かつて、男として生きた者達の「今」。
次のワープ先は、タルタリヤ期を彷彿とさせるトルコ調の異世界。
東西が折り重なる、独特な景色をもったその街の中の化粧室から、ベリアは登場した。
「たしか、ダンスの世界大会が行われる会場は、あそこかな?」
そうベリアが向かう先は、この世界の伝統文化の1つである、社交ダンスが観られる場所。
街の至る所に大会の張り紙があったので、その案内に沿って、ドーム状の建物へと入る。
一般公開がされている本大会、誰でも入場できるのがありがたい。
なんて、無駄にワープを使う手間が省けて安堵するベリアの目線の先、観客席から見えるドームの中央にて、本大会出場の男女ペア複数の
「いた」
ペアのうち1組の女性、ベリアお目当ての人物を発見した。
ソウちゃんだ。前世が営業マンで、最初は悪女転生を嫌がっていた「元・男性」。
現在は伯爵令嬢として新たな人生を送っているが、その様子だと、すっかり今の貴族生活に馴染んでいる様子。礼儀作法もお手のもの、前世からは想像もつかないほど整っていた。相当努力してきたのだろう。
こうして、ペアが順番にダンスを披露していった。
数名の審査員により、技術点やリズム、パートナーとのチークワーク等が採点され、順位が決まる仕組みだ。もちろん、出場者たちの目標は優勝。
この瞬間、ベリアを含め会場の視線が、一気に中央へと集まった――。
「優勝、おめでとうございます」
「さすがお嬢様。あっぱれです!」
大会は2時間ほど続き、表彰台に3組のペアが立った。
ソウちゃんは全てやりきったという笑顔で、審査員長ら複数人から多くの花束を受け取る。パートナーとの連携も相まって、見事優勝を飾ったのだ。
「ソウちゃん、やるじゃん」
と、ベリアも陰ながら彼、いや彼女の実力に感心した。
当然、ソウちゃんはそんな少女の存在に気づいてもいない。心の声は優越感でいっぱいだ。
――ふふん、俺は本番には強いからな。それに前世が男だっただけ、男の身体の動きや筋肉の使いどころも熟知しているんだ。ただ女だけが一方的にエスコートされちゃ、この社交ダンスで優勝なんてできやしない。まぁ、これが終われば隣の男とは今日でオサラバだけど。
なんて、あくまでビジネスの間柄でペアを組んでいた男を一瞥しては、観客席からの拍手や歓声に対し、たおやかに微笑む。
その貫録は、まさに人生を二巡した余裕さながら。こうして大会は無事に終了し、選手もろとも解散の運びとなったのだが…
「お嬢様。実は今大会に、婚約者のスルマーン様が観戦されていたようです。今、あちらの扉の向こうにスルマーン様がいらっしゃいます。今の内に、お会いした方が宜しいかと」
と、そこへティートリー家の侍女からの報せである。ソウちゃんは驚愕した。
「え、マジで!? あ、ゴホン… あらそうなの? えぇ。是非お会いしよう、かしら」
なんて、少し緊張気味に答える。これには陰で盗み聞きをしていたベリアも顎をしゃくり、こっそり後をついていった。
「そういえばソウちゃん、婚約者の顔を見るのは転生してから今日が初めてのはず。まぁ何となく想像はついてるけど、一応ヤツの反応だけ見ておくか」
なんて突然、不敵な笑みを浮かべるベリア。
婚約者がどんな人物なのか、元・天界の案内人として知っているからこその表情だろう。
こうしてソウちゃんが一応礼儀として、その婚約者がいるとされる扉の向こうへ、恐る恐る入っていった。
「スルマーン様! ソーニアお嬢様がお見えです」
「ありがとうミルザ。時間が惜しいね。僕は彼女と話してくるよ」
ソウちゃんは最初、何かの見間違いかと思った。
ミルザという名のいかつい使用人と、その使用人に確かに名を呼ばれた、婚約者のスルマーン。前世・小林壮一がこの世界に来てから、初めてお会いするその姿に驚いたのだ。
「お久しぶりです、ソーニア嬢。そして世界大会の優勝おめでとう。あなたの素晴らしいダンス、最後まで見させてもらったよ。他の予定を投げてまで、ここへ来て本当に良かった」
噂では、美青年だと聞いていたスルマーン。
背丈はソウちゃんと同じか、もう少し小柄だろうか? 色白で、華奢な体格に、長いまつ毛と二重のハッキリとした瞳、卵型の輪郭、そしてプックリした唇。さらには長くてサラサラの金髪。現実の中学生か高校生かというほどに、顔が幼い。
ソウちゃんの心臓が、射抜かれた瞬間だった。
――か… かわいいー!!
