一人分のエンドロール
三嶋トウカ
野元最乃①
繰り返しに至る_1
――例えば、突然目の前で人が死んだとして、自分には一体何ができるのだろうか――
ドンッ――
「――あ」
「あっ」
渡っていた歩道橋の真ん中あたりに差し掛かったとき、端の方で女性と男性がぶつかった。認識したときにはもう既に遅く、男性にぶつかってよろめいた女性はドタドタバタバタと大きな音を立てて長い階段を転げ落ちていた。
――知っている。彼女の名前は【元伊織-はじめいおり-】。この辺りのカフェで働いている。退勤後、よほど急いでいたのだろうか。首からかけていた社員証なのか、カードにその名前と彼女の顔写真が貼ってあった。
カフェで働いているとき、このカードは首からぶら下げてはいない。では、何故俺が彼女の勤務先とそのフルネームを把握しているのか。
「……これで5回目」
――そう、5回。俺は彼女が死ぬ様を見た。
1回目は同じこの歩道橋で、彼女がゆっくりと歩きながらスマホを弄っているのを見た。……と、視界の端から消えたと思ったら、足を滑らせて階段から転げ落ちていった。
当たりどころが悪かったのか、大量の血を流して首を変な方向に曲げながら息絶えていたのだ。
2回目も、この歩道橋で。スマホを見ていて危ないと思ったから、親切心で『歩きスマホは危ないですよ』と、そう言ったら彼女は物凄く嫌そうな顔をしながら、早足で歩道橋を降りようとした。そして見事足を滑らせてやはり地面へと落ちていった。
3回目と4回目はこの歩道橋自体に来る時間を遅くしたにも関わらず、彼女はいた。そして落ちていった。
……5回目は今まさにこの瞬間だった。さっさと仕事を終わらせて、俺は半ばやけくそになりながら歩道橋を上る前の彼女に『一番近いバス停はどこですか?』と声をかけ、少々驚いた顔をしながらも、俺のために時間を割いてバス停の場所を教えてくれた。1回目と2回目よりも、彼女が歩道橋を上る時間は遅くなっている。なのに。
「また、救えなかった」
俺は彼女を救えないまま、踵を返して帰路についた。
……そう、彼女を、救えなかった。
――ループしていることに気がついたのは、この3回目だった。自分が死ねば、このループがまた現れることも。
1回目、首にかけられたカードが血溜まりの中にあるのを確認し、救急車を呼んだ。さすがにこの首の曲がり方は無理だろうと思ったが、発見……というか、目の前で死なれた以上呼ばないわけにもいかない。
悲鳴と野次が交差する中、俺は『とんでもないものを見てしまった』と思っていた。あの綺麗な顔が血まみれのグチャグチャになっていて、首から名前を下げていなければ、旧友でも親族でもきっと誰か判別できないだろうと思ったからだ。階段に色んなところを打ち付け、ようやく辿り着いた場所はザラザラとしたコンクリートの上。肌は削れ、服は破れ『見るも無残な姿』とはまさにこのことを言うのだろうと、ひんやりとした胸の内で思っていた。
そんな中到着した救急隊員に自分の名前【野元最乃-のもともの】を告げ、彼女の名前も見ればわかるが一応伝えた。
そして、脳裏に焼きついた元伊織の死に顔を反芻しながら家に帰ると、どっと押し寄せてきた疲れに負けて気絶するように眠った。……のだが。
――目を覚ましたら、スマホの日時表示がおかしいことに気づいた。進んでいないのだ。明日になっているはずなのに、また同じ日の朝になっている。元伊織が死んだ日の。
1回目と同じように2回目の今日を繰り返したが、気になって少し早めにあの歩道橋へと向かった。
元伊織はちょうど歩道橋を登るところだったのだが、ふと見えた彼女の顔と死んだ時の顔が重なって、何も言わないまま彼女の腕を掴んでしまった。
「――は?」
「えっ、あっ、すみません……」
「……」
まさか『貴女はこの後歩道橋から落ちて死にます。だから登らないでください』なんて言えない。ただの不審者だ。
「あっ……歩きスマホは危ないですよ!」
現状でも充分不審者に見える俺を見て、怪訝そうな顔をして早足で去りゆく彼女に、ようやく掛けられた言葉がこれだ。歩きスマホをやめれば、何か変わるかもしれない。そう思った。今日の流れは1回目と全く同じで、ここから違っている。俺が行動したから。
「……はぁ」
心底嫌そうな顔をしながら、彼女は手に持っていたスマホをカバンにしまうと、そそくさと僕から逃げるように歩道橋を登った。歩道橋の上に、彼女の他には誰もいない。
注意もしたし、これなら。
そう思ったのに、急足の彼女は自分で足を踏み外して、歩道橋から落ちていった――
「嘘だろ?」
なんだか悪い夢を見ているようで、急に気持ち悪くなったのを覚えている。胸の奥につかえるなにかが気になったが、どうか夢でありますようにと、そう願いながら眠りについた。
そして、目が覚めたらやはり今日がまた始まっていて、同じことを繰り返しながら5回目の今に至る。
よく創作で見かけるループ物と同じで、きっと彼女の死を覆すことが俺の使命なんだと認識した。でなければ、彼女が死ぬ日々に戻される意味がわからないし、死んだ後眠ったらループするのも理解できない。
彼女が助かれば、俺も助かる。彼女は生きて、俺は今日が終わる。何度も死ぬ様を見せられるのは精神的にきついから、できれば早く抜け出したかった。
「……どうすれば抜け出せるんだ?」
これが、今のところ全くわからない。おそらく、彼女が生きたまま今日を終わらせることが、ループを抜け出すための必須事項なのだろう。だから、逆に彼女が死ぬということは、このループが始まるトリガーになる。
そもそもこんなおかしなことをいとも簡単に受け入れて良いのかどうかも良く分からないが、悪い夢なら早く醒めて欲しいし、現実ならどうにか抜け出したい。そのためにはやらなければならないのだ。受け入れたくないが、今は受け入れるしかないし、どうせ変わらないならさっさと飲み込んだ方が気持ちも楽なのである。
しかし、危ないと声をかけようにも、俺はカフェの客として彼女はカフェの店員として、その程度の間柄しか持ち合わせていないのだ。2回目で見事に失敗している。今日1日を繰り返したとて、その時間は有限だ。俺のことを認識してもらえる自信がない。
「……それでも、やらなきゃ」
自分の部屋で彼女にそう誓うと、またやってくるだろう今日を求めて俺はまた眠りについた。
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