり……ひょっとすると、魔法で従属されて奴隷扱いされているかもしれない!)


 自分をイジメていた連中が酷い扱いをされている場面を思い浮かべると、自然と琥珀の頬も緩んでしまう。

 悪趣味なことだと思うが、嫌いな連中が破滅してくれるのは最高だ。

 彼らが落ちぶれていく場面を自分の目で見られないのが残念になるほどに。


(だけど……)


 ウキウキした心境でベッドに横になり、いつものようにスマホでマンガを閲覧しようとした琥珀であったが……ふと、表情を曇らせる。


(でも……全員が全員、不幸になって欲しいわけでもないんだよな。あの子……ヘリヤさんも巻き込まれているのか……)


 琥珀の脳裏に浮かんだのは、クラスメイトの女子。

 ヘリヤ・アールヴェントという名前の留学生の顔である。

 ヘリヤはクラスメイトの中で数少ない、琥珀の恨み憎しみの対象となっていない女子の一人だった。

 日本語が得意でなくカタコトでしかしゃべれないこともあって、クラスメイトが琥珀にぶつける暴言も理解できていなかった様子。

 琥珀を虐げていた連中も、ヘリヤの目のある場所ではイジメを控えていた。


 それというのも、ヘリヤは北欧人らしい透明感のある美貌の持ち主であり、小柄で愛らしくてクラスのマスコットのような存在だったのだ。

 ちんまりとして可愛らしく、無垢なヘリヤの前でイジメをすることにクラスの連中も気が咎めたらしい。

 ヘリヤがいる前では、性格の悪い連中も乱暴なことはしないようにしていた。


 また、ヘリヤはオタク文化にも妙に理解があり、日本のアニメが好きで留学してきたという変わり者でもある。

 琥珀が教室でマンガやライトノベルと開いていると決まって興味深そうに近づいてきて、不慣れな日本語で話しかけてきた。

 ヘリヤとの交流は灰色の学園生活の中での数少ない彩りであり、琥珀にとっては良い思い出となっている。


(まあ、あの子のせいでイジメがエスカレートしていたんだけどね……)


 学校一の美少女が琥珀に懐いていたこともまた、イジメを助長させる一因となっていた。

 そのことについて全く思うところがないと言えば嘘になる。

 だが、それを理由でヘリヤを恨むほど琥珀も腐ってはいない。


(クラスメイトの大半はどうでもいいけど、あの子と他数人は無事に帰って来て欲しいな……)


 琥珀はベッドに寝転がりながら、自分をイジメてきた連中の破滅と、関わっていない数人の無事を祈ったのであった。



     〇     〇     〇



「すいません、忘れてました! ごめんなさいっ!」


「…………は?」


 クラスメイトの破滅と無事を祈って、そのまま眠ってしまった琥珀であったが……気がつけば、目の前に見知らぬ女性が謝罪してきた。

 土下座とはいわないまでも深々と頭を下げてくる彼女に、琥珀は目を白黒とさせて顔を引きつらせる。


「えっと……誰? っていうか、ここはどこ?」


 周囲を見回すと、辺り一面を白い空間が覆いつくしている。

 白壁の部屋というわけではない。壁も天井も床すらもない、マンガ家が手抜きしたような謎の純白空間が広がっていたのだ。


「私はこの世界を管理している神です。ごめんなさい」


「いや、ごめんなさいと言われても……」


「ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめんなさいっ!」


「…………」


 怖い。

 理由もわからない謝罪が逆に怖い。

 神を名乗っている女性は頭を下げていて顔は見えない。

 赤髪のツインテールをしており、風鈴のような澄んだ声音だけで不思議と美女であるとわかる。

 この謎空間と相まって、彼女が本当に『神』であることを琥珀は自然と受け入れてしまう。


「えっと……神様なんですよね、何をそんなに謝っているんですか?」


「それなんですけど…………忘れてたんです」


「……何を?」


「貴方のことを。異世界に連れていくのを」


 恐る恐る琥珀が訊ねると、女神と名乗った女性がようやく顔を上げた。

 思ったとおり、その女性は類まれな美女だった。

 赤い髪に反して日本的な顔立ちなのだが、整い過ぎた顔は人間離れしており、邪な感情をいだくことすらはばかられる。


「本当は貴方のことも異世界に連れていくつもりだったんです。あのクラスの一員でしたから」


 女性は神という肩書には似合わない、気弱そうな声音で説明をする。


 彼女はこの世界を管理する神をしているそうなのだが、とある事情から四十人の人間を異世界に送りだすことになっていた。

 送り先の異世界の神との間にある契約があり、力を分けてもらった対価として人間を引き渡すことになっていたからだ。

 女神は運命やら世界の均衡やら様々なバランスを考えて、とある高校の一つのクラスに目を止めた。

 そこにいる四十人の生徒を異世界に送りだすことにしたのである。


「それが貴方のクラスだったんですけど……貴方が引きこもっていたせいで、送り出す人間を間違えてしまったんです」


 女神が申し訳なさそうな顔から一転して、恨めしそうな目で琥珀を見やる。


「病気でも怪我でもないのに学校をずっと休む人がいるなんて知らなくて、間違えて担任の先生を送っちゃったんです。数は四十人であってましたので……」


「ええっと……それって僕のせいなのか?」


「違いますよう……私が悪いんですう。だから、私が怒られたって仕方がないんですう……」


 言いながら、女神がガックリと肩を落とす。

 数が合っているのなら何でも良いのではないかと琥珀は思うのだが、神様的には何か問題があるようである。


「アッチの神様も人数が合っているから許してはくれたんですけど……前々から貴方のことも送り出すつもりで準備をしていたから、異世界との間に『縁』ができちゃったんです……」


「はあ……『縁』ですか?」


「そうなんです……だから、ごめんなさい。ごめんなさい。私が悪かったので怒らないでください。文句を言わないでください。あきらめてください」


「え、ええ? だから何が!? さっきから説明不足で怖すぎるんですけど!?」


「色々と大変なこともあると思いますけど、私を恨まないでください。私が悪いけど恨まれるのは嫌なんです」


「だから何が起こるの!? 説明してくれって!」


 謝罪しながらも都合の良いことを言う女神に、いよいよ琥珀は恐ろしくなる。

 頼むから説明してくれと求めるが……女神は謝るばかりで、少しも説明をしようとはしなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」


「だから何が……うわあっ!?」


 琥珀の身体が無数の手によって掴まれる。

 女神に気を取られて気がつかなかったが、いつの間にか背後に黒い穴が開いていて、そこから白い手が伸びていた。

 白い手によって腕を、足を、頭を掴まれて、穴の中へと引きずり込まれる。


「できるだけ可愛くなるようにしましたから、許してください! さようならっ!」


「だから説明をしてくれえええええええええええっ!」


「さようならー!」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 腰が低いくせに少しも話を聞いてくれない女神に見送られ、琥珀は穴の中に完全に取り込まれる。

 まるで全身の細胞が置き換わるような不快感に包まれて、琥珀は意識を失ってしまうのであった。



「キュイ?」


 そうして大穴に吸い込まれた琥珀であったが……次に目を覚ましたときには、見知らぬ場所にいた。

 おまけに、背中にあたるフニャフニャとした感触。


 異世界と思われる場所に召喚された琥珀はペンギンの姿になっており、美少女の胸に抱きしめられていたのである。

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