#15 再戦の予定

 迷宮に出没する魔物にはいくらかのバリエーションがある。

 ゴブリンの例で言えば、数は少ないが大型のホブゴブリン。

 ホブは通常より強力な個体ではあるが、あくまでも亜種でしかないそれらとは違い明確に異なる技能や職能を持つ上位種が発生することがある。


 それはダンジョンにおける冒険者の位階分岐と同様、つまりは職業としての魔物の階級とも言える。

 ゴブリンメイジやホブゴブリンリーダーなどと言った種族名で呼ばれる個体から、それらのどれにも属さない突然変異種と呼ばれるものまで多岐に渡る進化を見せることから、ゴブリンは古来より研究対象として最も注目されてきた魔物の一種である。


 わずか一度の覚醒進化でここまで変わるとは思っていなかった。

 目の前のゴブリンメイジは、外見的な差異で言えば通常のゴブリンが杖を持ち被り物をしたという程度でしかない。

 だがこうして実際に相対すると、その体捌きや立ち回りが格段に洗練されていることが見て取れる。


「上位種であるということは、位階分岐するほど経験を積み長く生き延びた個体であるということだ!! 進化までの時点で単純な身体能力や技量においても他の個体より優秀だった個体が進化により新たな能力を獲得している!! 今まで戦ったゴブリンと同じだなどとは夢にも思うなよ!!」


 前回までは戦闘に加わっていなかった谷場さんも、今回は前衛に立ち戦槌を担ぐ。

 上位種と初めて相対する新人にいつでも助太刀できるよう、サポート役として立ち回っているのだ。

 おかげで新人二人を前に出した危なっかしい陣形ながら、まだ戦えている。


 杖持ちのゴブリンメイジは、近づいてくるこちらを警戒しつつもまだ動きはない。

 いや、何かしている。恐らくあれは――、


「二人とも!! ゴブリンメイジは逃げる気だ!!」


 谷場さんが叫んだ瞬間、その杖持ちゴブリンメイジの反対側から輝く何かが投げ放たれた。

 そちらに敵はいなかったはず――咄嗟に対処しようとして間に合わなかった。

 輝く何かが着弾するなり炸裂し、大量の煙を撒き散らす。


「ふへは!? 煙幕!? ゴブリンの増援ですか?!」

「違う!! ゴブリンじゃないぞ、気を付けろ!」


 混乱する蔵見さんに谷場さんは警戒を促すが、立ち込める煙で視界は完全に封じられた。

 幸い、ゴブリンメイジは逃走を選んだようで、煙に乗じた攻撃がこちらに飛んでくる気配はなかった。

 だがさっきの煙はいったい――、


「君たちは――、『ヴェリコの鉄盾』だな。どういうつもりだ?」


 ようやく煙が薄れ、姿を現したのは魔物ではない。同じ冒険者だ。煙幕を投げ放ったと思われる四人組のパーティーは敵意も露わにこちらを睨みつけてくる。


「どういうつもり、だと? それはこっちの台詞だな。あれは俺たちが確保していた個体だ。勝手に倒されては困る」


 彼らの物言いは完全にこちらを責めるものだった。いわゆる養殖と呼ばれる魔物を共喰いに誘導し意図的に上位個体を誕生させ、それを討伐することで利益を得る冒険者の行為を示唆する発言だが、彼らの言い分は滅茶苦茶だ。


「何を馬鹿なことを言ってるんだ? 迷宮内で特定の個体を確保することなど不可能だ!!」

「事実あのゴブリンメイジは我々に対して襲い掛かって来ました! そもそも不特定多数の出入りするダンジョン内で、意図的に他者に及ぶ可能性のある危険を意図的に引き起こすなど、許されるわけがありません!! 迷宮法にも反する、とんでもない暴挙です!!」


 谷場さんに負けない声量で蔵見さんが激昂し彼らに食って掛かる。が、彼らはそんなこちらの言など聞く価値もないとばかりに鼻で笑うばかりだ。


「だったらなんだ? お前らが俺たちを逮捕するのか? 罰則規定もなければ犯行の特定も出来ない迷宮法など何の意味がある。第一、ダンジョンは自己責任だ。ダンジョンの出口より外側に溢れ出させずに駆除できるなら誰も文句は言わないんだよ」


