誰に頼まれたんですの?
突然、ドゥナルさんが立ち上がりました。
「……?」
なにごとなんですの?
ドゥナルさんを見上げながら、ただならぬ気配に嫌な予感がしていました。
────その時。
外から響くような怒号が聞こえてきました。
「見つけたぞてめぇら!ワーリャ家の人間をかくまってんのはわかってんだ!」
知らない男の声。
ドゥナルさんを見ると、険しい顔つきになっています。
ワーリャ家の人間……?
わたくしのことでしょうか。
でもどうして?一体だれが?
その時ドアの外から誰かが駆けてくる足音がして、ドアがバタン!と開きました。
「お頭!」
飛び込んできたのはスプ。
両手に細い短剣を持っています。
「表に変な連中が押しかけてきてる。表はカリカが張ってる」
「ん」
ドゥナルさんは短く答えると、ベッドの下から曲刀を引っ張り出しました。
って、そんなとこに武器置いてあったんですの?
「大人しく、かくまってる奴を渡しな。てめぇらにゃ関係ねぇはずだろ?」
再び、大声が響きました。
ドゥナルさんが短く言いました。
「あー、わかった。あいつだ」
「あいつ?」
「うん。ワーリャさん……きみの、お父さんを襲った連中」
言いながら、ドゥナルさんはそっと窓から外の様子をうかがっています。
「海賊……?
でも、どうしてここに?」
「多分、知らないんじゃないかな。
ワーリャさんがもう帰ったの」
そっか……。
お父様がまだ残っていたら、巻き込まれていた……。
だとしたら、早々と帰ってしまったことは、結果的にはよかったかもしれませんわね。
でも……。
「なんで、お父様が狙われてるんですの?」
わたくしの問いにドゥナルさんは答えず、かわりに人差し指を口に当てました。
ハッとして外の気配をうかがうと、やけに静かになっています。
「そんなに人数は多くないってカリカが。お頭とお嬢は裏から」
スプが言うと、ドゥナルさんはうなずきました。
「うん。裏にはいないみたい」
「じゃ、あっちで足止めしてくる」
それだけ言うと、スプは玄関口に走って行ってしまいました。
ドゥナルさんはそっとわたくしの手を取ると、裏口に向かって歩き始めました。
後ろから、玄関側の扉が派手に開く音とともに大勢の怒声と激しく金属をぶつけ合う音が聞こえ始めました。
……これって、もしかしなくても戦ってる音ですわよね?!
「大丈夫なんですの?」
「あー、うん」
振り返りながら私は言いました。
カリカもスプも、わたくしと似たような年齢。もしかしたら年下かもしれません。そんな二人を置いて、このままいってしまっていいのでしょうか。
ドゥナルさんも、ちらっと表側の方を振り返りながら言いました。
「あの二人なら大丈夫。僕と違って強いから」
そう言ってドゥナルさんは小さく笑いました。
あの二人を信じている、ということなのでしょうか。
戦いの様子はさっぱりわかりませんが、さっきからずっと続いているということは二人はまだ戦っているということなのでしょう。
……ああ見えてもちゃんと二人は海賊、戦うのは慣れている、ということなのでしょうか。
「ごめんね、巻き込んで」
ドゥナルさんが小さな声で言いました。
「いえ、それは……。
相手の狙いはお父様なのですら、むしろ巻き込んでしまったのはこちらですわ」
廊下を通って裏口へ。
こっちは昼間に、倉庫の片づけをしたり洗濯物を干したりした側の扉ですわ。
……そういえば洗濯物はしまったでしょうか?
「この先の砂浜に、小舟が置いてあるんだ」
扉に耳を当てるドゥナルさん。
「そこから、船に戻ろう」
「船?」
「うん。僕らの船」
海賊船────。
この島を離れて、遠くまで行くことのできる船。
その船に乗る、ということは────。
いよいよ、この島を離れるということ。
生まれてからずっと、離れたことのないこの島から。
内海の島々や、南北にある大陸のお話は、お父様からいろいろと聞いてはいました。けれど、自分が海を渡るなんてことは、今まで想像もしたことがありませんでした。
────そっか。
海賊の嫁になったんだから、海に出るのは当たり前ですわね。
そっと扉を開けて外をうかがった後、ドゥナルさんはつないだままのわたくしの手を軽く引きました。
「行こう」
扉を開け、早足で進むドゥナルさん。
わたくしも急いで後に続きます。
外は暗く、月明りだけがたよりです。
干したままの洗濯物、倉庫の脇に続く細い道。
ああ、やっぱり洗濯物はそのままでしたわ。あとで、カリカかスプが回収してくれることを祈りましょう。
裏庭は、複数の大きな岩に囲まれて外からは見えません。
岩の間に細い道が続いていて、その先に、ずっと先に、海が見えます。
そこに小舟があるのでしょう。
歩きながら、わたくしは裏庭を見まわしました。
裏口側には、襲ってきた連中はいないのでしょうか?
そういえば、さっき人数が少ないようなことを、スプが言っていたのを思い出します。
小舟まで逃げ切ったら、カリカとスプは別に合流する手はずなのでしょうか。
……いろいろわからないままだけれど、きっとこういう場合のことも考えてあるのでしょう。
きっと、大丈夫。
「……っ」
突然、ドゥナルさんが立ち止まりました。
思わずぶつかりかけて、背中にしがみつくように止まるわたくし。
今度はいったいなにが────。
「よお」
真正面。
暗いせいではっきりとは見えませんが、ボサボサ髪でひげ面の大男。
手にはいかにも海賊風の大きな曲刀を持ち、さらに片目に眼帯というわかりやすいスタイル。
「女連れたぁ良い御身分じゃねぇか、ええ?
大人しくワーリャ家の当主を出してくれりゃ見逃してやってもよかったんだがよぉ?」
ニヤニヤと下品に笑いながら、大男は大きな声で言いました。
こいつが、お父様を襲った海賊……?
ドゥナルさんは自分の曲刀を抜きながら、わたくしをそっと後ろにかばいながら言いました。
「悪いけど、もういないよ」
「あぁ?」
「家に帰ったからさ」
大男がイラッとするのが、この距離でもわかりました。
「で?はいそうですか……つって引き下がるとでも思ってんのかてめぇ!こっちぁ仕事でやってんだよ!」
さらに大きな声で怒鳴る大男。
それより────。
「仕事って、どういうことですの?」
思わず、わたくしは叫んでいました。
「ぁあ?外野はすっこんでろ!」
大男は大きな声で凄みます。
わたくしは負けじと声を張り上げました。
「誰に頼まれたんですの?どうしてお父様を狙うんですの?」
「お父様だぁ……?」
ドゥナルさんが、あちゃ~と言う感じに手を顔に当てています。
……あれ?わたくしなにかやっちゃいました?
「なるほど、てめぇワーリャんとこの娘か!なら話は別だ!
オイ、代わりにその女を寄越せ。それで勘弁してやるよ」
ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべる大男。
なんなんですの?
この男────ワーリャ家に恨みでもあるんですの?
わたくしをかばうように立つドゥナルさん。
わたくしはただ、その背中に隠れることしかできませんでした。
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