〈未完〉大好きなゲームにモブとして転生したので魔術学院に入学します。

来栖シュウ

プロローグ 

第1話 入学試験

 グレイザー魔術学院。かつては世界的名門にも数えられていたが、近年では国内三番手の学院という印象が強まっている。


「いやぁ、今年の新入生は優秀な魔術師が多いですね!」


 そんな学院の正門で、黒いローブを着た”魔術師”と呼ばれる女性が、手元のリストをぱらぱらとめくりながら目を輝かせる。


「そうか? 俺には全員小粒に見えるが」


「もー、また先輩はそういうことを言うんですから。私たち教師がこんなんじゃあ、いつまでたっても国内対抗戦で優勝できませんよ?」


 先輩と呼ばれた男は鼻で笑う。


「”宝石塔”と”金獅子”には随分と差をつけられてしまった。もう昔のグレイザーじゃあないんだよ」


「すみません。受験生のルカ・リヒトベルグです! 私の試験はいつでしょうか?」

 

 学院の将来を憂う二人の元に、少しぼさっとした黒髪とみすぼらしい麻の服を着た少年が現れた。その上に大きな黒い布を羽織るようにしており、まるで子供が魔術師の真似事をしているようだった。


「あ、これ。受験の証です」


 少年は右手に握った受験生の証であるバッジを二人に見せた。


「なんだと? 今日の試験はもう終了したはずだが……」


「ああ、平民枠の子ですよ。今日はこの子だけですから、きっと後回しにするだけして忘れちゃってたんですね……」


 男は少年を一瞥し舌打ちした。子供に対する大人の態度としては随分と傲慢だ。


「あそこだ」


 男はぞんざいな言い方で少年を顎で使う。指し示された先は闘技場だ。


「ありがとうございます。失礼します」


 少年はそんな態度に気づいていないのか、笑顔で二人に礼を言い、急いでその場を去った。


「ちっ、が」


「またそんな言い方を……」


 女は男の苦悩に理解を示しつつも、呆れてため息をついた。


 円形闘技場。観覧席には誰もおらず、先ほどまで他の受験生の試験が行われていたとは思えない、随分と物寂しい印象をルカに与えた。

 

 ほどなくして、ルカの元へ何者かが歩いてきた。その者は赤いローブを身に纏う、肩まで伸びた金髪を持つ男だ。年は三十代前半ほどだろうか、若さと貫禄を兼ね備えた魔術師だった。

 

 男のローブの左胸には学院の紋章が黄色い糸で刺繍されており、ルカはその佇まいから只者ではないと感じた。


「初めまして。私はこの学院で教鞭を執るエドワード・グリフィスという者だ。今日は試験官として、君の実力を観させてもらう」


「ルカ・リヒトベルグです。よろしくお願いします」


 ルカは深々と一礼する。


「それでは早速、試験を始める。準備は良いか?」


 ルカは元気に返事をし、その身に纏った黒い布を取っ払った。

 

「むっ、あの剣――」


 グリフィスの視線は、彼の左腰のベルトに付けられた剣に釘付けになる。


 ――――――――


「起きて、ベル。試合の時間だよ」

 

 俺、ルカ・リヒトベルグは黄金に輝く鞘をとんとん、と叩く。


「……何をしている?」


 グリフィス先生は俺の言動を不思議に思っているようだ。当然だ。今の俺は剣に語り掛けるヤバイ奴だからな。


 けれど仕方ない、こうしなければ剣を鞘から抜けないのだから。


「んっ……、あ、ルカさん、おはようございます」


 剣から少女の声がする。彼女の名前はベル。この剣の精霊だ。声色や言葉遣いからして少女だと思って接しているが、性別があるかは怪しいところだ。


「おはよう、ベル。準備はいい?」


「はい、まかせてください! どうぞ、鞘から抜いちゃってください!」


「ありがとう。よし、やってやるぜ!」


 俺はベルに感謝と闘志を吐き、勢いよく剣を引き抜いた。


 剣身はその鞘と同じく黄金であり、柄に施された煌びやかな装飾がされている。ただの剣でないことは誰の目から見ても明らかだろう。


 俺が剣を構えて正面を見ると、先生も『やっとか……』みたいな顔をしながら剣を抜いた。待たせてしまって申し訳ない。


 彼の剣はシンプルな洗練された剣である。けれど安っぽさなどは一切感じない。金閣寺に対する銀閣寺、的な。


「試験のルールは至って単純。制限時間は十分。君の全力を見してくれ」


「……もし、先生に勝てたら合格ですか?」


 そんな大口を叩いた俺に対して、先生は大げさに笑って見せた。


「はっはっは! よほど自信があるのだな。やってみるがいい」


「今からこのコインを投げる。地面についたら試験開始だ」


 先生は右手の親指でコインをはじいた。


 くるくると回転するコインに目が移りそうになるが、目の前の相手に集中し、お互い身体に魔力を纏う。


「黄色か、厄介だな」


 魔術師は身体に纏う魔力の色から大まかに使う魔術が分析できる。黄色なら、遠距離攻撃の得意な雷撃魔術の使い手だろう。素早く伸びる雷には警戒しなければ。


 コインがわずかな音と共に地面に落ちる。

 