「うぐぐ……!!」

「落ち着け蔵見!! ステイ! 冒険者同士の暴力沙汰はご法度だ!!」


 今にも飛び掛かろうとする蔵見さんを、三代さんが慌てて取り押さえる。

 遭遇した冒険者への妨害行為については規定で禁じられてはいるが、だからといってもし手を出せばこちらが悪者になる。

 とはいえ彼女の気持ちも分からないではない。手を出せないのを笠に着て、彼らは悪びれるどころか堂々と自分たちの行動を正当化する有様だ。


「ま、あのゴブリンメイジを仕留められず残念だったな。これで懲りてとっとと帰ったらどうだ?」

「てめぇらに言われるまでもねぇな。こっちは元々これで帰りの予定だ」


 老師が彼らの挑発など意にも介さず淡々と応じる。『ヴェリコの鉄盾』に目もくれず、こちらに向かって歩いてきたと思ったら、そのまま俺と蔵見さんさえスルーして歩いていく。

 まだ煙が薄く立ち込める煙幕の着弾地点辺りで立ち止まると、足元の何かにしゃがみ込むとおもむろにそれを片手で掴み上げた。


「で、何を仕留められず残念だって?」


 ゴブリンメイジの死骸だった。眉間に深々と突き立った刺突剣は老師が放ったものだと推測できる。あの煙の中で放たれた刺突剣の投擲が、狙いを寸分違わず貫いて一撃で息の根を止めたことは疑いようがなかった。『ヴェリコの鉄盾』の面々を見やると、リーダーと思しき男が憤懣も露わにここまで聞こえる舌打ちを鳴らした。


「おっ、……俺たちの獲物だぞ、ふざけやがって……!!」

「違うな。ウチのひよっこらが戦って、あたしが仕留めたゴブリンメイジ、つまりこっちの獲物だ。迷宮法の規定で言えばな。それで? それでも自分の獲物だと思うなら力尽くで奪い取ってみろ。喜べ蔵見! 向こうが先に手ぇ出してくれるらしいぞ!!」


 相手は既に腰が引けているようだった。散々に煽っておきながら見事に煽り返され、人数的にも勝ち目はない。

 楽しげに睨みを利かせる老師と、事が始まればこいつは絶対やると断言できる蔵見の剣幕を前に、負け惜しみを垂れ流すのが精一杯のようだった。


「くっ……そ! 覚えとけよお前ら!」

「馬鹿どもめ、精々吠え面かかせてやるからな!!」


 捨て台詞を吐き捨てて駆けていく『ヴェリコの鉄盾』が見えなくなるまで、蔵見はその背中に吠え続けていた。



「今度会ったら出会い頭にわたしの魔法をぶち込んでやりますよ!!」

「おう。魔法だぞ。魔法だからな? 兜割は止めろよ?」


 まだ息の荒い彼女を落ち着かせながら、こちらに三代さんが問いかける。


「しかし……、見ものではありましたけど、良かったんですか? あそこまでやってしまうと、そちらが三人の時に意趣返しを仕掛けられる可能性も……」

「問題ねぇさあの程度の輩。下の階層で稼ぎゃいいところを、腕が残念だから連中はこんな場所で回りくどい真似やってんだ」


 なんにせよ、今日はこれでお開きだな、と刺突剣を拭って鞘に仕舞うと解体用の短剣をゴブリンメイジの胸元に突き立てる。

 老師は切り口に指を突っ込むと、小指の先くらいの大きさの宝石のようなものを抉り出した。


「上位個体の魔核だ。さて、どっちが受け取る?」


 そう言って老師は俺と蔵見の方に向き直る。

 え、と間の向けた声が俺だけではなく隣でも上がった。


「で、でもそのゴブリンメイジを仕留めたのはソフィアさんですから……!」

「ちょっと最後の止めを刺しただけだ。それも邪魔が入ったから仕方なくな。弱らせたのはお前ら二人だろうが。だからこいつはお前らの取り分。そうだろ?」


 その『ちょっと』がどれだけすごいことかも棚に上げ、老師は有無を言わせずこちらに迫る。進化を果たした上位個体の魔物からだけ手に入る魔核はその大きさによって価値が大幅に変わるため、二つに割って仲良く半分こというわけにもいかない。悩む俺を差し置いて、蔵見はきっぱりとすぐ答えを出した。


「でしたら、その魔核は田中さんが受け取ってください!」


 思いもかけない申し出に、少し戸惑ってしまう。


「ええと、それでいいんですか?」


 顔色を窺った周囲の『鋒山』のメンバーも、本人がそれでいいというなら口出しをする気はないようだった。


「はい! その代わりに賭けをしましょう。次に一緒に冒険するまでに、わたしは田中さんを超える魔法使いになってみせますから。その時にはその倍の大きさの魔核を頂きます」


 魔核の大きさが倍になれば価値は倍どころではないことを踏まえても、本当にそれでいいのかという条件だった。


「約束ですよ?」


 何故か自信満々の蔵見が笑う。

 その後も帰り道に大した障害はなく順調に踏破して地上へ戻り、『さくら荘』『鋒山』両ギルド合同の新人研修は終わりを告げたのだった。

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