わたくしに出来るのは、こんなことくらい

 きっと。

 わたくしを巻き込んでしまったことに、責任を感じているんだと思います。

 きっと、この人はそういう人。

 強引に切り込んででも隙を作って、わたくしを逃がすつもりなのでしょう。

 ────カッコつけではなく、こういうことを言う人。きっと。

 ……でも。


「いいえ。相手はわたくしを逃がすつもりはなさそうですわ」


 周囲を伺いながら、わたくしは返しました。


「それに」


 おもむろに、すぐ後ろにあった洗濯物……を取っ払って、物干しにしていた木の棹を掴むわたくし。


「一人で逃げるのは性に合いませんの」


 言うなり、真正面にいた大男の手下のみぞおちを狙って、一突き。

 完全に不意を突かれた手下は避ける間もなく、くぐもった声とともに後ろに倒れました。


「あ?」

「へっ?」


 取り囲んでいた手下たちがギョッとして足を止めました。


「握り手の間隔は……このくらいですわね」


 棹を風を切るように振り回すと、ヒュンヒュンといい感じの音が鳴ります。

 胴体────腰のあたりを軸に右、左。さらに、肩を使って右払い、左払い。

 ……少し重たいけれど、これならなんとかなりそうですわ。


「え……そんなの、どこで習ったの?」


 ぽかん、と口を開けてドゥナルさんが言いました。


「ワーリャ家流護身術、ですわ。教師の先生からは、勉強はダメだけどこれだけは上手ですね、と褒められましたわ」


 風を切って振り回される棹に戸惑っているのか、手下たちは踏み込んできません。

 飛び込んでこないのはいいのですが、そこを退いていただかなくては隠れ家の裏口までたどり着けませんわ。

 わたくしは、ゆっくりと息を吸い込みました。


「……ふっ!」


 息を一気に吐きながら、正面左の相手に左上段からの打ち下ろし。相手が曲刀で受けたところを棹の反対側で右下から撥ね上げ。高い金属音とともにそいつの曲刀は空高く飛んでいきました。

 続けてその右側にいた手下に向けて棹を薙ぎ払い。あっけに取られていたそいつは、慌てて曲刀で棹を受けます。

 そしてわたくしは、曲刀にはじかれた棹を強くたたきつけるように振り下ろし。地面に当たって跳ね返った棹で、最初の奴の脇腹に下から払いあげるように一撃を叩きこみます。

 鈍い悲鳴とともにもんどりうって倒れる手下。2番目の手下がそっちに気を取られた隙に、棹の反対側を使ってがら空きの左肩へ一撃。間髪入れず突きを顔面に入れると、そいつは白目をむいて後ろに倒れこみました。

 ────まずは二人。

 

「令嬢らしくないことばかり上手になって、とお母様にはいつも呆れられていたのですが……こんなところで役に立つなんて、わからないものですわね」


 ふーっ、と息を整えながら、わたくしは言いました。

 おー、と言いながらパチパチ拍手をするドゥナルさん。

 なんだか、ちょっと照れますわ。


「おい!なにやってんだてめぇら!」


 手下たちの後ろから大男の罵声が飛びました。

 あっけに取られていた残りの手下三人は、一斉に曲刀を構えなおしました。

 ────その一瞬を突いて、右側の男に突きを3連。後ずさりながらそれを受ける手下。それを見て、左にいた方が曲刀を振りかぶりながら踏み込んできます。

 棹の反対側で曲刀を受け、さらに腰を使って棹を回転させて、勢いよく足払い。飛びのいた足元に突き、と見せかけて地面に棹をぶつけ、跳ね上げた棹でみぞおちに一撃。

 間髪入れず右の手下が切りかかってきました。体をひねってそれを避けながら、そのまま棹を回転させて横なぎ。手下が曲刀で受けたので棹の反対側で逆から横なぎ、さらに上段からの打ち払い。すべて受けさせたところに突きを入れ、手首をひねるように棹を回すと、たまらずその手下は曲刀を取り落としました。

 すかさず突きを叩きこみ。二人の手下は、ほとんど同時に倒れました。


 最後の一人は、情けない悲鳴を上げながらまっすぐ突っ込んできました。

 素早く足元に突きを放つと、慌てて避けようとしたそいつは足を絡ませ、止まったところに下から掬い上げ。

 あごに強烈な一撃をくらったその手下は、そのまま後ろに倒れこみました。


「すごいね」


 驚いたような声で、ドゥナルさんが言いました。


「かっこいいじゃん」

「今のわたくしに出来るのは、こんなことくらいですわ」


 ふふっ、とドゥナルさんは笑いました。

 ……つられて、わたくしも顔を緩めました。


 よかった。

 ────わたくしでも、海賊の嫁、できそうですわ。


 目の前にいた5人が倒れてくれたおかげで、あとは隠れ家の裏口まで走るだけ。

あとはあの大男たちに追いつかれなければ────。

 チラッと、大男の方に目をやった瞬間。

 シュッ、となにかが爆ぜるような音に続いて、パン!と弾ける音。


「え?」


 ────その瞬間、わたくしは強い衝撃とともに後ろに吹き飛ばされていました。



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