予想以上の美青年、いわゆる「ショタ」系統の婚約者だったのだ。
ソウちゃんは必死に動揺を隠す様に、こう挨拶を返した。
「ひ、久しぶり、です… 俺、いや違う、わ、私のダンスを見て下さったの、ですね?」
先程までの余裕は、一体どこへいったのか。それでも、目の前にいるスルマーンは惚れ惚れとした表情で、ソウちゃんを見続けていた。
ソウちゃんの脳内はもう、大混乱である。
――まてまてまて! こんなの聞いてない聞いてない! 俺、相手の名前からして、もう少し筋肉ムキムキの小汚いオッサンだと思ってたぞ!? なのに凄い見覚えある顔というか、俺の前世で推しだった、あのGHP47のセンターアイドル
陰で様子を見ているベリアが、その反応を待ってましたとばかり肩を落とす。
ソウちゃんが前世で、どんな女性がタイプなのか、実はその辺り下調べしていたのだ。しかし、こんな美青年と滅多に会えないのには、相応の理由があった。
「あなたとこうして話せる時間が、もう少し続けばいいのに、この様な機会でしか会えないのが本当に申し訳ない。この後も、国外の数学発表会への出席が迫っているからね」
「そう、でしたか… あの。改めて、お伺いしたい事が!」
「なんだい?」
「どうしてお… 私との、婚約を決めたのですか? 自分でも、おかしい事を訊いているのは重々承知ですが、今一度確認したく」
そう、畏まる様にスルマーンへと質問するソウちゃん。
するとスルマーンは、その言葉がきけて嬉しいとばかり、ほんのり顔を赤らめながらこう答えたのだ。
「あなたが、金と地位ほしさに男性へ依存したがる女性達とは違い、自身を磨き努力を惜しまないその姿に、僕が惹かれたからだ。それに」
「それに?」
「見ての通り、僕はその辺りの爵位を持った男性達と比べ、体が弱い。この貴族社会では、屈強な男性の方が慕われる。だから、せめて学問で地位を維持する道を選んだこの僕を、あなたが認めてくれたことが本当に嬉しかった」
ソウちゃんはハッと息を呑んだ。目が潤んでいる。
それが婚約の理由だったのか、と。
「スルマーン様。そろそろお時間が」
と、そこへ使用人ミルザがスルマーンに耳打ちした。スルマーンは残念そうな笑顔で、去り際ソウちゃんに向かってうんと頷く。
――勝った。
ベリアには、ソウちゃんのそんな「心の声」が、聞こえてくるかのよう。
――俺、将来はこの推しのそっくりさんと結婚するのか! まって、ついダメな事を想像してしまった! どうしよう。この子に、一度でいいから和葉ちゃんのコスプレさせてみたい!
――案外、悪くない。悪くないぞ。俺の人生、勝ち組だぁぁー!
なんて内なる喜びを胸に、ソウちゃんは心の中でガッツポーズをしたのだ。
相手がそれで満足なら、もう心配はいらないだろう。
ベリアはそう安堵したのか、静かにその場を立ち去っていったのだった。
(つづく)
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