容疑者を集めて耳を疑う。
「――みなさま、集まって頂き、ありがとうございます……いきなりですが、この中に――犯人がいます!!」
「それ、さっき発見された死体のことよね? ……あたしらを疑ってるのねえ……それともただ単に、『探偵ごっこ』をしたいだけなのかしら? ガキのままごとに付き合ってあげたいけど、こっちも貴重な時間を割いて旅行にきているの……部屋に戻らせてもらうわね」
「あ、逃げるんですか?」
「安い挑発ね」
「でも……、無実なら、事情聴取に素直に答えられると思いますけど……、答えたくない、と言うのは自由ですが、その分、隠し事があると言っているようなものです……。死体がある小さな旅館の中でその対応は、『あたしが犯人ですっ』と言っているようなものではないですか?」
「……はぁ……。じゃあいいわよ、ここにいる全員を、さっさと事情聴取しなさいよ。それで犯人が分かれば警察だって苦労しないけどね!」
「一応、わたしは探偵学科に在籍していますよ? 修行中の身ですので、もちろん卒業はしていませんけど……――なので素人ですが、ちょっとだけ毛が生えています……、小さな嘘でも見抜けますので、ご注意ください」
「へえ……、あなた、あの有名な学園の生徒なんだ……」
「な、なんですか……っ、品定めをするような視線を向けないでください……っ!」
「だってねえ……。仕事になりそうだなって思ってね」
「学生ですからまずは学校側に交渉してくださいね」
集まってくれた宿泊客は、八名だった……。
さきほど発見された死体を含めれば、わたしを入れて十名が、この旅館に泊まっていたことになる。従業員さんを合わせればもっと多いけど、女将さんたちは警察への連絡や後始末、通常業務があるのでこの集まりにはいない……、まあ、あとで聞くことにはなるだろうけど……。
その時にはもう、警察が本格的に動いているだろうし――。
警察が到着するまで、わたしはこの場にいる全員を足止めする役目だ。
怪しい動きをさせて、痕跡を消されては困るからね……。
証拠隠滅だけは防がないと。
「では、まずはそこの――」
「私からですか?」
坊主頭の男性だった。年齢は四十代、手前……くらいかな。真面目そうな人だ。
容疑者、と疑われるような人には見えないけど、だからこそ人を殺す、なんて突発的な行動をしてしまうこともある……、人を殺すなんて普通はしない。だからどんな人であれ、冷静さを欠いていなければ、人なんて殺せないのだ。
冷静に人を殺せるなら、もう壊れている……もうその人は、『人』ではないのだから。
「お名前、年齢、ご職業を……言いたくなければ構いませんけど……」
「言えないということは後ろめたいことがあるから――と取られてしまうのであれば、答えた方がいいのでしょうね」
「…………えへへ」
見抜かれていた。必ずしもそうとは言えないけど、言わない人に注目が集まるのは必然だ。輪に混ざれない人が悪く見えるのと同じように……実際、悪くなくともそう見えてしまうのは、やっぱり多くの人間が集まったことによる、同調圧力によるものか。
「まあ、構いませんが。名前は
「へえ、元・宇宙……――え!? 宇宙飛行士!?」
「はい。十数年も前のことですけど……、お嬢さんがまだランドセルを背負う前、くらいのことですから、知らないのも無理はないですよ」
「そ、そんなすごい方だったなんて……っ、知らなくてすみません!!」
「いえいえ」
「へえ……あなた、宇宙飛行士だったんだ……どおりで見たことがあると思った」
「そういうあなたも『ギ〇ス世界記録保持者』ですよね? 確か――、一年間で出版したシリーズ小説の最多冊数……」
「随分と前のことだけどね」
「昔のことですが、充分に凄いですよ」
「お、お姉さんはギネ〇世界記録保持者……!?」
「ああ、そうだよ。
ちなみに、そこにいる女性は不治の病と呼ばれていた難病に効く薬を開発した救世主だ」
「大げさねえ。あ、よろしくね、探偵さん」
「救世主……」
「で、そこにいる男は個人資産で全国民に一律五万円の支給をした聖人だ」
「え!? あ、あのっ、ありがとうございます!! お母さん、あなたのお金で、生活が助かったって言ってて――」
「ああ……、気にするな、どうせ使わない金だったんだ……。こうして必要としている人間に回る方がいいいだろ……」
「聖人……っ」
「そんでお次は天才プログラマーの少年だ。あいつのおかげで膨大なデータが一瞬で圧縮され、元々の容量の五分の一になったらしい……。おかげで小さなロムカセットに膨大なデータが入るようになった……、業界では革命児と呼ばれているらしい……」
「へえ」
「おねえちゃん、分かってないでしょ。そりゃそーか、理解できないよね?」
「……説明されれば分かる……と思う」
「試してみる?」
「また後でね」
それから、偉人の子孫や大手会社の社長、新種の虫、魚、鳥を発見した学者など、肩書きだけでお腹いっぱいの人々が集まっていた。
……どうしてこんなにすごい人たちが一堂に会したのか……分からない。
偶然なの?
「え、じゃああの……死体となった人も、やっぱりすごい人なのでは……?」
「そりゃ凄い人だよ。漫画家――、まあつい最近、完結したばっかりなんだけどね――」
だから死んでも問題はなかった、とは思わないけど……。
少しほっとしてしまった自分は、最悪だった。
「……で、事情聴取、続ける?」
「……それどころじゃないですよ……っ!」
こんな機会は、二度とないだろう――だから。
「――き、聞きたいことが山ほどあります!! インタビューしてもいいですか!?」
殺人事件については、警察に任せてしまおう。
…了
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