 俺が耳でそれを理解した瞬間。


「――っ!」


 俺の予想に反し、先生は体を大きく前傾させて、素早くこちらへ迫ってきた。


 俺は一瞬で間合いを詰められ、振るわれた剣に対して慌てて避ける。


「まだまだっ!」


 絶えず向かってくる二撃目。再びこれを剣で防ぐと、今度はがら空きになった腹部へ、強烈な前蹴りが炸裂する。


「ぐっ、ベル! 同調頼む!」


 蹴りを受けて脚の止まった俺に、先生は容赦ない連撃を仕掛ける。それを調した俺の腕が剣ではじき続ける。


「ほお、これを防ぐか。素晴らしい剣の腕だ」


 感心しているところ申し訳ないが、これは俺の力ではない。この剣に備わっているの力を使ったに過ぎない。所有者の魔力を使用する代わりに、視認した物理攻撃及び魔術攻撃に反応することができる。


 それがこの剣、聖剣ラヴェールの同調の力だ。


「手加減はここまでだな」


 このままではらちが明かないと考えたのか、構えていた剣を下ろした。


 冗談だろ? さっきのは手加減していたのか? というか、さっきの攻撃のどこが魔術師だ。ただの剣士じゃないか。


 先生は自身を纏う黄色の魔力を左手に集約させる。


 なんだか嫌な予感がする。


「ベル、同調上げるよ」


「了解です!」


 俺は次の攻撃に対応するために消費する魔力量を増やす。これでどんな攻撃であっても対応できるはずだ。


 練り上げられた魔力は球体へ変貌すると、その球体から次々と魔力で構成された黄色の矢が発射される。

 

 高速で迫る無数の矢。


 正面からだけならまだしも、あらゆる方向から回り込んで向かってくる。


 俺は場内を縦横無尽に駆け、迫りくる雷剣を一本ずつ、素早く、的確に、冷静にぶった斬り、その本数を確実に減らす。


 先生の左手に目を向けると、先ほどと比べて球体がわずかに小さくなっている。流石に無限というわけではないようだ。


 およそ数分の猛攻を耐え、ついに最後の一本を破壊する。


「まさかここまでできるとはな、試験は終了だ。ルカ・リヒトベルグ、合格とする」


「まだ魔術を見せていませんが?」


「先ほどの中級魔術、ライトニングアローを防ぎ切ったのだ。それだけで十分合格に値する。不満か?」


「はい。俺は魔術で勝ちたい。合否は俺の全力を見てからにしてください」


「そうか。ならばここで見せてみろ。俺は全魔力で肉体を守る」


「聞き入れてくださり、ありがとうございます」


 魔術で勝ちたい、というのは半分嘘だ。


 俺はわずかに苛立っているのだ。先ほど、先生は本気を出すようなそぶりをしていながら中級魔術を発動した。


 受験生に本気を出さないつもりなのだろう。当然だ。この戦いは勝敗をつけることが目的ではないのだから。


 けれど、見返してやりたい。あの男の鉄仮面を歪ませたい。俺が並の受験生と一緒ではないというところを。


 ふーっ、と深呼吸をしながらラヴェールを鞘に戻す。


 次に、体内のほぼ全ての魔力を体外に放出し、身体に纏わせる。俺を身に纏う赤い魔力は溶岩のように光輝く。


「なっ!? まさか、これほどとは……」


 魔力は次々と右腕に集約する。


「火炎魔術・壱式――」


 これを発動するのは実に三年ぶりだ。


 なにせ使った場所を火の海にしてしまうからだ。そう使う機会はない。


 けれど、ここにいるのは優れた魔術師のみ。闘技場には防護障壁の魔術が使われており、万が一でも街に被害が出ることはないだろう。


 ゆえに、俺は今、全力を出せる!


劫火赫焉波ごうかかくえんは――!」


 右腕から勢いよく放たれる炎の源流。炎も燃えるような獄炎が闘技場を埋めた。


 貼られていた防護障壁は瓦解し、観覧席は一瞬で真っ黒に焦げる。


 およそ三十秒後。自らの意思で炎を消失させると、そこにはうつ伏せに倒れるグリフィス先生の姿があった。一瞥すると意識を失っているようで、先ほどまであったはずの赤いローブは消失していた。


「な、何事だ!?」


 駆けつけてきたのは二人の魔術師。先ほど案内してくれた二人だ。


「試験、終わりました。多分、合格しました。詳しくはグリフィス先生に聞いてください」


 そう言いながらグリフィス先生を指差した。


「き、君がやったの!?」


「はい。すみません、先に失礼します。魔力を使いすぎたみたいなので」


「待て、貴様は何者だ?」


「平民ですよ。後天的な才能を持った」


 俺は重い足取りで闘技場を出る。


「……やりすぎたかな。あっはは! まあ、いいや」


 夕陽に照らされた顔は、少し悪い顔をしているかもしれない。

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