沖田総司暗殺 【秋山直二 最後の勝負】
たってぃ/増森海晶
第1話
――
「
小雪がちらつく路地裏で、身なりのいい女が浮浪者の男に頭を下げていた。
「どうか、どうか……」
女の面相は黒頭巾で定かではないが、声から切羽詰まった現状が伝わった。
男にさげる頭は頭巾越しの形状から、既婚をあらわす
「まぁ、この男が……」
「噂によると外法の神と契約したとか」
後ろに控える女が二人、男を値踏みしてひそひそと囁き合う。
その二人も頭巾で顔を隠しているが、男を見る目があからさまに嘲笑を物語っていた。瞳に映る貧相な身なりは【剣術指南役】の欠片もなく、垢で黒く汚れた着物が黄色い臭気を放っているように見えた。
「本当にこの男が、無敵の強さを誇った、あの……」
にわかに信じられないと、女たちの視線が、男の着物の袖のあたりに留まる。そこにはかろうじて、秋山家の家紋――三つ割り桑の葉が見えた。
寒々と身を縮こませて、白い息を吐く血色の悪い唇。ぼさぼさの長い髪と伸びほうだいの髭面のせいか、山に棲む獣そのものに思えた。眠たげな細い瞳からは、覇気が微塵も感じられず無明の闇が広がっている。
「……貴女様は、桑峯藩の者か、わたし、の、ことは、どこまで聞いている?」
男が億劫そうに女に問いかける。まるで、話し方を一つ一つ思い出すかのように、ぼつりぼつりと言葉を発し、女をじっと見つめた。
「はい。無外流の達人であり、自ら新しい剣術を編み出したとか」
「ほかには?」
「まるで、その剣技は水が流れるように美しく、斬撃は冬風のように峻烈であり、対峙したものを一撃で葬り去ってきたと」
「ほかには?」
「敵の刃をその身に受けることなく、傷一ついたことがない美しい体だと」
「ほかには?」
「我が父、――桑峯藩の藩主の
「ほかには?」
「あまりにも多く汚れ仕事を任されたがゆえに、藩に嫌気がさして出奔したと」
「ほかには?」
「じつは、死んだお兄様がいたこと。秋山様の許嫁は、お兄様の方を慕い続けてきたこと」
「ほかには?」
「……秋山様の並外れた無敵の剣術は、外法に手を出した呪いの類だと」
「ほかには?」
まるで我がことを忘れたかのように、執拗に男は女に問いかけた。
「ほかには?」
「…………」
問いに答え続ける女は嫌な予感を覚えた。
問いかけに答えるたびに、自分の身体がまるで底のない穴に沈んでいくように感じられた。
一度はまったら抜け出すことのない、冷たい墓穴のような穴だ。
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